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「どうだ、これが舞台だ」
島海老先輩が胸を張って言った。
それもうなずける。
俺は今まで演劇というと、堅苦しいものだったり、シュールだったりするもののイメージしかなかった。だが、この芝居は違う。すごくわかりやすい。
「難しいことは言わない。純文学に対するライトノベルみたいな演劇をやりたい、ってのが妹久間学園演劇部のポリシーなんだ」
茅大先輩は言った。
「女の子が多いから、男役の女の子も多かったんだよ。中学三年生の二人はどっちも男役」
「その二人は、今年入らなかったんですか?」
俺が素朴な疑問を述べると、茅大先輩は意外にも満足そうに言った。
「片方は芸能事務所に入って部活卒業。もう一人は学業専念。残念だけどね」
「活躍してくれると嬉しいんだが、俺たちは少しさびしいわけだ」
反面、島海老先輩は肩を落としている。
「入部届が二人分あったからと思って喜んだのに、だが……女装部の方ではな……」
……俺、悪いことしちゃったのかなあ。
「うちはこういう感じで、全国大会に出られるような強豪じゃない。けれども、頑張れば観る人を喜ばせるものは作れると思うの。ね、だから一緒にお芝居しない?」
「……でも、俺が入ったのは、女装部なんです。俺、自分にコンプレックスがあって……人前に立つなんて、できません」
俺は言った。
「そ。女装して町を歩いても、注目する人はいない。それは舞台とは違うことです」
遠藤先輩が後を続けてくれる。
「むう……無理強いはできんか……」
「そこをなんとか、ならない? 女装役でもいいし」
「そうしたら、クラスのみんなが俺が女装するところ観るわけじゃないですか。無理ですよ……」
俺は言った。
演劇に関する偏見はない。だがそれは、今から演劇をしたいってこととは違う。
観るほうならいいけど、出るほうは……。
「要するに、女装と男装に違和感がなければいいわけですよね?」
と、それまで黙っていた姫武台さんが言った。
「歌舞伎と少女歌劇を同時にやりましょう」
どやあ、といったふうな姫武台さんに対して、他のみんなはあっけにとられたのか、顔中にハテナマークを浮かべた。
「えっと、それって具体的にはなにをやるの?」
ようやく、みんなの意見を代表するように茅大先輩が言った。
「歌舞伎は男が女役もやりますし、少女歌劇では女が男役もやります。そのいいとこどりをすればいいんですよ」
「もっとわかりやすく言え」
「では、こう言いましょうか」
姫武台さんは言った。
「男子は女装、女子は男装する、性別入れ替え芝居です。おもしろそうじゃないですか」
「なるほど、それは面白そうだね。女装部としては賛成するよ」
遠藤先輩が真っ先に乗った。
「うん。ありかもしれない。ジェンダーフリーを訴えるメッセージ性もあるし……」
茅大先輩も続く。
「それに、みんなで女装すれば熊美くんも怖くないでしょう?」
「確かに、そうですが……」
「待て」
そこに、低い声が乱入してくる。
「俺も、やるのか?」
強面悪役をやらせたら右に出るものはいない。高校生だけど三〇超えて見える貫禄の持ち主。そんなごつい外見の島海老先輩が、不安そうに言った。
「ご不満ですか?」
「ご不満だ!」
遠藤先輩が答えると、島海老先輩は即座に切り返す。
「俺に女装が似合うと思ってるのか?」
「似合うか似合わないかはいいんですよ、そんなの」
姫武台さんも続ける。
「男は男らしく、女は女らしくといったジェンダーロールの強制。そういう古い固定観念から脱却しようという立派なメッセージがあるんです。社会派演劇ですよ」
「わからん。まず、そのジェンダーロールってのは何だ?」
「簡単にいうと、社会的な性別の役割という意味の言葉です。肉体的な性別とは別に、社会における男と女の役割や偏見を話すときに用いられています」
「でも、そのジェンダーロールとやらと、どういう関係があるんですか?」
俺は言った。
「男は女役をやってはいけない。女は男役をやってはいけない。そんなことはないぞというメッセージだよ」
姫武台さんは言う。
「……とまあ、それは学校側に意見を通すための方便にすぎないけど」
「俺はやらんぞ」
島海老先輩は頑なに言った。
「俺が女役なんか、できるか」
「じゃあ海老ちゃんだけ男役ね」
茅大先輩が言った。
「それでいい」
「じゃあ、全員男女入れ替え劇で、海老ちゃんだけ特例ってことにするけど、いいのね?」
「構わんと言ってるだろう」
「『島海老先輩って本当は女性だったんだ』って言われるかもしれないけどいい?」
「は?」
「一人だけ入れ替えてないって思われるのが普通だと思うけど、中には、男女入れ替え劇で性別を入れ替えた結果男役をやってると思われちゃうかもしれないよ」
「む、むう……」
「演劇部のポリシーの一つ、『舞台の上では』? はい海老ちゃん」
「『私は他人』……」
「だよね。何事も経験。海老ちゃんも女装してみなさい」
「……嫌だ、俺は嫌だ!」
「だだこねないの。海老ちゃんも女装で決定。海老ちゃんらしい女の子役にするから安心して」
「俺らしい女の子って時点で矛盾しているじゃあないか!」
「してていいの。はい、決まり。それじゃあ今日の部会、他に議題はありますか?」
茅大先輩は全体を見回す。
苦虫を噛み潰したような顔の島海老先輩。
すました顔の遠藤先輩。
興奮顔の姫武台さん。
そして、なにも言えず流されるままの俺。
「なければ部会は終了。〇〇一教室に行きましょうか」




