3-2
最初に目に入ったのは、シンデレラの衣装を海老さんが力づくで引き裂いた瞬間だった。
「海老さん! なにを!」
「演劇部は終わりだ! もうこんなものは必要ない!」
そう言って海老さんはボロキレになった衣装を投げ捨てた。その先には折れた眼鏡を持って呆然としているマメさんがいる。
「女装の変態に、暴力事件。二つもスキャンダルが重なれば、廃部は決まりだ」
「なんでそんなことを……」
「あいつが俺たちを裏切ったからだ」
そう言う俺に海老さんは即座に答えた。
「あの野郎は女装の変態だったんだ! 俺たちを騙していたんだ!」
「だからって、こんなことしなくたっていいじゃないですか!」
「終わりには終わりにふさわしい終わり方があるだろう!」
「どういうことです?」
「こういうことだ!」
海老さんは衣装かけを蹴り倒した。なんの芝居でつかったかわからないような、再利用できるかわからないような小道具が壊れて散らばる。
「やめてください!」
俺はもう一つの衣装かけに手をかけた海老さんの、その手を掴んだ。
「止めるな!」
海老さんが腕を振る。その一振りで俺は吹き飛ばされる。
「おっと」
そんな俺を受け止めたのは、ちょうどやってきたらしいユーキだった。
「……なにやってんすか、海老さん」
女子制服姿のままのユーキの口調が、ヤンキーのユーキのそれにかわる。不思議と、女の祐希の姿なのに、俺にはユーキの姿に見えた。
「見てのとおりだ」
「見てわかんないから聞いてんすよ。海老さん、バカっすか?」
ユーキは俺を押しのけて、部室の中まで上がり込んだ。
「バカとはなんだ!」
「バカだからバカって言ってるんですよバカ!」
「先輩に向かって!」
「バカを先輩に持った覚えはねえっす!」
「ユーキ、落ち着け……」
「ぐうっ!?」
俺がユーキを止めようとした瞬間、長身の海老さんがうずくまった。
その腹には下からユーキの拳がめり込んでいる。
「昨日も思ったけど、あんた救いようのねーバカっすね」
「なんだとぐえっ!?」
起き上がろうとしたその海老さんの顔に、ユーキはスカートがめくれるのもかまわず、容赦なく膝を叩き込んだ。
「誰が変態だ、誰が。二度も言いやがって。もう一度言ってみろコラ!」
海老さんは床に膝をついたままユーキを睨みつける。
「ああ、何度だって言ってやる。あの野郎は……」
「言わせるか!」
ユーキが両手の拳をあわせてハンマーのように叩き込んだ。ものも言わず海老さんは床に這いつくばった。
その海老さんの頭をユーキが鷲掴みにして引き起こす。海老さんの鼻と口は血まみれになっていた。
「殴られて痛えだろ? けどよ、ラブミさんの心はもっと痛かったんだよ!」
「……」
「何とか言えよ!」
「ら、ラブミは……」
「言わせねえよ!」
その顔面をユーキは床に叩きつけた。一回、二回、三回……。
くり返すがユーキは女子制服のままだし、大柄な海老さんとは頭ひとつ分身長差がある。にもかかわらず一方的だった。
海老さんは相手が女子なので手が出せないのかもしれないが、ヤンキーのユーキにはそんなことは関係ない。
俺はと言えば、部室の入り口で腰を抜かして震えていることしかできなかった。気づけばマメさんが隣に来ていて、不安そうに俺の手を握っている。
「海老さんよ。まあ、座れや」
やがて、ユーキが言った。海老さんは言われるままにその場に座る。
「いま一番辛いのは誰かわかるか?」
「……」
「誰だか聞いてんだ!」
「……ラブミ……」
「そうだ、よくわかってるじゃねえか。じゃあ、そんな時、海老さんはどうするべきだった?」
「……だって……」
海老さんがかすれたような声を漏らす。
「だって、俺……わかんなくなっちゃったんだもん……」