8.勇者と魔王の陰謀
「まずは、勇者と魔王についてのことなんだが……いったいどうしてあの対極的な存在が手を結ぶなんてことになったんだ?」
取りあえず一番疑問に感じた質問を投げかけてみた。ゲームでは、勇者とは正義であり、民を守る唯一の存在だ。善行の代名詞であるこの存在がいったいどうして魔なる者と手を結び、本来守るべきはずのウンケル達一般市民を殺戮しようとしているのだろうか。
ちなみに、俺がやっていたゲームではこのような二つのケースがあった。
まず一つは勇者と魔王が争っている最中は世界全体の経済面が活発してていて、このまま戦争が集結してしまうと魔王サイドも勇者サイドも一気に衰退していくからこのまま争いを維持しよう。というストーリ。
でも、そのゲームで行われる魔王と勇者の結託と、今回の世界で行われた結託はまるで違う。
この世界の標的はあくまで一般市民であり、目的も経済面を維持したいからなどというものではないと俺は踏んでいる。
何故なら敵側は圧倒的に弱い立場である人間を狙っているだけなのだ。森林を薙ぎ倒してまで大きな魔法を使っているあいつらが、国や世界の進展や衰退など考えているはずがない。
そして二つ目が、物語終盤で魔王によって仲間が全員消されていき、最後に勇者が呪いの呪文で操られるという話。
これが一番有力だとおもったが、先程対峙した魔王の傘下の将軍は「勇者勢力は俺達魔王サイドよりも野蛮だ」と言っていた。
魔王達よりも強力な味方がいる勇者一派が果たして洗脳されるだろうか? 可能性としては低い気がする。
「そうですね……」
ウンケルは小袋の中から小さな紙を取り出し、俺に渡してきた。それを受け取り、紙面を見る。
「これは……世界地図?」
多少の差異は見られるが、基本的な形状は地球と同じ代物だった。緯度、経度や東西南北が指し示されていて、等高線による土地の高低差、海、湖、河川などの水域、道路と建物の位置などの多くの情報がボロボロの紙面に記されてある。
「はい。この世界全ての国の半分が既に勇者様と魔王によって滅ぼされました」
「ウソだろ?」
紙面に描かれている二十もの国に視線をめぐらす。地球と比べれば国一つ一つの規模も小さいし、数も少ない。それでも一国の人口は数千万といるはずだ。それが半分。つまり十カ国分の人間が既に消滅していることになる。
「右端に一番大きな国がありますよね? これが、私達がいるデアルーン共和国です。人口は八千万人。そして……既に五千人がいません。その中には、私の友人も――」
後半の台詞は、ほとんど聞こえなかった。悲しみをこらえているウンケルの声はとても震えていた。これ以上情けない姿を見せたくないのか、唇をキュッと結んで、涙をこらえている。
「ひどい話だ……いったい、どうしてそんなことを」
ゲームだったら長ったらしいエピソードだなと進行ボタンプッシュしてたが、現実ではそう思う余裕すらなかった。彼女達がこれまで味わった恐怖や苦痛を思い浮かべるだけで胸がきつく締められる。
「その動機は未だに大したことはわかっていない。でも、一つだけ手がかりがある。それは、これまで潰された国の順番は、これまで幾千も争ってきた勇者と魔王が戦った舞台であるということだよ」
両手で顔を覆うウンケルに休むよういってから、アイルンがそう告げてきた。
「戦い? どういうことだよ」
「まず最初に初代勇者と魔王が戦った国が、最初に潰されたウッドライン国。この国を滅ぼしたのは勇者勢力で、その戦争で勝利したのも勇者ね。そして、その次に滅ぼされた国が二代目の勇者と魔王が争った国であるオゲイソン国で、この時は勇者は体調が悪く、魔王が圧勝したらしいわ。だから今回も魔王が直々にきてオゲイソン国を殲滅したのよ。このように、戦争した国順に、その戦いの勝者の勢力が潰しに来ているの」
「どうして、わざわざ役割まで決めてそんなことをしてるんだ?」
「わからないわ。でも私が思うに、勇者と魔王には何か見られたくないものがあって、それを揉み消すためにこうして国々を潰し回っているのかもしれない……それ以外私には考えられないや」
俺の問いに、アイルンは肩を竦め、首を横に振った。
「俺なんかなんも思い浮かばねえよ」
アイルンの説明になんとなく頷いていた俺だったが、ふとある可能性が脳裏をよぎった。
「おい待てよ。この国にはさっきまで魔王の傘下がいたな。なら次の標的は――」
その答えをアイルンは待っていたらしく、苦笑を浮べながら首を縦に振る。
「うんそうだよ。次に滅ぼされる十一ヵ国目は、このデアルーン共和国。敵は魔王サイドってことになるかな」
一瞬で空気が重たくなった。俺も珍しく気分を消沈させる。次に殲滅される予定であるこの国にきてしまったことも俺の体温を下げた要因でもあるが、問題はそこではない。
「今、俺達以外に戦える奴はいるのか?」
この国にきてから目にしたものは殺風景な風景しかなかった。森林は最初から伐採されており、戦の真っただ中というのに周囲の人間はこいつらと魔王軍しかいない。普通は応戦に来るんじゃないか?
「いるかよ。みんな急いで他の国に逃げちまった。ウンケル以外は外へ行くために必要なパスポートがないから外国へ行けない。仕方なく残っているのさ」
想定内の範囲だったが、それでも最悪なケースが俺に直面した。
魔法を好き勝手使える魔王達と渡り合うには、最悪でも同程度の能力を手にする人間がいないといけない。しかし、その同程度の能力は俺以外誰一人も持っていない。
「魔法を使えなくさせちゃえば、勝ち目があるんだけどな……」
フォウズの囁きに対し、俺は問うた。
「そんな術があるのか?」
「一応あるよ。凄く難しいけど」
アイルンが代わりに答え、そのあと指をパチンと鳴らした。
瞬間、ガガガという地響きのような音が天井から鳴りだした。鼓膜の危機を感じた俺は真っ先に両耳をふさぐ。
「これだよ」
天井からでてきたのは、数分前の戦いで幾度と見た魔王サイドの人間の形をした模型だった。
しかし、一つだけ違う箇所があった。模型の方には、両肩、両氏、そして腹部に太い点線が記されてある。
「この点線は、あいつらが魔力を溜めるタンクのようなものさ。奴等はこの五箇所に練った魔力を均等に集めて、使いたいときに消費している」
「ん? でも、そんなものは戦っているときには見えなかったぞ」
俺と戦った魔王の手下どもは人間とは多少違うものの、みんな企保運的な構造は俺たちと同じだった。タンクも、魔力らしき物体も見えてはいない。
「肉眼では見えないわ。だから、そのためにこれがいるの。模型相手には肉眼でもいいけど、実戦ではこれをかけないと魔力もタンクも見えないわ」
そう言って渡されたのは、赤色のサングラスだった。こんなのも作れるデアルーン共和国はやっぱり地球と比べるとかなり発展している。
「ほう……てことは、この五つの点線があるところをぶった切るなりすれば魔力は使えないということだな」
簡単そうだと思ったが、彼女の表情は暗かった。よくみるとアイルンだけでなく、ウンケリやフォウンヌ、フォウズまでもがどこか翳りのある表情をしている。
「言うだけなら簡単そうですよ。でも、練られた魔力の移動速度がとてもはやいんです」
「どういうこと?」
ウンケルの補足を、フォウズがしてくれた。
「魔力のタンクをただ潰せばいいというわけじゃないのさ。魔力がタンクの中に入って一秒経過したらそのタンクの容量が尽きるまで壊すことはできないし、かと思えばタンクが空のときでも壊すことはできないんだよ。『魔力がタンクに入った瞬間』を丁度狙って攻撃しないといけないってことだ。一か所でも難しいのに、それを五箇所もやらないといけないんだぜ? 無理だろ」
なるほどな。つまり、魔力がタンクに入ってから一秒以内に攻撃しないと、結局は無駄な浪費となるのか。速さと制度も必要だが、最も求められるのはタイミングだな。わずかでもズレが生じてしまったら全てがおじゃんだ。
「いや……超簡単じゃん」
別に大したことを言ったつもりではなかったが、凄い驚かれた。消沈ムードだった場の空気を一気に掻き消し、みんな俺の台詞に仰天していた。
え? 早く正確にタイミングよく叩くって、まんま音ゲーじゃんか。
その言葉が喉元から出かけたところで慌てて口を閉じた。危ない。この世界に音ゲーという文化はないかもしれない。言っても意味不明な発言と捉えられて馬鹿を見るだけだ。
「ようは、決められたタンクに、決められた魔力が同時にくるから、それをタイミングよく叩けってことだろ? 簡単だろ」
俺の不敵な笑みにアイルンはムッとした表情を見せた。救世主といえども俺は余所者。自分達の苦労を完全に理解していない今の発言がお気に目さなかったらしい。
「へえ……。じゃあ、実際にやってもらおうか。あなたが本当にこの魔王の模型から出てくる魔力のスピードを捉え、タンクと重なった瞬間に攻撃できるのか、私たちに見せてよ」
鋭い視線が俺に向けられる。ここで場を悪化させないために謝罪をすることも考えたが、俺はその選択を選ぶことはなかった。
ゲームの勝負から逃げるなど、考えられない。俺はゲーマーだぞ。
「オッケ。わかったよ。フォウズ、あのシューズ貸してくれ」
「お、おう。でも本当にやる気なのか? 魔王……というか、魔族の魔力ってすっごい速いんだぞ。一つでも目が追い付かないのにそれが五つもあるんだ。悪いことは言わない。許してもらえ」
「できるから、勝負を受けたんだよ」
不敵に笑って見せてから、フォウズから再びシューズを拝借する。二秒ほどでシューズを履き終え、俺はグローブに某音ゲーの時に使ったMYバチを復元させた。
しばらく使っていなかったせいで先端に埃が被っていたが、特に問題はないだろう。自分用に改造したバチは、やはり扱いやすい。
木工用品の店に行って木の素材から吟味し、持つところを自分の手にあった深さまで掘り、先端もいかに太鼓を叩く速度を上げるために軽くするかを寝ずに研究した。その結果、手先概要にきようっじなり、美術の成績がクラストップになった。
「ふう。あの頃は外にも出て楽しかったなー」
どこで道を誤ったんだろ。
記憶の奥底に閉ざしてあったエピソードが次々と脳に廻り、頭が痛くなる。
「やってもらうわよ? まずはこの模型の五メートル前に来て。本当はもっと遠くでやってほしいけど、家の広さを考えたらこの距離が限界なのよ」
挑戦的な視線が俺に向けられる。最初の印象からは百八十度違う勝気な女の子に、俺は内心少しだけ動揺してしまった。
「いいぞ。いつでもきてくれ」
両腕にバチを持ち、俺は魔王の模型の前に移動する。
俺は音ゲーは三年くらいしかやりこんでないが、それでもどの曲でも譜面を暗記し、ノーミスでクリアできるほどの腕前はあった。流石に上位ランカーにはかなわないが、
音ゲーはハイスピードなコンボが一分以上連続で行われるが、魔王の魔力はたった五箇所しかない。俺がしくじるはずがない。
「よーい……スタート!!」
掛け声と同時に俺はシューズを起動させる。前回は誤って速度をMaxにしまったが、今回はだいぶ抑えた速さで模型の前に詰め寄る。
模型の脳内から、小さな粒が五つ出現してきた。これが魔王の練った魔力だと早々に察し、俺は五つのタンクを叩く構えをとった。
キュイン、キュイン、という音程でいく粒を目で追いながら、俺はそのリズム酷似した音楽を脳で検索する。音ゲーでフルスコアをたたき出した曲は五百ほど。そして一番このリズムに近い曲は、バチを使わない、あの音ゲームだった。
「スマホのアプリであった、【酔拳少女、まおまおちゅん】だ!」
閃光を彷彿とさせる速さで五つのタンクを順番に叩いていく。最初に右肩、次に左足、腹部左肩とそれぞれ誤差なく完璧に対処していく。
沈黙とした空気が訪れる。
何か失敗してしまったか? いいや、そんなことはない。五つのタンクには全てクリアという表記がされてあるから叩きそこなったということではないはず。
「酔拳少女、まおまおちゅん……がいけなかったのか?」
気持ち悪い所を見られたと頭を抱えていると、突然爆発的な拍手喝采が空間に沸いた。
「凄えぞ! 初めてクリアしたとこ見たぜ」
「うわあ……もうそのシューズお前にやるよ」
快活な笑みを浮かべて俺に称賛を送ってくるフォウンヌとフォウズ。
「感動しました。どうやってやったんですか?」
「……信じられない。何をしたの!?」
予想だにしていない現象を整理することが出来ず、面喰らうウンケルとアイルン。
称賛、と疑問が俺に同時に降り注ぐ。こんなことをしていても褒められたことのなかった俺は、なんだか少し照れくさかった。
変な笑みを見せぬよう咳払いをしてから、高まりつつある四人の心を最高潮にまで上げようと俺は体中の力を振り絞り、大きな声を上げた
「いやまあ……俺がただ一つ言えることは、お前らにもこれができる可能性があるということだ。諦めるのはまだ早い。俺等で魔王をぶっ倒して、このデアルーン共和国を救おうぜ!」
戦いに勝つために、こいつらにはこれから音ゲーを勉強してもらう。
進めます