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私立妹久間学園高校。
ここが今日から俺が通う学校だ。
家から三駅と、ちょっと遠い。
だが、俺の秘密を誰も知らない学校なのだ。
おっぱいのことでからかわれるのは、俺にとってひどく辛いことだった。
これからは、そんなこと気にしないで生きることができる。
知り合いなんか誰もいないはずだ。よし、頑張るぞ!
「あれ、明宏じゃん」
「えっ」
誰も俺のことを知らないはずなのに、聞いたことのある声が俺を呼んできた。
振り返るとそこに、制服の生徒に混じって見知った女の子がいる。
「明宏、ここ受かってたんだ。なんだよ、お隣さんなのにあたしに教えてくんなかったなんて、水くさいなあ」
千住さんご。中学校は別だったが、家が近くて小学校が一緒ということもあり、そこそこ親しい異性だった。
残念ながら、俺のおっぱいのことを知っている。よく揉まれたものである。
「さんご!? おまえもここの学校だったのか?」
「あれ、言ってなかったっけ? あたし中学から妹久間だけど」
妹久間学園は幼稚園から大学院まで、成績さえ悪くなければ面倒をみてくれる大型私立。逆に高校から入ってくる俺のほうがイレギュラーだ。
「で、これについては秘密なの?」
「ひゃうんっ」
俺は情けない声を漏らす。そりゃそうだ。いきなり胸を揉みしだかれてびっくりしない奴はいない。男だってそうだ。
まあ……俺には事情があるんだけど。
「触んな! ……この話はあとでだ。誰にも言うなよ?」
「オーケー。これはシークレットってことな?」
「ああ。そのために地元の公立じゃなくて、難関私立受けたんだから」
「わかった、わかった。誰にも言わないから、さんごさんを信じなさい。そそ、記念に写真撮っていい?」
言うが早いか、さんごは携帯をとって俺の横にならんだ。そしてぐっと俺の身体を引き寄せて……。
「って、胸触んな!」
「いいじゃん、あんた男なんだし。はいイチ足すイチはー」
「死語だろそれ」
あきれつつも、俺は無理やり堅い笑顔を作ってやった。
「満足したら、教室入るぞ?」
「あー、ちょっと待って。これも撮るから」
さんごはその携帯を、今度は正門前の『入学式』と書かれた看板に向ける。
まったく、現代のひずみが生み出したような奴だ。暇さえあれば写真ばっかり撮っている。
「ところで明宏はクラスどこなの?」
「俺? C組だけど」
こういう時、クラス決めは校内に張り出していることも多いけど、この学校では入学案内に所属クラスが添付されていた。
もしかすると、個人情報保護とかそういうのかもしれない。
「げ、マジ? あたしもC組」
「なんだよ、『げ』って」
「あたしクチ軽いからなー。同じクラスだと誰かに言っちゃうかもしんないよ」
「げ」
「パフェかなんか接着剤代わりにしとかないとやばいかもしんない」
「……考えとく」