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私立セクマイ高校女装部  作者: 小野寺広目天
第四章 姫武台祐希
41/47

4-3

「ここだ」

 やがて着いたのは、二階にも玄関のある二世帯住宅。表札は『姫武台』の隣に『鈴木』と並んでいる。

「ああ、そっちじゃねえ」

 俺が階段のある姫武台家の門を開けようとすると、ユーキが言った。

 ユーキはそろそろめまいも治まったようで、一階鈴木家の門を開ける。

「……上がってくか?」

「じゃあ、悪いけど……」

 俺は言って、ユーキのあとに続いた。

 こういう家の構造には珍しく、玄関をくぐるとすぐリビングになっていた。リビングには老人が一人いるが、少し年が行き過ぎているせいか、性別がわからない。おじいさんなのかおばあさんなのか……。

「おかえり。今日はユーキかい?」

「ああ、すぐ祐希になるけどよ」

「そっちの子は?」

「学校の友達」

「こんにちは。ええと……こんな格好ですが、演劇部で一緒にお芝居させて頂いてる、男です……」

「ああ、うん。うん。うちにもそういう子が一人いるから、わかるよ」

「じゃあ、俺着替えてくるから」

 そう言って、ユーキは俺を残して奥へ行ってしまう。

「へえ、男の子ねえ。まったくそうは見えないけどねえ」

 おじいさん? おばあさん? が言った。このひとに言われると困る。

「あの子の親、つまり僕の子なんだけどね。すごく頑固なの。女は女らしく、男は男らしくってね。だからあの子はユーキになるときは、僕のところに来るの」

 僕、と言ってるのだからおじいさんかな。いや、ユーキも祐希の時は僕って言うんだっけ。

「君みたいな相手とアベックになるなら、あれの親も困るだろうねえ」

「あ、アベック? いえ、そんなのじゃあ、ないんですけど」

「そうかい? ふふふ。まだ、ってところかな?」

 そう言っておじいさん? は面白そうに笑った。

「いえ、まだなのか、将来的にもなのかはわかりませんけど」

「だろうねえ」

「おまたせ」

 しばらくすると、ユーキが、いや祐希が降りてくる。女子制服の夏服だ。

「おじいちゃん、なんか変なこと言ってないでしょうね」

 あ、おじいさんだったんだ。

「ないない、大丈夫だよ」

 おじいさんは言う。

「で、二人はどこまで行ってるんだい?」

「僕は、そういうことを言うのが、変なことだって言ってるの」

 祐希はおじいさんを黙らせる勢いで言ったが、おじいさんも止まらない。

「でもねえ、女装した男の子と、男装した女の子のアベックって、悪くないと思うなあ」

「うるさいよ」

「はいはい。ああ、怖い怖い」

 おじいさんはからからと笑う。

「うちはね。両親が頑固なんだ。女は女らしく、男は男らしくってさ。……僕が、自分のことを僕って呼ぶのも気に食わないみたい」

 それはさっきおじいさんからも聞いた。

「本当なら僕も、ラブミさんみたいにGIDに明るい病院にかかったほうがいいのかもしれないんだけどね。GIDなのかそうじゃないのか、医者の診断があれば少し楽になると思うんだけど……」

 祐希は目を伏せる。

「僕が内緒で連れてってあげるって言ってるんだけどねえ。もう大人の助け無しになにもできない年じゃあるまいに」

 おじいさんは言った。

「そう。だから僕は、大学は遠くに行こうと思ってるんだ。下宿して、勝手に診断受けて、それでそっちでは男として過ごす。だから今から勉強は頑張らなきゃいけない。けど……このザマだよ」

 祐希は今日もらったばかりの通知表を見せてくれた。

「うわあ……」

 俺の漏らした声で、内容は察してもらいたい。

「ば、バカじゃないんだよ。僕は。たまたま今回は、ほら。ラブミさんのことがあったから、動揺してただけだし。この学校の受験も厳しかったからね」

「まあ、たしかに。この成績でよくこの学校受かったよね……」

「要領はいいんだよ、この子。だから大学受験もうまくいくと僕は思うよ?」

 おじいさんは大らかそうに笑って言った。

「それじゃあ、アベックの邪魔しちゃ悪いから、僕はひっこんでようかね」

「そんなんじゃないって言ってるのに!」

 おじいさんを見送って、少し落ち着いてから祐希は言った。

「明宏は……どうするの?」

「え?」

「だから、大学と、その……胸のこと」

「あ、うん……その、二〇になったら手術するつもりでいるけど……」

「そうなの?」

「ホルモンの調整もしながら、だけどね。一応育ちきるまで育ててから、取るつもり」

「……そうなんだ」

 祐希は小さくうなずいた。

「明宏はちゃんと女の子になれる環境が整ってるんだね」

「え?」

「え?」

 なんだか話がすれ違っているようだ。

「だって、明宏、取っちゃうんでしょ? その、それ……」

「そうだよ」

「じゃあ、女の子になるんじゃないの?」

「え? あ、違う。違うよ。取るのは下じゃなくて胸だよ」

「え? あ……」

 祐希は俺の答えを聞いて、急に頬を染める。

「そ、そっか……。明宏は、GIDとかってわけじゃ、ないんだっけ……ごめん」

「いや、俺の方こそ。そういうわけでもないのに女装してて、ごめん……」

 謝りついでに、俺はもうひとつ謝る。

「それと、さっきはごめん」

「さっきの? ……いいよ、忘れたんでしょう?」

「ううん、思い出した。だから、半端な気持ちで告白しちゃって、ごめん」

「……そっか、半端な気持ちだったのか」

「うん……。あの時は、ユーキに助けられた直後で、男らしさってものにゆらぎを感じてたんだ」

「それで、男らしさの証明のために、手近にいた女の子に告白したわけ?」

 祐希は少し怒っているようだった。無理もない。

「ち、違うんだ。手近にいたからってわけじゃなくて……一応、その、一目惚れというのは、本当」

「……へえ。今まで忘れてたくせに」

「……ほんとごめん。でも、だってほら、ユーキは男だと、今は思ってるから」

「ふうん……」

 だれでも一度損ねた機嫌はなかなか直らない。それは祐希も例外ではなかった。

「男らしさにこだわるなら、なんで女装してるわけ?」

「それは……」

 最初は、マメさんやユーキのような、セクシャルマイノリティと接することでそれが理解できると思ったから、女装を始めたが……。

「……まだ、わからない」

「わからない? 君はわからないのに女装をしてるの?」

「わからなくなったっていうほうが正しいかもしれない。ユーキやマメさんと接してるうちにわかると思ってたけど……ラブミさんと海老さんのことを考えてたら、よりいっそうわからなくなっちゃった」

「ああ、なるほどな。あれも珍しいカップルだからなあ……」

 祐希は言った。

「男らしさか……いっそ僕と喧嘩する? 殴り合いの」

 そう言って祐希は空中を殴ってみせた。

「死んじゃうよ」

 俺は海老さんをボコボコにしたときのユーキを思い出す。海老さんがユーキを女だと思って手出しできなかったとはいえ、あれは明らかに喧嘩慣れしてる動きだ。男とか女とか関係なく。

 関係なく……か。

「そもそも男らしくする必要ってあるの? 明宏に」

「え?」

「僕は男になりたい女だから、男らしくしないとすぐ女に見えちゃう。それで過剰なまでに男らしくしてるんだよ。けれども明宏はもともと男だろ?」

「たしかにそうだけど……」

 俺は視線を少し下に落とす。すると立派なおっぱいが目に飛び込んできて……。

「胸のことはこの際考えなくていいよ。君は、その胸さえつぶしてればどうみても男なんだから」

 女装してなければ、だけどね。

「女らしさもそうだよ。さんごなんか見てみな、あの乱暴な口調。あれでも純女(じゅんじょ)なんだから、気にすることはないと思うけどなあ」

 祐希がそういったとき、チャイムが鳴った。

「おっと、お客さんかな」

 噂をすれば影というやつだろう。インターホンの画面にはさんごが写っている。

「さんご? どうしたの」

「祐希、ごめん……あたし、またやっちまった……」

 見れば、さんごの陰にも人影がある。

 数人の男たちがバットなどを持って立っていた。と言っても、野球のお誘いに来たわけじゃなさそうだ。

「ツイッターやめるのやめて、実はまだ続けててさ……。さっきの打ち上げの写真載せたら、『このヤンキーどこにいるんだ』って押しかけてきて……」

「俺らがよく行くファミレスの写真だったからねー」

 さんごの肩を掴んでいるキャップの男が言った。

「こいつ、さっきの……」

 祐希が言った。

「さっきのって……この間のひったくり?」

「たぶん」

「きこえますかー。悪いけど君のお友達を捕まえさせていただきましたー」

「てめえ!」

 鼻に絆創膏をつけたニット帽の男が、前に出て言った。

「非常にお手間なんですけども、ボコボコにされに出てきてくれませんかー? 君がそうしてくれないと、この子が代わりにボコボコになってくれるって言うんですけどー」

「少し待ってろ、いまハダカなんだ!」

 ユーキは言った。確かに、ハダカではないがユーキに着替えないままでは出られない。

「あれ、いいんですかー? 俺ら、気が短いよー? 警察呼んだりしたらこのかわいい女の子のお顔がどうなるかなー?」

「嫌……やめて……」

 さんごの顔に刃を出してないカッターが突きつけられる。

「くそっ!」

 ユーキは言ってすぐ、奥の部屋に引っ込んだ。着替えてくるつもりだろう。

 すると時間稼ぎが必要だ。

 ……行くか。

 足が震えている。

 背筋がゾクゾクする。

 けれども、俺は行かなきゃならない。ここが男らしさの見せ所だ。

 ブルブルする手で、俺はドアを開けた。

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