2-16
「わたしは、本当は男の子でした。今まで騙していてごめんなさい」
「ラブミ!」
海老さんが怒鳴った。
「違うだろう? おまえは、女なんだろう? あいつの冗談に乗ってやってるだけだろう?」
「ううん。あの子の言うとおり」
ラブみさんは壁のほうを向きながら答えた。
「わたしは、小学校の頃男の子で、女の子のフリをして転校しました」
言葉を噛みしめるように、慎重に紡いでゆく。目に浮かんだ涙をこらえているようにも見える。
「それから今でもずっと女の子のフリをしています」
言い切るとラブミさんは目を閉じた。
「しかし、そんな、俺はおまえと中高でもう六年になるが……」
「わたしの言うことなら信じられるって言ったのは、海老ちゃんだよ」
「……くそっ!」
海老さんが床を叩いた。
「騙していたのか! ずっと俺たちを騙してたってのか!」
「………………うん」
ラブミさんは小さくうなずいた。
「信じられないなら、脱ぐしかないけど……」
そう言ってラブミさんは、寝間着のボタンに手をかけた。
「やめろ!」
海老さんは叫んで、立ち上がる。
「俺は、おまえを、おまえは、俺を……ああっ! くそっ!」
「海老さん、落ち着いて」
マメさんがたしなめるが、海老さんはよりいっそう興奮していく。
「落ち着いていられるか! こいつは俺たちを裏切ったんだ! 結局おまえも、マメたちと同じ女装の変態だったんだ!」
「……海老ちゃんこそ!」
ラブミさんが、よく通る声をはりあげた。
「わたしが男だったら、困るの? 海老ちゃんを騙してたのは謝るよ。でも、わたし、女じゃないと困るの! 自分が男だったら困るの! 男の身体がたまらなく耐えられないし、好きになる相手も男の子だし!」
興奮していた海老さんも一瞬たじろぐ。
ラブミさんは大きく息を吸って、叫ぶように続けた。
「……わたし、男の子だけど女の子なんだよ。嘘ついて海老ちゃんをどうこうしようとか、そういうんじゃない。注射もして中途半端に二次性徴期迎えちゃったし、もう男の子には戻れない。ついてるものはついてるし、生理もなければ子どもも産めないし! 偽物の女の子にしかなれないけど、それでもわたしは男の子じゃないんだよ! 性別がまっすぐな海老ちゃんにはわからないでしょう! わからないくせに! それを変態だなんて、ひどいよ! ひどい、ひどいひどいひどい!!」
ラブミさんはそう言って大きな声で泣き出した。
誰にも、何も口を挟むことはできなかった。
マメさんも目を伏せ、ユーキもそっぽを向いている。
「……もう、いい。すまなかった」
海老さんだけが、そう言って立ち上がった。
そして、皆が見守るなか、そのままなにも言わずに部屋を出ようとする。
「帰るんですか?」
いくぶんか挑発的な口調で、マメさんが言った。怒っているのかもしれない。
「誤りもせずに?」
「……俺にも、考える時間をくれ」
それだけ言って、海老さんはその場をあとにした。
言いたいことだけ言って逃げ出したみたいで、正直、気分が悪い。
「……ごめん、みんな」
ラブミさんは、涙ながらに言った。すこし落ち着いてきたらしい。
「少しいいですか?」
マメさんが言う。
「僕はセクシャルマイノリティのことは少しは理解してるつもりでした。けど、ラブミさんの悩みに、僕は気づくことができませんでした」
「……隠してたんだもの」
「僕はただの女装趣味者ですけど……ラブミさんは、GIDなんですよね?」
「……うん。診断書、見る?」
「いえ、大丈夫です。それだけがわかれば」
マメさんは言った。そしてユーキを見る。
「ユーキ。言うかい?」
「……はい。僕も同じなんです、先輩と」
促されるように、ユーキは言った。
「えっ……じゃあ、ユーキも、男の子……?」
「いいえ、僕は先輩とは逆。身体は女で、心は男です。親が頑固なので、病院にはまだ行ったことありませんけど」
「そっか……」
「毎月、生理のたびに憂鬱になります。胸が膨らんできたことも、とても辛いです」
「……ままならないね。わたしと身体が逆ならよかったのに」
「そう、ですね……ほんとうに。……うっ……」
ユーキは嗚咽を漏らし始めた。
つられるようにラブミさんも、涙をながす。
やがて、どちらからとも言えず、二人は体を寄せあって泣き始めた。
マメさんはそんな二人を、悲しいとも優しいともつかない目で見つめている。
俺は、なにもできなかった。
その夜、俺はユーキに教わった匿名掲示板を見た。
妹久間学園高校のホームページに今回の事が掲載されたと知ったのも、そこがきっかけだった。
そこには、硬い文章で『本校生徒の個人情報について、勘違いから始まる根も葉もない噂が流れている』と記されていた。
最後には『特定の生徒の個人情報についてむやみに誹謗中傷を行った場合、告訴も含めて検討している』というようなことも書いてあった。
匿名掲示板は、それで余計に挑発されて盛り上がったようにも見えるし、おとなしく引き下がるひともいるように見えた。
「まあ、すぐに彼らは忘れるよ。人の噂も四十九日って言うしね」
ボイスチャットの向こうで、ユーキは言った。
「それを言うなら七十五日だろ」
「それよりも、海老さんがどう考えてるかわからないのが、目下の困り事だね……」
女装部を目の敵にしていた海老さんのことだ。心のよりどころだったラブミさんまでが女装者だと知った今、海老さんは何を信じてどう動くのだろう。




