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中学生の頃、俺は短距離の選手だった。
だが、ある時を境に、走るときに体操着に乳首がすれて痛むようになってきた。
その時すでにおっぱいは大きくなっていたが、運動をすれば痩せると思っていた。
だが、その結果が、医者に見せた時には手遅れになっていた女性化乳房症だ。
乳首が気になって短距離の記録はどんどん落ちていった。
着替えの時にも、おっぱいでからかわれるようになった。文字通りいじられるように鳴っていた。
そんな俺が陸上をやめるまでは、そう長い時間はかからなかった。
「オメー、部活決めた?」
教室に戻り、午後一のホームルームが終わった後、さんごが話しかけてきた。
「俺はどこにも入らないよ」
「え? なんだよ、陸上部入るんじゃねーの?」
「……陸上は、もうやめたんだ」
「やめた? おい、それマジで? なんでだよ」
「……知ってるくせに」
俺は、学生服のブレザーの上から、きつく締め付けられている胸を叩いた。
「あ」
さんごのテンションが急に下がる。
「そうだよ。俺はおっぱいが生えてきてから、おっぱいが痛くてろくに運動が出来ないんだよ。そもそも男子かどうかわかりもしないのに、男子陸上部に入れるわけがない」
中学の苦い思い出が蘇る。
「……わ、悪い。その、そんなつもりじゃなかったんだ」
「いいよ。さんごのことだから、ほんとに気づかなかったんだろ。どうせ」
「……まあ、確かにそうなんだけどよ……なんかひっかかるな」
「明宏くん、部活入らないの?」
するとそこに、内部進学組の輪からあぶれたのか、姫武台さんがやって来て言った。
「あ……うん。姫武台さんは?」
「僕、演劇部に入ろうかなって思ってるの」
「演劇部?」
「うん。なんか、自分と違うひとを演じるって、楽しそうじゃない?」
「へえ、俺にはわかんないな」
「それにあの先輩もかっこ良かったし」
「えっ」
俺はさっきの、怖い顔の先輩を思い出した。
「なんだよ、オメーああいう男が好みなのか?」
「ううん、女の子の方。女の子の男役ってかっこ良いと思うの」
「男役……かあ」
男役といえば男役なのかもしれない。俺にはあの先輩は男役に見えなかったけど。
「あ、もうこんな時間。僕、放課後用事あるんだった」
姫武台さんは時計を見ると、そう言った。
「それじゃあ、またね」
「ああ、また明日」
俺たちはそうして姫武台さんを見送る。
「ふーん。姫武台さん、男装とか好きなんだなー」
「そうだな」
「オメー、いっそ男装の麗人だってことにしたらどう?」
「……茶化すなよ。そして揉むなよ」
俺はさんごに胸を揉まれながら、姫武台さんに胸を揉まれることを想像したのは否定できなかった。