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私立セクマイ高校女装部  作者: 小野寺広目天
第一章 遠藤玉三郎
8/47

1-7

「君、いい身体してるね。演劇部に入らないか?」

 数日したある日の放課後、廊下を歩いていた俺は、知らない女生徒に声をかけられた。

 身長は俺より高い。茶髪を高い位置で縛ってポニーテールにしている。そういえばこの学校では髪の毛に関する校則はなかったはずだ。

 演劇部? ということは、あの二人の他にも部員がいたのだろうか。

 この間見た可愛らしい感じの先輩と違い、こっちはミステリアスな大人の女性といった感じだ。声も低めだし、丸い眼鏡とその奥の細い目がその印象のもとだろうか。

「……俺、部活とか考えてないんで」

「そうかな。演劇部なら、君のそのナベシャツ(、、、、、)も受け入れられると思うけど」

「――!?」

 息が止まった。

「ちょっと、誰もいないところで話そうか」

 先輩と思しき女生徒が言った。

 ――この先輩に逆らってはまずい。俺は素直に先輩に従った。


 主に運動部が使うクラブハウスの隅に、演劇部の部室はあった。

「活動のほとんどは、あっちの〇〇一教室を使うんだ。ここは衣装やなんやを置く、ただの倉庫」

 先輩が鍵を開けながら言った。

「……だったんだけどね。去年までは」

 中身は雑然とした倉庫だった。

 衣装を吊るした大型のコートハンガーや、大きめの姿見がまず目に入り、その奥には過去に使ったのだろう、様々な大道具や小道具が置いてあった。

「さて、ここでなら話せるだろう? 君のナベシャツのことを」

 先輩はパイプ椅子を並べて言った。

 俺はうなずいてそれに座る。

「なんでわかったんですか?」

「見ればわかるよ。僕は、そういうタイプの人間なんだ」

 僕?

 この先輩も、女なのに自分のこと、僕っていうんだ……。

「まあ、あえて言うなら、胸にあるはずのお肉が、お腹や脇に流れてるのがわかるから、って言おうかな。ナベシャツを着てるひとを何人も見てきたからね」

「何人も見てきたって……?」

「ああ、そのためには、まず僕の趣味嗜好を明らかにしなきゃならないね」

 言うが早いか、先輩はブレザーを脱ぎ、ワイシャツの前ボタンを外し始めた。

 えっ、ええっ!?

 俺は思わず目を覆う。

「ああ、驚かせちゃったかな。大丈夫、見ても構わない」

 言われて、俺は指の隙間から、先輩を見た。

 そこには、なんでも出来る証拠の、二つの胸の膨らみが――

 ――なかった。

 壁だとか、まな板だとか、そんなレベルじゃない。

 先輩にはおっぱいが、なかった。

 先輩の胸は、男性のそれに間違いなかった。

「先にこっちを外しておいたほうがショックが小さかったかな?」

 そう言って先輩は、髪の毛に手をかける。ふぁさっと音がするように、かつらがとれた。

 薄めの化粧はまだ残っているが、もう迷わない。先輩は間違いなく男性だった。

「自己紹介がまだだったね。はじめまして。二年G組の遠藤玉三郎(えんどうたまさぶろう)だ。よろしく」

 遠藤玉三郎……。そういえば、似たような名前の歌舞伎役者がいたような気がする。歌舞伎と言えば、男が女装して演技したりもするはずだ。

「先輩は歌舞伎役者なんですか?」

「それって女形(おやま)かってこと? ううん、一字違い。僕はただのオカマ。ただの女装趣味の持ち主だよ。ただ、親が歌舞伎好きでこんな名前をつけたってことも、その趣味に影響あるのかなあ」

「そうなんですか……」

「君の名前」

「え?」

「今度は君が名乗る番じゃない?」

「あ……はい。一年C組の熊美明宏です」

「熊美……かあ。はは、クマノミって言えば、性転換する動物の代表じゃないか。それが理由で、君は男装して通学してるってわけかい? それとも偶然なのかな。いや、しかしクマノミはオスからメスへ性転換するんだっけ。君とは逆だな」

 どうやら、遠藤先輩はわかってるふりして、大事なところを誤解してるようだ。

「いえ、違うんです。実は……」

 俺は自分の胸について、ありのままに話した。

 性別は男であること。

 ホルモン異常でおっぱいがあること。

 そのために部活を諦めたり、誰も俺のことを知らない学校に入学したことなどを話した。

 なぜか、胸が熱い。

 つかえていたものが落ちてくるようだ。

「泣かなくてもいいのに」

「泣いてません!」

「泣いてるよ、ほら」

 言われた瞬間、俺の手にひとしずく、水が落ちてきた。

 あ……本当だ。俺、泣いてる。

「今まで、誰にも相談できなかったんじゃないか? 人には話しづらいもんね」

「……はい」

 本当だった。

 中学校でおっぱいの持ち主になってから、友達は俺を避けるようになった。

 男なのにおっぱいがあって気持ち悪い。

 おっぱいがあるのに男で気持ち悪い。

 男は男らしくすべきなのに気持ち悪い。

 オカマじゃないか気持ち悪い。

 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。

 そう言われ続けてたなかで、学校に味方はいなかった。

 両親ですらそうだ。母はまだ、病気だと思って理解してくれたが、父親は全く理解してくれなかった。おっぱいが膨らみ始めてから、父親は一度も俺と話をしてくれない。

 そういう意味では、幼なじみのさんごは、学校は違うけど唯一の理解者だったと言えなくもない。

 さんごに次ぐ第二の理解者を得られた。その事実に、俺は打ち震えていた。

「先輩は……なんで俺を演劇部に誘ってくれたんですか? おっぱいに、なにか関係があるんでしょうか」

 俺がそう言うと、遠藤先輩は小さく笑って言った。

「ようこそ、妹久間学園高校裏演劇部、通称セクマイ学園高校女装部へ」

「セクマイ高校? セクマイって……なんですか?」

「あ、そうか。そこから説明しなきゃならないか。そうだよね、君は僕が思ってたのとちょっと違うから」

 ちょっと違う……そうか、先輩は俺のこと、男装してる女子だと思ってたんだっけ。

「セクマイってのは、『セクシャルマイノリティ』の略。直訳すると、『性的な少数派』って意味なんだ。こう言えばわかるかな?」

「いえ……」

 先輩は、部室のホワイトボードに『LGBTs』と縦に書いた。そしてそこに横に並べるように文字を記していく。

女性同性愛者(レズビアン)男性同性愛者(ゲイ)両性愛者(バイセクシャル)異性装者(トランスジェンダー)。そして複数形を示すその他のエス。乱暴で差別的な言葉を使うなら、ホモやレズ、両刀使い、それにオカマやオナベのことさ」

 そして書き上げて、付け加える。

「純粋な男でも、純粋な女でもない。性的に真っ直ぐ、つまりヘテロセクシャルじゃない人間を、そう呼ぶんだ。わかるかな?」

「わかる……ような気がします」

「うん、たぶんすぐにはわからないと思うよ」

「……でも、僕はその、セクマイってのじゃないと思います。だって僕は男だし、女の子が好きだし……ただの男だと思います」

「その胸でも、かい?」

「うっ……」

「身体の一部が女性化してる男性……それは、充分にセクマイの枠に入ると僕は思う」

「女性化……まあ、女性化ですけど」

「試しに、女装なんかを楽しんでみないかい? その胸にファッションを合わせるのも、きっと楽しいよ。そんな窮屈なナベシャツなんか、嫌だろう?」

 たしかに、ナベシャツは嫌だった。だからおっぱいを切り取りたいといつも思っていた。

 ……でも、遠藤先輩は俺のおっぱいを肯定してくれているんだ。

 女性として、いや、身体の一部が女性化した男として。

 ナベシャツを人前で脱いでみたい。

 俺は心の底からそう思った。

「俺……セクマイになれますか?」

「うん、君ならいつでも歓迎だよ。……そうそう、大事なことを忘れてた」

 遠藤先輩は言った。

少数派(マイノリティ)は決して弱者ではない。だから、セクマイの道を選ぶことは、ヘテロセクシャルからのドロップアウトでは決してないと僕は思ってる。それだけは誤解しないで欲しい」

「……はい」

「今だけ、ちょっとナベシャツを脱いで女装遊びをして、いずれ胸を小さくする手術をして、ただの男に戻るんだって、君の人生の、ちょっとした寄り道だと思う。好きなようにすればいい」

「……はい!」

「さて……じゃあこれは僕の連絡先だ。もう少し良く考えて、その気になったら連絡してくれ」

 遠藤先輩は、俺に名刺を渡してくれた。名前は『遠藤まめ子』と書かれていたけれども。

「じゃあメールとワン切りしますね」

「ああ、いい。まだいい」

「えっ?」

「僕が君の連絡先を知ってると、君は僕に勧誘される可能性を持ってしまう。それは、君がじっくり考えて結論を出すという趣旨からは外れている」

「……先輩って、いろいろ考えてるんですね」

少数派(マイノリティ)の処世術さ。さて、あとは……」

 遠藤先輩はそう言って、引き出しから巻き尺を取り出した。

「一応、スリーサイズだけ測ってもいいかな?」

 このひとは、俺を着せ替え人形にするつもりじゃないだろうか。

 けどまあ、それはそれでいいだろう。

 理解者が出来た。それだけで、ありがたいことなんだ。

 俺はたぶん使うだろう遠藤先輩の名刺を、生徒手帳に挟んだ。

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