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私立セクマイ高校女装部  作者: 小野寺広目天
第二章 茅大愛
24/47

2-11

「おう、衣装できてるぞ」

 〇〇一教室についてすぐ、海老さんが言った。足元には段ボール箱が置いてある。

 衣装と言っても、予算がないので使い回しだ。今年は男女入れ替えなので、家庭科部に頼んでサイズ調整だけやってもらった。

「魔法使いは、昔の先輩がコメディア・デラルテでつかったハーレクインがあったから、これでいいな?」

「うん。悪くないと思う」

 海老さんが引っ張りだしたのは、ひし型模様をあしらった派手な服。それは魔法使いというのに説得力がある。

「なんですか、コメディア・デラルテのハーレクインって」

「イタリア喜劇だよ。登場人物の設定だけ決めて、即興演劇をやるんだ。ハーレクインってのはその役割の一つで、まあ道化師みたいなおふざけキャラさ」

 マメさんが俺の質問に答えてくれた。

「継母と姉さんは、今回は着替えなしのドレスでいい。王子は、俺がやったときのはサイズが合わないが、女子が演じた時のが残っていた。これでいいな?」

「充分。さて、次はシンデレラだけど……」

「クマもでかいほうじゃあないから、ごまかせるだろう」

 海老さんは真っ白なドレスを取り出した。前で紐を引っ張ると後ろが固定される、早着替え用ドレスだ。

「これをわたしが演じる魔法使いがカーテンと一緒にもってきて、カーテンの影で二〇秒以内に着替えてもらう。練習しないとね」

「はい」

「とりあえず衣装、合わせてみようか。マメちゃん、海老ちゃんをよろしく!」

「ふふ、任せて下さいな」


 先に女子が着替えることになり、男子は一度外に出される。

 数分後、呼ばれて戻ると、立派な王子と魔法使いが出来上がっていた。

「どうだい? 王子って感じするか?」

 ユーキはいつも女装部で見慣れた男装姿だ。さすがにヤンキーみたいなライオン金髪ではなく、王子様ふうのショートヘアだが、全く違和感はない。

「こんな格好だと女装とか男装とかじゃなく、性別は魔法使いですって感じだね」

 ラブミさんはラブミさんで、性別不明だった。全身に赤と黒のひし形を施したつなぎで、頭は二股のとんがり帽子。ハーレクインという一種の道化師ということだが、魔法使いと言われれば、そう見える。長い髪の毛は布でくるんで、帽子の中に押し込めてるそうだ。

「さ、次は男子だよ」


 出来上がった海老さんをみてそうそう、ラブミさんとユーキは大笑いした。

「いる! こんなおばあさんいる!」

「メガネかけましょう、メガネ」

「それいい! なんか、赤ずきんちゃんのおばあさんに化けた狼って、たぶんこんな感じ!」

 海老さんの継母姿は、まさに怖いおばあさんだった。ラブミさんの言うとおり、赤ずきんちゃんのおばあさんに化けた狼みたいだった。

 メイクは今日は省略しているが、本番ではしっかりとした化粧をする予定だ。

「うるせえ!」

 海老さんは一括すると、憮然としてステージに置いた椅子に座り込んだ。

「おまえたちもおまえたちだよ! あの無礼な連中に何か言っておやり!」

 そうはいっても演劇人。海老さんは若干楽しそうに、継母ふうに言った。

「嫌ですわ、お母様。相手は王子様でしてよ」

 そう言ったのはマメさん。マメさんの女装姿は一味違う。メイクがなくてもマメさんは女性に見える。

 そして、俺は……。

「クマちゃんは普通だね」

「うん、普通」

 俺の衣装は光沢のない黒一色のワンピースに、小さなエプロンだけ。いわゆる出来合いのメイド服だった。

「そう見えるだろう? けどな、魔法をかけると……それっ」

 そう言って海老さんが手を打った。同時にマメさんがカーテンで隠しながら俺にドレスを渡す。早着替え用に改造してあるメイド服を脱いで、すぐドレスを前から着て、紐を引っ張る。それで完成。

「二三秒。もっと練習しないとね」

 ストップウォッチをみながら、マメさんがカーテンを下ろした。

 途端、ラブミさんとユーキは息をのんだ。

「……なにそれ、ずるい……」

 ラブミさんがぼそりと言った。

「着るものだけでイメージかわるだろう? シンデレラはそういう話だからね」

 マメさんが自慢気に言った。

 姿見をまだ見てないので、俺は自分がどうなってるかまだわからない。

 けれども、このドレスは本格的なものだった。

「あれ? その胸はどうしてるの?」

 ラブミさんが言った。

 そうなのだ。このドレスは胸元をあけるデザインになっている。だから俺のおっぱいの谷間もバッチリってわけだ。

「特殊メイクです。男子でも、下着を工夫してうまく肉を寄せれば、こうやって谷間が作れるんですよ」

「そ、そう。ちょっと痛いんですけど」

 俺は慌てて取り繕って言った。

 今のところ、俺のおっぱいについては、マメさんしか知らせてない。

 着替えるときも海老さんには気付かれないよう素早くやったし、女装部のユーキにも工夫で作った偽おっぱいだと言っている。

 隠しておきたいおっぱいだけど、こうやって晒すと、すごく気持ちがいい。

 だからといって、知ってる奴が来るかもしれない演劇部公演でおっぱいを見せていいものかは悩むところだけど。

「それにしても、海老ちゃんとクマちゃんの落差が激しくて……」

 ラブミさんは笑いをこらえながら言った。

「うるせえですわよ」

 海老さんもノリノリで答える。

「ちょっ、やめてそういうの……っ。面白すぎ……っくく。おなか、いたい……っ。あはははっ」

「海老さん、嫌がってた割に楽しそうですね」

 ユーキが言った。

「舞台に立ったら他人。それが演劇ってもんだ。与えられた役を全うするのに楽しいも楽しくないもあるもんじゃねえよ」

 海老さんはそこで目を細めて、継母風に言う。

「期末テスト様がお帰りあそばしたら、シンデレラを徹底的にいじめ抜いてやるわ」

「やめてえ! 海老ちゃん、ツボ、入っちゃった。あっはははははは……」

 なんだろう、すごく楽しい。

 俺は中学まで陸上部で、短距離走者だった。でも、陸上競技はほとんどが個人競技だ。

 演劇部は違う。みんなで舞台を作るものだ。それに、女装部も違う。みんなで頑張って高みを目指している。

 ああ、これが部活というものなんだな。

 そうこうしていると、いきなり教室のドアが開いた。

 みんなの視線が、ドアにあつまる。顧問の先生か、それとも裏方を頼んでいる他の部の生徒か。

「こんにちはー。ここって演劇部です?」

「さんご?」

 しかしそこに入ってきたのは、関係者でもなんでもないただの一年生、さんごだった。

「お、おおー! え、オメー明宏? マジで? すっげえ!」

 さんごは抜く手も見せずに携帯で俺を撮る。

「勝手に撮るなよ!」

「まあ、いいじゃない。写真くらい」

 ラブミさんが言った。

「せっかくだから、衣装合わせ記念に写真撮ってもらおう。それで、お友達にも宣伝してもらってさ」

「いいんすか? あたしの拡散力、パねえっすよ」

 言ってさんごはラブミさんに携帯のカメラを向ける。

「お、俺は撮るな。俺は」

「いいじゃないの、宣伝なんだから」

 海老さんは背を向けてしまうが、それもラブミさんが捕まえてしまった。

「みんな。並んでー!」

 そこに他のメンバーも集まる。俺も半ばやけで笑顔を決めた。

「あとで写真送りますんで、先輩アドレス聞いてもいいっすか?」

「俺は遠慮させてもらう」

 さんごが聞いてきたので、海老さんは答えた。

「じゃあ僕は名刺を。本名じゃないけどアドレスは本物だから」

 マメさんがまめ子名義の名刺を出す。

「本名じゃないんすか?」

「女装用の名刺だからね。はじめまして。女装部部長の遠藤まめ子です」

「え! じゃあ知る人ぞ知る女装サークルって、先輩がやってたんすか?」

「そう。隠すつもりはないんだけどね」

「なるほど。表向き、演劇部ってことにしといて実は女装サークルってわけっすか」

「それは違う。演劇部は演劇部、女装部は女装部だ」

 海老さんが怒鳴るように否定した。

「すいませんっす。あ、ってことは……明宏も女装サークル入ったん?」

「……ノーコメントにさせてもらう」

 俺は黙秘した。だが、それがほぼ肯定なのはバレバレなのか、さんごは気持ち悪い顔でニヤニヤしている。

「QRコードでもいい?」

 ラブミさんは携帯の画面に、モザイクみたいなQRバーコードを表示する。

「いっすよー。じゃ、あとで写真送りますね」

 さんごはそう言って、携帯のカメラでQRコードを読み取った。アドレスや名前なども一気に転送できるので楽らしい。

「あれ、茅大先輩っていうんすか? 三年生っすよね」

「うん、そうだよ」

「もしかして昔、駒江に住んでませんでした? 一小で。転校してった先輩がいたと思うんですけど」

 駒江というのは俺とさんごが住んでる地名。一小は通ってた小学校だ。

「えっ、あっ、うん……そうだけど……」

 ラブミさんは驚いたように答えた。

「やっぱり! 図書委員でお世話になってた千住さんごっす。覚えてます?」

「ああ、千住さん……。うん、覚えて……ます」

「懐かしいっすね! あたしじゃんけんで負けての図書委員だったから不真面目で、よく怒られてたっすけど。いやー、転校してからずいぶん経つっすけど、この近くに戻ってきてたんすね」

「ま、うん……昔の話は、その。そこらで。で、ね。その、小学生時代のは、ほら……ええと、わかるかもだけど、秘密だから」

 ラブミさんはなぜか、明らかにうろたえた様子で歯切れ悪く言った。目も泳いでるしそわそわしている。

 もしかすると、なにか小学生時代にあったのかもしれない。

 俺はといえば委員のたぐいはなかったので、上級生との交流もあんまりなくて、覚えてないんだけど……。

「えっ? 秘密って? ああ、ああ。はい。それか」

 さんごはちょっと考えて、すぐわかったようだった。

「そう、そう。それ。お願いね。秘密だから」

「わかりました。秘密っすね」

「ところで、なにしに来たんだ?」

 俺はさんごに聞いた。

「ん? 見に来ただけだぜ」

「えっ」

「さっきまで図書室で勉強しててよ。で、終わったからオメーの女装姿見に来たんだよ。いやー、いいもん見た」

 そんなさんごの様子は、ラブミさんの秘密のことなど大して気にしていないふうだった。

 ……大丈夫かな。

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