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織田急線で妹久間学園前から二駅下り、駒江駅で降りると、そこには三階建てのスーパーマーケットが建っていた。
その三階には『ファッションセンターほむら』という服屋があった。
おれの家はこの隣駅。歩いても十分以内だ。
自転車でよく近くを通るし、ここの三階にそういうお店があるのは知っていた。けど、自分で足を運んだことはない。
「マネキン買いって、聞いたことある?」
「ありませんけど、なんとなく意味はわかります」
マメさんは、店内に立っているマネキンを眺めながら言っていたので、俺は察することができた。
「マネキンが着てる一揃えを、そのまま買って着ちゃうこと……ですよね、たぶん」
「正解。お店のコーディネーターさんがコーデしたものだから、これを合わせていればだいたい間違いがないの」
そのマネキンたちの前には春物処分品と書いてある。
ひとつはデニムのワンピースに薄手のパーカーをあわせたようなもの。その隣はTシャツにエプロンと一体化したようなスカート。さらに隣はYシャツとデニムといった、若干メンズっぽいコーデ。
「わたし、これなら平気です」
俺はそのメンズっぽい服をさして言った。
メンズっぽいなら、着るのに抵抗がない。いざ友達に俺だとバレても傷は浅いだろう。
「んー。却下」
しかしマメさんはそれをすぐ取り下げてしまう。
「君は今、これなら誰かにバレても、女装しているとバレても傷は浅いって思ったんじゃないかい?」
「なんでわかったんですか!?」
「女装初心者の考えそうなことだからね。でもね、逆なんだ。いつもの自分と出来るだけ違う格好をした方がいい。過剰なまでに女を装うほうが、男性だということがバレにくくなるんだ」
「でも、マメさんはパンツルックじゃないですか」
「わたしは慣れてるからいいの」
言ってマメさんはくるっと回った。
しかし、言われてみれば確かにそうだ。
バレてもダメージが少ない方に逃げたらバレやすくなる。それは本末転倒だ。
だったらバレにくくなるよう、盛ったほうがいいに違いない。
もし俺の男友達とすれ違った時、相手が普段の服にかつらと化粧だけしてきたらすぐわかるけど、服も全部違うものだったら、俺は気づかずに素通りしてしまうかもしれない。
「すると初心者用はどれですか?」
「こんなのだろ」
ユーキが少し離れたところにあるマネキンをさした。
「そ、それは……」
俺はそれを見て絶句する。
全身ピンクのワンピース。リボンやフリルで飾られ、スカート部分も重力を無視して傘みたいに広がっている。
「ゴスロリなんて無理ですよ」
「ゴスじゃねえよ、甘ロリってんだよこういうのは」
ユーキが反論してきた。俺には違いがわからないけど。
「ユーキはどうにも極端なジェンダー観の持ち主みたいだね」
「えっ……そ、そっすか?」
「徹底的に女らしく、あるいは徹底的に男らしく。それじゃ結局、男は男らしく、女は女らしくっていうのとあんまり変わりないよ」
「……痛いこと言いますね……」
俺にはわからなかったが、ユーキにはどうも刺さる言葉だったらしい。
「とりあえずこのマネキン、一揃い試着してみようか」