2-12
遠くで電話が鳴っていた。
そうではない。俺が寝ていただけだ。
昨日、夜中遅い時間までいやいや勉強をしていて、寝たのは何時だか覚えていない。
鳴っている携帯の時計は一時。その下にはユーキの名前が表示されていた。
「もしもしい……」
「俺だ」
姫武台さんではなく、ユーキ。どうやら今は男モードらしい。
「明宏、ツイッターは見られるか?」
「見られるけど……」
ツイッターとは、一行くらいの文章を投稿できるインターネットサービスだ。ひとりごとを延々つぶやいてても誰にも怒られないので、俺みたいな孤独気質には使いやすい。
「さんごとラブミさんはフォローしてるか?」
フォローとは、そのツイッターの投稿者を、自分のホーム画面で常に表示する機能のことだ。
「してないよ。リアルで面識あるひとはあんまりフォローしてないし」
俺にツイッターを教えてくれたのはさんごだったけど、別にさんごをフォローする必要もなかったのでフォローはしていない。
「そうか。じゃあ、まずさんごのアカウントを送るから、ちょっと見てくれ」
言われてパソコンの前に座る。携帯電話が切れて、ボイスチャットソフトからユーキが接触してきた。
貼り付けられたアカウントをツイッターで表示する。1010_3_5……なるほど、せん、じゅう、さん、ご、ってわけか。
「まずは昨日の九時半ごろから見てくれ」
さんごちゃん@1010_3_5
うちの学校の演劇部。男子が女装して女子が男装するシンデレラやるんだって! 学校の連中は見に行ってやれよ。――31人がリツイート。
というさんごのコメントに、写真が添えられている。昨日撮った、演劇部で衣装合わせして撮った集合写真だ。
ちなみに最後についているリツイートというのは、ツイッターに投稿した内容を、他の人が他の人に見やすいように再投稿する機能。
「ツイッターに載せちゃったのかあ……言ってくれよって思うけど」
「その次だ」
ユーキに促されて次の投稿を見る。
さんごちゃん@1010_3_5
とくにこの魔女役の先輩なんか、どっからどう見ても女の子にしか見えない。これでも男なんだからびっくり! ――118人がリツイート。
そこに貼られていたのは、ラブミさんの写真。
ああ、そうか。魔女を男の魔法使いにしたから、ラブミさんが男装した女性じゃなくて、女装した男性だと勘違いしたのか。
その後さんごがリツイートした内容は、それに対するもろもろの反応だった。『うほっ、演劇やらないか』だの『男の娘ktkr』だの、意味はわからないが、誤解が広まっているらしいことはわかる。
「困るなあ、こういうの」
だが、頭がよく回らない。寝起きだからというのもあるけど。
「よく考えてみろよ。さんごはなんでラブミさんのことを男だと勘違いしてるんだ?」
「え?」
「さんごはラブミさんと小学校のころの知り合いじゃなかったのか?」
「あ!」
言われて理解する。確かに、さんごはラブミさんと面識があるようなことを言っていた。だから、さんごはラブミさんが女だってことは知ってるはずだ。
その後、ついさっき頃、さんごが誰かに返事を送っている投稿があった。
さんごの方だけじゃわからないので、俺は会話をたどるモードで表示する。
ラブミ@love_me_engeki
@1010_3_5 秘密にしてって言ったのに!
さんごちゃん@1010_3_5
@love_me_engeki はあ? いきなり誰っすか、あんた。
ラブミ@love_me_engeki
@1010_3_5 写真に写っている者です。あなたに秘密をばらされた被害者です。
ということは、このlove_me_engekiというアカウントが、ラブミさんなのだろうか。たしかに昨日、秘密がどうのって言ってたけど……。
さんごちゃん@1010_3_5
@love_me_engeki 秘密は守ってるはずです。個人が特定されるようなことは書いてません。
ラブミ@love_me_engeki
@1010_3_5 同じ学校の人が写真をみたらわかっちゃうでしょう。なんでバラすの? 誰にも知られてなかったのに。
さんごちゃん@1010_3_5
@love_me_engeki ちょっとよくわからねーっす。悪いんすけど、電話いまかけてるんで出てもらっていいっすか?
それが最後の投稿だ。時間はたった今。ユーキが電話をかけてきたより遅い。
さんごちゃん@1010_3_5
@love_me_engeki 電話出てください。いまそっちにオニ着信してる番号があたしっすから。
そう言ってる間に、新しい投稿があった。
急いだほうが良さそうだ。ボイスチャットのウィンドウをみると、さんごはパソコンの前にいるようだ。俺はユーキとの通話に、さんごを呼び出した。
「さんごか? 俺だ、何があった?」
「あたしが聞きてーよ! あたしなんかしたのか?」
「先輩の秘密ってなんなんだ?」
「だからあたしが聞きてーっつの!」
「ふたりとも、落ち着いて!」
女モードに切り替えた祐希が言った。
「なんだよ、祐希と二人してあたしのツイッター監視してたってわけ?」
「そういうわけじゃないけど……」
俺は言葉に詰まる。
「見てたのは僕だけだよ。そしたら今回、茅大先輩となにかあったのを見て、明宏に相談したの」
「まあ、ツイッターだから、誰に見られててもいいけどさあ……」
さんごは憮然として言った。
「さんごに僕から聞きたいのは一つ。さんごは、どうして茅大先輩のことを女装した男性だと思ったの?」
「え? だって茅大先輩は男だろ? 魔女ってことは、女装するんだし、女装するのは男じゃねえの?」
「いや、茅大先輩は女だよ。今回は魔女じゃなくて魔法使いの男をやるんだ」
ユーキは言った。
「携帯でアドレス交換した時に『茅大愛』って書いてあっただろ? 愛って名前の男性はそんなにいないと思うけど」
「だって、遠藤先輩ってのも遠藤まめ子って、本名じゃなかったし、茅大先輩もあれ、女装するときの名前なのかなって思ったんだけど……違うの?」
「茅大愛は本名だ」
「あたしが知ってる茅大先輩は、茅大賢示っていう男だぜ?」
「それじゃあ、さんごの知ってる茅大先輩と、俺らの知ってる茅大先輩は別人ってことか?」
俺は言った。いや、だがそれじゃあつじつまが合わない。
「違うだろうな。茅大先輩はさんごのことを知っていたからね」
「おいおい、どういうことなんだよ。お前らが知ってる茅大先輩は女で、あたしが知ってる茅大先輩は男で、そしてそのどっちも同じ茅大先輩だってのか? そんなこと、あるのか?」
「一つだけある。可能性は……」
祐希は言いよどんだ。
「いや、だけど。ほんとにそうなのかな。自信はないんだけど」
「勿体つけずに言えよ」
「茅大先輩は、もしかすると女性になった男性なのかもしれない」




