3-6
それからさらに数日。テスト返却日最後の日。
多くの生徒が帰る中、演劇部の公演があることを裏方協力スタッフたちが宣伝して回ってくれた。どれくらいの客入りがあるかは俺たちはわからない。
なぜなら、その間に俺たちは〇〇一教室で男女交代で着替えたあと、マメさんの指導で徹底的にメイクをしていたからだ。
客入れは十二時半。放課後から三〇分後。残ってる生徒は多くないかもしれない。
照明や音響のタイミングの最終確認を終えると、ドアからさんごが覗きこんできた。
「準備いいか? 開けるぞ」
「うん、ちょっと待って」
スーツ姿のラブミさんが言った。長い髪の毛をオールバックにして後ろで縛っているというホストっぽいスタイルだが、男っぽくはあまり見えない。ラブミさんの場合はそれでいいんだ。
「みんな円陣組んで」
ラブミさんの掛け声にあわせて、俺たちはステージの上で円になる。
長身のゆるふわパーマ美女に扮した海老さん。
眼鏡のミステリアスな美女に扮したマメさん。
金髪にサマーコーデの男子アイドルに扮したユーキ。
そして、いまいち萌えないユニセックスの姿で女装した、俺。
「本番前に一度大声出すよ。いい?」
「「「「はい」」」」
「いろいろあったけど、今日が本公演です。頑張っていきましょう。掛け声は、『よろしくお願いします』で行くよ。せーの」
「「「「「よろしくお願いしまーす!!」」」」」
声が揃う。外からざわめきが聞こえたような気がした。
「じゃあ、わたしたちが袖に引っ込んだらドア開けて」
「はい!」
さんごが元気よく答えた。
俺たちは、ステージ上に建てたダンボールのついたてで作られた、袖と呼ばれる役者待機所に隠れる。
同時に、さんごを始めとする裏方がドアを開けた。
ざわざわと教室内にひとが入ってくる音が聞こえてくる。
そう多くはない。本番が始まるまでこれから三〇分。放課後から一時間待たされるのだ。興味がない者は帰るだろう。
「今年は客入りが多いな」
海老さんが小声で言った。ちなみに俺のいる袖には海老さんとマメさんがいる。ラブミさんとユーキは反対側だ。
「そうなんですか?」
俺は聞き返した。去年までを知らないのはこの中には俺一人だ。
「そうだね。多分、ラブミさんに興味がある人が多いんじゃないかな」
なるほど。
男なのかもしれないラブミさんを見に来たひともいる、ってわけだ。
「ちなみにトランスジェンダー好きのことを、トラニーチェイサーって言うんだよ。海老さんもそういうのかな」
「俺がラブミを好きなのは、ラブミがラブミだからだ」
「お熱いことですね」
「うるせえ」
ふと、そこで気づく。
向かいの袖からユーキがこっちを見ていた。
目が合うと俺に向かってガッツポーズを送ってくる。
俺も送り返した。
……緊張してきた。
「クマ、緊張してるか?」
海老さんが言う。
「緊張してるくらいがちょうどいい。俺はこの緊張が大好きだ。癖になる」
「……そうですね」
やがて、開幕数分前。
さんごがステージに上がった。
「どうもっす! 今日は演劇部夏公演『目指せシンデレラ』にお越し下さりありがとうございます! 開演に先立ちまして注意事項を言わせていただきますね」
前説というやつだ。
「まず、携帯はオフ。開演中のおしゃべりもオフ。あと用事がある方は仕方がないんすけど、途中退場は原則禁止でお願いします。それじゃ、もうすぐ始まりますんで、よろしくお願いします!」
言って、さんごは教室の階段を駆け登った。入り口ドアの外に出て、ドアを閉める。
コンピューター部の先輩がBGMを少しずつ大きくし、文芸部の先輩が教室の電気を消す。




