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世界はまだ未完成  作者: あおつき
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終わりの物語

「罰があたったのよ」



私は胸元のネックレスを握りしめると、自分の意思とは関係なく脳内に無断で流れ続ける走馬灯の様なものを見ながら既に声にならない言葉を口にした。


必死に酸素を肺に送ろうと口を開けるのだけどまるで酸素が入ってこない。ただ口だけがパクパクと世話しなく動くだけ。まるで陸にあがった魚のようだ等と死と向かい合っている状態なのに頭の片隅で馬鹿な考えが浮かんだ。



倉科(くらしな) にこり。

それが私の名前。生涯笑顔でいられるように両親が付けてくれた名前なのだけど、どうやらそう上手くは人生いかないみたい。26年というあまりにも短い生涯だったのだから。

走馬灯が脳内で中学生の頃の私を写し出す。先程からとは比べられないような記憶の波にのまれた。懐かしい廊下、見覚えのある床の傷。見たくもないものがまるで目を反らすなと脳内を駆け巡り、気がつけばその場所に立っていた。白いシャツに黒のパンツ、青白い顔をした女性が私を横目に見つめている。よくよく見れば窓が反射して写したそれは今の私の姿。ただ呆然と立ち竦む私の横を長年よく知った姿がすれ違う。



「見ろよ、たらこおにぎりが来たぜ」



「俺が女だったら耐えられなくて自殺するレベル」



「だよな」



ケラケラと可笑しそうに笑う聞き覚えのある少年三人の笑い声。


唇が厚く、痩せ型なのに顔がふっくらとしていた当時。私はその容姿からたらこおにぎりという不名誉なあだ名を付けられていた。


だからといって止めて等という勇気など当時の私は持ち合わせていない。


少年達の視線の先には先程私とすれ違い俯きながら前を歩くあの頃の私の姿。



「見てろよ」



少年の一人が楽しそうに二人の少年に笑かける。そしてそのまますれ違う瞬間の私に足を延ばした。引っ掻けて転ばせるなど俯いてる私は延ばされる少し前から挙動不審なその足に気づいていた。それを私はまるで偶然避けられましたと思わせる具合に歩幅を調整し跨ぐ。



「ちっ!!」



「下手くそ」



「たらこおにぎり、空気読めよー」



まるでそれに気づかない少年達は悔しそうに小さく嘆いた。


「こらー、だんしー。倉科さん苛めちゃ駄目でしょー」



少年三人が悔しそうにしているなか、語尾をやたらと伸ばしながら全く怒ってない甘い声が廊下に響く。


そこには、教室の窓から身を乗り出した少女。これまた見覚えのある人工的に染められ綺麗にカールされた茶色の髪の中村彩加の姿があった。



「じゃぁ、彩加はもしあいつと体が入れ替わったらどうする??」



少年達はありもしないもし(・・)を楽しそうに少女に問う。



「べつにー、倉科さんは倉科さんでしょー」



彼女は俯き足早に廊下の曲がり角を曲がる私を見つめながら唇に弧を描きながら違和感なく話をずらす。


「なんだよ、それー」



話の軽いずれ等気づかない少年達は待っていた返答とは違う返答につまんねー等呟きながら見えなくなった対象とチャイムの音をきっかけに各々教室へと戻っていった。



「性格の悪さはこの頃から健在なのね」



友達に呼ばれ教室に体を戻す彼女を見ながら私は静かに呟いた。

彼等のあの反応から彼女が誤魔化したと思い込み気づくことは無いだろう、違和感なく話をずらしながら彼女がきちんと返答していることに。


彼女の《倉科さんは倉科さんでしょー》に含まれた言葉。




考える必要もない、何があろうともしも(・・・)など起こらないのだから。



あの頃の暗い気持ちが私の心を締め付ける。でも、今の私は知っている。私に勇気をくれ私を変えてくれた彼が来てくれる事を。



「しょうさん」



過去の私が苦しんでいるというのに私は彼の名前を呟くと口許が緩んだ。私は迷いなく歩を進める。

向かう先は分かっている。殆ど誰も通らない非常階段の裏。そこが私の逃げ場所だった。




「やっぱり居た」



校舎に寄り掛かるように屋外に設置された階段の裏、そこには予想通り膝を抱え踞る私の姿があった。泣いているのだろう微かに体が震えている。

私は声を掛けることもなくただひたすらに現実から逃れようと自分の殻に閉じ籠り体を丸める私を少し離れた場所から静かに見つめていた。







あれから何十分たっただろう。






「しょうさんは……」



辺りを見回すがそろそろ来るはずの人物はいっこうに現れる気配がない。



「まずい、このままじゃ授業終わっちゃう」



授業が終わればどんなに人通りが少ないと言っても此処を通る人も出てくるかもしれない。そうなるともう、彼とは会えない。無駄に非常階段を昇降してみるが誰一人いない。彼が今何処にいて何をしているか知ろうにも手がかりは彼のしょうという名前だけ。

しょうさん。顔も知らないしたった一度しか話すことが出来なかったけど、あの頃の私のたった一人の理解者。男性にしては少し高めの優しい声色に最後に見てしまった小さくなる彼の影。白いシャツに黒のパンツ。男性には珍しい黒髪の長髪。軽く結ばれたゴムは紺色の……焦りの中、ふとそこに違和感を感じた。


何処から、何時から私は彼を……あの人を男性(・・)だと思ってた?? こんなにも覚えていたのに。



「まさか、まさか……そんなはず」



私は胸元のネックレスを外した。あの人から貰った七色に輝く石が嵌められたそれは太陽の光を反射して美しく光る。

今尚混乱する脳内。けれどもほぼ確信に近い結論。あぁ、なんてこと。そう、そうだったのね。



彼は……否、彼女は……あの時私を助けてくれたのは…………私。



長い長い時間勘違いし続けていた。自分が変わろうともせず、誰かが助けてくれると他人だよりだった私らしい。違和感はなくなった。一番近い教室で残り時間を確認する。やばい、残り5分もない。さて、どうするべきか。そもそも走馬灯というあやふやなモノに手を出していいものなのか。万が一彼が実在し、私のこの軽はずみな行動で過去の私に変化が起これば一体今の私や周りにどんな影響を与えてしまうのか。

言葉にならない不安。そんな一刻を争う時だというのにふと先程の中村 彩加の言葉を思い出す。


「中村さんの言葉ってのが癪だけど、私は私。誰かになる必要なんてない」



自分に言い聞かせるようにゆっくりとその言葉を吐くと、不安を無理矢理拭い去り踞る少女の肩にそっと手を置いた。



「そのまま、そのまま聞いて」



ビクリと肩を揺らす私に私は出来る限り優しく声を掛ける。



「はじめまして、にこりさん」



「私の名前……あなたは??」



まさか自分と知っていて声を掛けられたと思ってなかったのか私はまるで逃げるように丸めた体をさらに縮めた。



「もちろん知ってるわ、だから声を掛けたの。私は……私の名前は、しょう」



「しょう……さん」



「貴女に伝えたいことがあって」



「伝えたいこと??」



「そう。あまり時間がないの、よく聞いて。世界はね、貴女が想像するよりずっと広いんだよ」



「そんなこと……知ってます」



伝えたいことがあるといいながら突拍子のない事を言い始めた私に顔を膝に埋めたままの私から少し棘のある声が聞こえた。



「いいえ、貴女の言っている世界は地図の上の話でしょ?? そうじゃなくて、貴女の中の世界よ」



「私の中の世界……ですか??」



「そう。今の貴女の感情を当ててみましょうか?? 私に対する戸惑い、現状への恐怖、自分への嫌悪こんなものかしら」



「……」



的確に心境を当ててしまった私に息をのむ声が聞こえた。

「貴女の中の世界は今、この学校を中心として出来上がってる。長い人生の3年間しかいないこの限られた場所を。そして、これから先長い付き合いをしようとも思わない人達の目を気にしながらの世界。そんな世界にいて楽しい??」



自分でも意地の悪い言い方をしている自覚はあった。この学校が嫌で泣いている者に楽しいか等と。

現に体を微かに震わせる彼女の姿がそこにあった



「3年間しかいることの出来ない場所だからこそ楽しみたい……です」



震える声で言ったその言葉は覚えのあるあの時の私の切なる願いだった。



「だったら、今ある貴女のちっぽけな世界、壊してみなさい。大きな勇気は必要だけど。貴女が望み変わろうとする気持ちがあるのなら」



私はそう言って外していたネックレスを過去の私に着けた。



「壊すと言われても」



「突然現れてこんなこと言っても信じては貰えないだろうけど、私は貴女の一番の理解者よ」



「私の……理解者??」



「そうよ。何十年かすればこの意味が自ずと分かるはず。だからこそ教えてあげる。貴女が勇気を持って向かい続ける限り世界は広がる。断言するわ、貴女は沢山の大切な仲間が出来ることを。その為に一つだけ。明日、朝7時に教室に行ってみて、きっと素晴らしい一日が始まるから」



そう言い終わると同時に授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。



「私はもう行くけど、頑張れとは言わない。貴女の世界、動かすも動かさないも貴女の自由よ」



私はそう言って顔をあげるのを耐える彼女の頭を優しく撫でるとその場を後にした。




彼女がこれからどう動くかは分からない。でも、私が私の言葉に救われたように彼女の心に少しでも私が残れば嬉しい。私は純粋に私の未来を願った。



視界が徐々に狭くなる。

見えていた世界が今はもう拳大くらいの大きさでしか見ることが出来ない。

強い力で体が、意識が持っていかれる感覚。得たいの知れない恐怖を感じた。



「私の生きた世界が」



その間もどんどんと狭くなっていく視界。拳大で見えていたものが赤子の掌程の大きさになり、ついにはその走馬灯は私のそれからを見せることなく糸が切れたようにプツリと途切れた。




26年という短い生涯。そんな短い人生だというのに、振り返られたのはその半分程度だった。







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