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「やめるって、女装をかい?」
遠藤先輩と合流した俺は、すぐ学校へと引き返した。
そしてかつらを剥ぎとって、服を脱ぎながら遠藤先輩にそう言った。
「……なにかあったのかい?」
「俺、女装してなければ自分で逃げられたはずなんです」
「何からだい?」
「見ず知らずのヤンキーに助けられるなんて、男として情けないです」
俺は言ったが、遠藤先輩にそれが伝わってるとは思えなかった。
「男の時だったら、あんな勧誘、一人でなんとかできたのに……」
「それじゃあ、君はつまりこう言いたいのかい? 自分はもっと男らしくしたいって」
「そうです、それの何が悪いんですか?」
「悪くないさ。君がこの質問に答えられるならね」
遠藤先輩は言った。
「君の言う『男らしさ』って、なんだい?」
「それは……!」
俺は言いかけて、飲み込む。
「簡単に言葉にできることじゃないとは思う。けれども、君はその『男らしさ』がなんだかわかってて、それでもその『男らしさ』を求めるのかい? わかってるというなら僕は引き止めないよ。二度と君をこちら側に誘ったりしないと約束する。けど……」
遠藤先輩は真剣な顔で言った。
「君にまだ迷いがあるなら、僕は君の力になりたいと思ってる。だから、よく考えてほしいんだ。君の『男らしさ』ってなんだい?」
「……そ、それは……それは……」
俺はそれ以上言えなかった。
でも、もう女装なんかしたくない。
おっぱいなんか無くていい。男らしくありたい。
それを伝えればいいだけなのに。
だがそれを言葉に出す前に、部室の鍵が開けられた。
「あれ、遠藤先輩、もしかして着替えてます?」
ドアの隙間から女の子の声が聞こえた。
この声は、姫武台さんじゃないか? そういえば姫武台さん、演劇部に入るって言ってたじゃないか!
「ああ、大丈夫だよ」
「だ、大丈夫じゃないです!」
俺は大声で言う。大丈夫じゃないんだ。俺はいまかつらをかぶってない。でも、化粧はしてるし女物の服も着てる。
そんなところを姫武台さんに見られたら、姫武台さんは俺のことを変態だと思うに違いない。
「えっ……? 熊美くん?」
だが、もう遅かった。姫武台さんはこんな中途半端な姿の俺を、熊美明宏だと認識してしまったようだ。
「……どうして、そんな格好してるの?」
「それは……」
俺は言い訳をしようとして、やめた。
男らしさを証明する、たったひとつのアイデアが思い浮かんだからだ。
「姫武台さん! 俺、クラスの自己紹介の時からあなたに一目惚れでした! 俺と付き合ってください!」
言ってすぐ、後悔した。
女装趣味の変態がそんなこと言ったって、玉砕するのは当たり前だ。
……でも、それでもいい。
「へえ……それが、君の男らしさか」
俺はそう言う遠藤先輩に向き直って言った。
「ど、どうです? 遠藤先輩。俺の男らしさ……見ました? 俺は男ですから、女の子が好きなんですよ」
「……そうだとしたら、君はとんだピエロだな」
「え?」
「熊美くん」
姫武台さんが言った。手にした紙袋から、金色に輝くモップのようなものを取り出し、頭に乗せる。
「悪いけど、俺、男にキョーミねえんだわ」
金髪をライオンのように逆立てたヤンキーが、そこに立っていた。
「俺と同じだったんだな、熊美」
そう言って、ヤンキーはウィッグを脱ぐ。顔の緊張をとくと、それは間違いなく姫武台さんで……。
「あれは僕なんだよ。この間、君にひったくりと間違えられて殴られそうになったヤンキー。そうそう、さっき変な勧誘から君を助けたのも僕」
「えっ? えっ? どういうこと?」
「どういうこともこういうことも、言ったよね。僕、演劇部に入るって」
「ユーキは、もともと僕の知り合いなんだ。だから、女装部を立ち上げるきっかけになった一人でもあるんだよ」
「そ、それじゃあ……姫武台さんは、男ってこと……?」
「逆だよ、僕はFTMだから」
「え、えふてぃいえむ?」
「Female to Maleの略。男装してる女性のことさ」
疑問符を浮かべた俺に、遠藤先輩が答えてくれた。
「つまり姫武台さんは男装してる女性ってわけ。君や僕はその逆のMTF」
「ってことは……」
「ここだけの話だけど、僕は自分が女だってことに違和感を持ってるんだ。恋愛の対象だって女の子しか好きになれないし……」
「ってことは……」
「ふふっ……。君は男に守られる男というものに、自分の男らしさが揺らいだように感じてたみたいだけど、実はその前提が間違ってたんだよ」
遠藤先輩が笑いをこらえながら言った。
「君は、男の子なのに女の子に喧嘩で負けて、男の子なのに女の子に守られてたんだ」
そう言って遠藤先輩は、愉快そうに笑った。
「そ、そんなあ……」
「まあ、いいよ。熊美くん。告白してくれた気持ちはわかった。だからさ」
姫武台さんは、そう言ってまたウィッグをかぶる。さっき俺が脱ぎ捨てたウィッグを拾って俺の頭に乗せた。
「俺が彼氏でおまえが彼女なら、付き合ってやってもいいぜ?」
「そんなの、できるか! 俺は男だ」
俺は自分のウィッグを剥ぎ取る。
「それならそれでいいさ。じゃ、親友でいようぜ、熊美。いや、明宏。俺のことはユーキって呼んでくれよ」
俺は、目の前が真っ暗になったように感じた。
「遠藤先輩」
「なんだい?」
「俺、男らしさが知りたいです」
俺は遠藤先輩の目を見つめていった。
「それは変わらないんだね。いいよ」
「だから俺、女になってみます。女の目で、男らしさってものを見つめなおしてみたいと思います!」
「君ならそういう道筋を見つけ出せると思ったよ。ようこそ、女装部へ」
「やったな、明宏。これで俺たちも仲間だな」
もしかすると、俺はやけくその選択肢を選んでしまったのかもしれない。
でも、後悔はしていない。
どうせ俺の胸にはおっぱいがある。おれは純粋な男じゃないんだ。
だったらセクシャルマイノリティというものを知ることで、男らしさを知ることができるかもしれない。
なんにせよ、この出会いは、俺の何かを変えてくれると思った。それだけで充分じゃないか。




