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私立セクマイ高校女装部  作者: 小野寺広目天
第一章 遠藤玉三郎
13/47

1-12

「やめるって、女装をかい?」

 遠藤先輩と合流した俺は、すぐ学校へと引き返した。

 そしてかつらを剥ぎとって、服を脱ぎながら遠藤先輩にそう言った。

「……なにかあったのかい?」

「俺、女装してなければ自分で逃げられたはずなんです」

「何からだい?」

「見ず知らずのヤンキーに助けられるなんて、男として情けないです」

 俺は言ったが、遠藤先輩にそれが伝わってるとは思えなかった。

「男の時だったら、あんな勧誘、一人でなんとかできたのに……」

「それじゃあ、君はつまりこう言いたいのかい? 自分はもっと男らしくしたいって」

「そうです、それの何が悪いんですか?」

「悪くないさ。君がこの質問に答えられるならね」

 遠藤先輩は言った。

「君の言う『男らしさ』って、なんだい?」

「それは……!」

 俺は言いかけて、飲み込む。

「簡単に言葉にできることじゃないとは思う。けれども、君はその『男らしさ』がなんだかわかってて、それでもその『男らしさ』を求めるのかい? わかってるというなら僕は引き止めないよ。二度と君をこちら側に誘ったりしないと約束する。けど……」

 遠藤先輩は真剣な顔で言った。

「君にまだ迷いがあるなら、僕は君の力になりたいと思ってる。だから、よく考えてほしいんだ。君の『男らしさ』ってなんだい?」

「……そ、それは……それは……」

 俺はそれ以上言えなかった。

 でも、もう女装なんかしたくない。

 おっぱいなんか無くていい。男らしくありたい。

 それを伝えればいいだけなのに。

 だがそれを言葉に出す前に、部室の鍵が開けられた。

「あれ、遠藤先輩、もしかして着替えてます?」

 ドアの隙間から女の子の声が聞こえた。

 この声は、姫武台さんじゃないか? そういえば姫武台さん、演劇部に入るって言ってたじゃないか!

「ああ、大丈夫だよ」

「だ、大丈夫じゃないです!」

 俺は大声で言う。大丈夫じゃないんだ。俺はいまかつらをかぶってない。でも、化粧はしてるし女物の服も着てる。

 そんなところを姫武台さんに見られたら、姫武台さんは俺のことを変態だと思うに違いない。

「えっ……? 熊美くん?」

 だが、もう遅かった。姫武台さんはこんな中途半端な姿の俺を、熊美明宏だと認識してしまったようだ。

「……どうして、そんな格好してるの?」

「それは……」

 俺は言い訳をしようとして、やめた。

 男らしさを証明する、たったひとつのアイデアが思い浮かんだからだ。

「姫武台さん! 俺、クラスの自己紹介の時からあなたに一目惚れでした! 俺と付き合ってください!」

 言ってすぐ、後悔した。

 女装趣味の変態がそんなこと言ったって、玉砕するのは当たり前だ。

 ……でも、それでもいい。

「へえ……それが、君の男らしさか」

 俺はそう言う遠藤先輩に向き直って言った。

「ど、どうです? 遠藤先輩。俺の男らしさ……見ました? 俺は男ですから、女の子が好きなんですよ」

「……そうだとしたら、君はとんだピエロだな」

「え?」

「熊美くん」

 姫武台さんが言った。手にした紙袋から、金色に輝くモップのようなものを取り出し、頭に乗せる。

「悪いけど、俺、男にキョーミねえんだわ」


 金髪をライオンのように逆立てたヤンキーが、そこに立っていた。


「俺と同じだったんだな、熊美」

 そう言って、ヤンキーはウィッグを脱ぐ。顔の緊張をとくと、それは間違いなく姫武台さんで……。

「あれは僕なんだよ。この間、君にひったくりと間違えられて殴られそうになったヤンキー。そうそう、さっき変な勧誘から君を助けたのも僕」

「えっ? えっ? どういうこと?」

「どういうこともこういうことも、言ったよね。僕、演劇部に入るって」

「ユーキは、もともと僕の知り合いなんだ。だから、女装部を立ち上げるきっかけになった一人でもあるんだよ」

「そ、それじゃあ……姫武台さんは、男ってこと……?」

「逆だよ、僕はFTMだから」

「え、えふてぃいえむ?」

「Female to Maleの略。男装してる女性のことさ」

 疑問符を浮かべた俺に、遠藤先輩が答えてくれた。

「つまり姫武台さんは男装してる女性ってわけ。君や僕はその逆のMTF」

「ってことは……」

「ここだけの話だけど、僕は自分が女だってことに違和感を持ってるんだ。恋愛の対象だって女の子しか好きになれないし……」

「ってことは……」

「ふふっ……。君は男に守られる男というものに、自分の男らしさが揺らいだように感じてたみたいだけど、実はその前提が間違ってたんだよ」

 遠藤先輩が笑いをこらえながら言った。

「君は、男の子なのに女の子に喧嘩で負けて、男の子なのに女の子に守られてたんだ」

 そう言って遠藤先輩は、愉快そうに笑った。

「そ、そんなあ……」

「まあ、いいよ。熊美くん。告白してくれた気持ちはわかった。だからさ」

 姫武台さんは、そう言ってまたウィッグをかぶる。さっき俺が脱ぎ捨てたウィッグを拾って俺の頭に乗せた。

「俺が彼氏でおまえが彼女なら、付き合ってやってもいいぜ?」

「そんなの、できるか! 俺は男だ」

 俺は自分のウィッグを剥ぎ取る。

「それならそれでいいさ。じゃ、親友でいようぜ、熊美。いや、明宏。俺のことはユーキって呼んでくれよ」

 俺は、目の前が真っ暗になったように感じた。

「遠藤先輩」

「なんだい?」

「俺、男らしさが知りたいです」

 俺は遠藤先輩の目を見つめていった。

「それは変わらないんだね。いいよ」

「だから俺、女になってみます。女の目で、男らしさってものを見つめなおしてみたいと思います!」

「君ならそういう道筋を見つけ出せると思ったよ。ようこそ、女装部へ」

「やったな、明宏。これで俺たちも仲間だな」

 もしかすると、俺はやけくその選択肢を選んでしまったのかもしれない。

 でも、後悔はしていない。

 どうせ俺の胸にはおっぱいがある。おれは純粋な男じゃないんだ。

 だったらセクシャルマイノリティというものを知ることで、男らしさを知ることができるかもしれない。

 なんにせよ、この出会いは、俺の何かを変えてくれると思った。それだけで充分じゃないか。

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