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「まず、携帯はオフ。開演中のおしゃべりもオフ。あと用事がある方は仕方がないんすけど、途中退場は原則禁止でお願いします。それじゃ、もうすぐ始まりますんで、よろしくお願いします!」
言って、さんごは教室の階段を駆け登った。入り口ドアの外に出て、ドアを閉める。
コンピューター部の先輩がBGMを少しずつ大きくし、文芸部の先輩が教室の電気を消す。
この暗くなっている状態を暗転という。シーンの切り替わりなどに使われる。暗くなっているうちに、役者が出入りしたりするのだ。
板付き、つまり暗転開けにステージに出ているのはユーキ演ずるアイドル、『王子ユーキ』だ。
漫研の先輩がスポットライトを当てた。
「本日は、わたくし王子ユーキの主演映画『シンデレラ』の制作発表会にお集まりいただきまして、誠にありがとうございます」
ユーキが一礼する。記者会見というていだ。
「皆様気になるのは、シンデレラ役を演じる女優はだれなのか……それは今まで発表しておりませんでしたが、今日ここで発表いたします。シンデレラは一般公募を行い、これからオーディションを行います。我こそはシンデレラにふさわしいと思う方、一般人芸能人を問わず、どうぞお越しください」
ユーキはまた一礼する。そして最後にこう言った。
「くわしくは、Webで」
スポットライトが消え、暗転する。
ステージの証明がついた時、そこには海老さんとマメさんが座っていて、テレビを見ているていで話しはじめた。
「へえ、一般公募ねえ」
「エビさん、出てみたらどうです?」
「うちみたいな弱小劇団から、ビッグタイトル主演女優への道を駆け上がるなんて、まさにシンデレラだね。まめ子、あんたも出なさいよ」
「それじゃ、エビさんと競い合う事になっちゃうじゃないですかあ」
そして次はついに俺の出番。俺は薄汚れたエプロンをつけてステージの上に転がり込む。
「あ、あの! 倉庫の掃除終わりました」
「ご苦労さん。じゃあ次は衣装の洗濯をして頂戴」
海老さんが言う。マメさんと海老さん、交互に俺に雑用を押し付けてくる。
そして悠々と二人は退場しようとし、それを俺が止める。
「あの! ……いつになったら、わたしにお芝居を教えてくれるんですか?」
「お芝居を? はん、あんたみたいな不細工、女優は無理!」
「生まれ変わって美人になったら、教えてあげてもいいけど?」
言って、二人は退場した。
意地悪な継母とお姉さまという設定は、現代劇には似合わない。なのでこの三人は、同じ劇団に所属する先輩と後輩の女優という設定だ。
海老さんはあれから吹っ切れたように女装芝居を楽しんでいる。今までのイメージから脱却し、演劇人としても一皮向けたようだ。
シンデレラと違うのはそこだけじゃない。
この後、ラブミさんがアイドルとして俺をスカウトする。劇団のマネージャーを通さずに別名でオーディションを受けるが、ユーキが直接見る最終オーディションのさいに海老さんたちにバレて逃げ出してしまう、という展開だ。
そして俺は一人になったところで、携帯電話の着信に気づくところだ。
「はい……。え、靴屋さんですか?」
ここは俺の一人芝居。
「王子ユーキさんの電話番号を預かってるって、どういうことですか? かければわかる……って」
俺はすぐ電話を切って、かけ直す。すると袖から携帯を持って、ユーキが現れた。
「アキです。シンデレラオーディションを受けた……」
「王子ユーキです。二度目まして」
「なんで、靴屋さんに電話番号をあずけたんですか?」
「オーディションの日、君は僕のマネージャーと、靴を間違えて帰っただろう? 残ってた靴のサイズが女性物にしては大きかったので、オーダーメイドじゃないかと思って調べたんだ」
「ごめんなさい、靴はお返しします。宅配便でいいですか?」
「いや、そうじゃない」
ユーキはそこで間をとって、言った。
「オーディション合格、おめでとう」
「えっ」
「ひと目見た時、君に決めた。シンデレラ役は君のものだ」
「そ、そんな……わたしが……」
「今、六本木にいる。来られるかい?」
「はい、いま行きます!」
そして俺は電話を切り、一度袖に引っ込んだ。
海老さんとマメさんが、シンデレラ映画の試写会帰りに愚痴を言っているシーンをはさみ、その間に俺とユーキは着替えを済ませる。
映画公開後の打ち上げという体だ。どちらもおしゃれをしている。
「靴が僕らを再会させてくれるなんて、まるでほんとうにシンデレラのようだったね」
「ええ、でも……シンデレラは十二時で魔法が解けてしまいます。わたしはこの映画が終わったら、またもとの劇団で下っ端に逆戻りです」
「そうはならないよ。今や芸能界は君に注目し始めている。この業界、一発屋になるだけでもすごいことなんだよ」
「それは、王子さんのお手柄ですから……」
「いいや、違う。僕が君を選んだのは、シンデレラとしてのオーディションだけではないんだ」
「え?」
ユーキが俺の肩を抱いた。
「僕は、どうやら映画のパートナー候補と同時に、人生のパートナー候補を見つけてしまったのかもしれない。もし君さえ良ければ、真剣に交際させてもらえないだろうか」
「わたしと、ですか」
「シンデレラは王子と幸せに暮らしました……めでたしめでたしとなってくれ。頼む」
そして俺は十分に間をとる。
「……はい」
「アキ!」
ユーキが俺を抱きしめた。そしてくるくると周り、客席に背を向けて顔を近づける。
キスしたふりをして、この舞台は終わりだ。
だがここでトラブルが起きた。
俺の唇に柔らかい感触が当たる。
ユーキが勢い余って、ほんとうに俺とキスをしてしまったんだ。
いや、勢い余ってなんてものじゃない。ユーキは舞台の雰囲気に飲まれて、ほんとうに興奮してしまったのかもしれない。
ファーストキスだったのに! ファーストキスだったのに!




