エピローグ
かくして、無事に終業式を迎えた。
通知表に一喜一憂して、宿題にうんざりし、夏休みの注意などを受けて、正午で放課後になる。
よその学校では全校生徒を集めての式を行うこともあるらしいが、妹久間では各クラス個別で行うようだった。
「他に、何か質問とかあるか?」
担任がまとめに入った。
「はい」
俺はそこで手をあげた。
「熊美か、昨日は大変だったそうだな」
「ありがとうございます」
「それで、何だ?」
「質問じゃないんですが、ちょっとみんなに言っておきたいことがあって」
「おお、そうか。じゃあ前に出るか?」
「はい」
俺は教壇に立って、クラスを眺めた。
みんなの視線がこっちに集まる。
ここは舞台だ。そう思えばいい。
俺は夏服のワイシャツを素早く脱いだ。
教室がざわつく。
「みんなに隠してきたことがひとつ、あります」
俺は窮屈なナベシャツを脱いだ。
ぷりんっ、という音が聞こえるような気がして、俺のおっぱいが開放される。
歓声、悲鳴、嬌声。
ざわめきが大きくなった。
「おまえ女だったのか!?」
誰かが言った。
「僕は男です。でも、ホルモンの異常で、胸が腫れ上がっています。男なのに胸が大きくなる病気みたいなものです」
「オメー、それ隠してなくていいのかよ! 大っぴらにして、あたしらにどうしろって言うんだ?」
さんごが言った。やれやれ、あの場にいたのに、まだわかってないのか。
「隠し事をするのに疲れたんだ。胸があるからって、俺が俺じゃないわけじゃない」
そして俺はみんなの方をみる。
「だからみんな、こんな変な身体の俺だけど、これまでどおり接してください!」
「いいよ」
誰かが言った。
祐希だった。
別に相談したわけじゃあなかったが、祐希が言ったあと、誰かが拍手を始めた。
さんごも、祐希も拍手を俺に送ってくれた。
「ああ、わかった。わかったから……熊美。とりあえず胸をしまえ」
担任が苦虫を噛み潰したような顔で、言った。
「おまたせ!」
改札口を抜けて、俺は遊園地の最寄り駅前にいるユーキに声をかけた。
もちろんユーキはヤンキーの格好じゃない。爽やかな好青年を演じてる。
俺は俺で、かわいい女の子の格好だと自負している。性別入れ替えカップルだ。
「遅かったな」
「そこは『いま来たところ』じゃないの?」
「それは男のおまえが先に来てたら言えよ」
「こんな時ばっかり、身体の性別を悪用するんだから!」
俺は言った。俺たちは、こんなふうに自分の性別を、それこそずるく使っていくことにしたんだ。
俺は窮屈なナベシャツを脱ぎたかったし、ユーキは窮屈な女の生活を脱ぎ捨てたかった。でももとの性別を脱ぎ捨てたいわけじゃない。
もっと自由にしていいんだ。
「そういや俺……わたし、電車の中で海老さんとラブミさんに会ったよ」
「マジで?」
「しかも二人とも女のカッコでさ。仲の良い姉妹とかみたいだった」
「へえ。海老さんも海老さんで、楽しんでるんだな」
俺はそんな二人の邪魔をしちゃ悪いとおもって、声はかけなかった。
けど……ラブミさん、海老さんが女の子でもいいのかな。
「俺ももう一組、びっくりするやつらを見たぜ」
「誰?」
「マメさんとさんご」
「うそ!?」
「こっちも女装でさ。別にデートって風でもなかったんだけど。ほら、マメさん恋愛しないって言ってたけど、さんごのほうが気になっちゃってるみたいでさ。あいつ、男の娘好きだって言ってたしな」
「へえ。なんか、みんなうまくやってるんだなあ……」
そういえばこの中で、男要素がひとつもない純粋な女の子って、さんごだけなんだよなあ……。
ユーキ以外は全員女の格好なのに、純女は一人だけ。
性別迷子部は、この通り夏休みを満喫しているのだ。
「いつか、性別が自由に選べる時代が来るかもしれないな」
歩き出しながら、俺は言った。
「今だって、やってるひとはやってるだろ」
「でも、今はまだ隠して変身する時代だろ? そうじゃなくて、もっとそういうことをオープンにして、それでも普通にしていられる時代だよ。今はまだまだ、後ろ指さされるような時代だよ。わたしが求めてるのは、性別が二つじゃない時代」
「それは、まだまだだよなあ……」
「男同士で子どもを作ったり、そういう技術も必要だと思う。わたしの胸ももっと簡単に治せるようにして欲しいし」
「まあ、な」
「わたしが大人になるころには、もう手遅れかもしれないけど、ユーキやラブミさんや……そういうひとたちが、もっと悩まずにいられる時代が来るかもしれない。いや、来てほしい。そう思わない?」
「もちろん、思うよ」
ユーキは答えた。
「いつか来るかもしれない、性別自由化の時代に向けて、私たちもなにかできることがあればいいね」
「そうだな。手始めに……」
俺の手に、ユーキの手が重ねられる。
「とりあえずは性別入れ替えデートを楽しもうぜ!」
「うん!」
〈完〉




