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7.俺の葬式が行われていた

 目の前に面白そうなゲームがあるのなら命かけてもプレイしろというゲーマー精神に則り、その場の勢いで魔王の傘下を全滅させてしまった俺だが、実のところ自分が今おかれている状況やこの世界の情勢はどうなっているのかという重要なことはまったく理解していない。


 どうして民を守り、国を平和に導くのが使命である勇者様が天敵である魔王と手を結んで非力な平民を根絶やしにしようと企てているのか? 


 その横暴な行いに対して平民達はどう思っているのか?

 どれくらの人間達が既に犠牲となっているのか?

 勇者と魔王の勢力はどれくらいあるのか?


 というか、俺は地球に帰れるのか、などの初めに訊ねるべきだった根本的な問題に全く触れていないのだ。


「そりゃそうだ。一方的にこの世界へ連れてこられたと思ったら、ウンケルに大した説明もされないでいきなり戦ってくださいって頼まれたんだからな」

 とぼとぼと、溶けかけている氷柱の道を真っ直ぐに歩く。未知なる体験をしてアドレナリンが全身から溢れていた数分前とは違い、今は緊張の糸がプツリと切れている状態だ。


 普段引きこもりの癖に無茶して派手な動きをした分、我に返った時に全身に訪れる疲労は半端なものではなかった。


 振り回していた大剣もそうだが、超高速で体を動かすアクセラテッドシューズが特に危険だ。自分の意志とは無関係に加速し続けるシューズは強引に使い手の身体能力を上昇させているに等しい。五十メートルでさえ翌日は全身筋肉痛になる俺だ。この分だと、一か月は寝たきりなんじゃないか? え? それもう地球に帰って良くね。


 軋む体を引っ張ってウンケル達が待っているあの中世時代っぽい家目指して歩を進める。

 魔王軍相手に制勝したことを報告したら、ウンケル達はどんな反応をするだろうか。歓喜するのか、信じられないと驚愕するのか、ひょっとしたら、俺に泣いて感謝して戦利品みたいなものをくれるかもしれない。


 まあ、リアクションのパターンは様々だろうが、ウンケルにフラグが立つことは明白だろう。前やったゲームでは、こういった展開ではヒロインに行為を持たれていたし、間違いないね。

「案外この世界は悪くないのかもしれない。これで生きているのが俺一人のオフラインゲームだったら最高なのになー」


 能天気なことを呟いているうちに、いつの間にかウンケルの家が見えてきた。俺は終わりを迎えつつある白い道を降り、ウンケル達が待っているであろう家の扉を開けた。


「よう、聞いて驚け! なんと、あの大人数の敵を――は?」

 目を疑う光景が部屋の中で起きていた。

 四人ほどの人間が嗚咽を漏らしながら、壁に貼られたぶっさいくな絵の前で正座をして、あろうことか瞳から大粒の涙を流していた。


「なにやってんだよ」

 俺の問いかけに反応するものは誰一人もおらず、その後チーンという、こから流しているのかは知らないが鈴の音が部屋中に鳴り響いた。

 そして、四人が同時に泣きわめく。この何とも言えない哀愁は、地球でいう葬式に近い雰囲気だった。


「うわーん。救世主様が死んじゃったよー。まだ何も話していないのに。単独で敵陣に乗り込んで無事なわけないよ……ひっぐ……ひっぐ」

 最前列にいたウンケルは不謹慎なことを叫んだあと、頬に伝う涙を拭った。


「だから俺は止めたんだ。全員で戦ったほうがよかった! どうして単独であいつらのアジトに乗り込んだんだ! そしたらあいつも死ぬことはなかったのに」


 救えなかったと自分の顔面に平手打ちをするガタイのいいおっさん。彼は敵の陣地に殴り込もうとした俺を止めた時のおっさんだ。まあ、そのありがたい配慮を最後まで聞かずにアクセラテッドシューズで移動しちゃったんだけど。


「俺のシューズ―!」

 一番大きな声で雄たけびを上げていたのは逃げる気満々だったおっさんだ。俺の命よりも自分のシューズが戻ってこないという事実に嘆いていた。ごめんね。あとで返すよ。

「うわーん……これからどうすればいいの? アタジはもう希望を失った。勇者様に裏切られ、今度は救世主に裏切られちゃった」

 声をガラガラにさせて号泣している。長い間正座をして足がしびれたのか、小さな足をピョコピョコと動かしていた。その度に黒のツインテールが小動物のように動き、なんだかもう全体の仕草が愛らしかった。

 この娘は始めて見る顔だな。恐らく他の所で戦っていたか、戦わず安全な場所に待機していたんだろう。見た感じまだ幼い。ウンケルと同い年くらいだろうか。

「えーっと……」

 つまり、この人達はあの恐ろしい魔王軍のアジトへたった一人で挑みに行った俺をもう間違いなく死んでいると決めつけ、一方的な追卓をしてくれているというわけか。なんだか複雑な気持ちだ。


 他にも沢山個性的な泣き方をしてくれたが、いちいち突っ込んではいられなんでそこら辺はいったん割愛させて貰う。

 これ以上黙って様子を眺めていたら終始がつかなそうだからな。


「俺は生きてるわああああ! こちとら残機がこれしかないから死んでられねえんだよ!」

 腹の底から出した声にようやくこいつらも俺の存在に気付いたのか、キョトンとした表情を浮かべて一斉に俺の方を向いた。


「どーした」

 視線が集中してとても恥ずかしい。

 一同は泣き疲れていた顔を瞬時に引きつらせ、そのまま青色に染める。俺の姿を見た瞬間に失神するものもいれば、中には両手をこすり合わせて成仏! 成仏! と呟く輩までいた。


 こいつらが次にする反応がするのかはもう手に取るようにわかった。なんなら賭けてもいい。

「「化けてでてきたああああああ!」」


 ほらな。このやり取りゲームで何度も見たわ。あんなベタなネタを今さら仕込む製作者もおかしい。これと、パンをくわえた女の子イベントだけは絶対にスキップするもん。

「見てみろ! 足がついてんだろ? 俺は敵を全滅させてここに来たんだよ」

「うわああああ! 死んでるのに足も失わないってなんか凄い固執してる。未練がましいいい!」


 俺を引き留めてくれたおっさんがそう言った。だから、生きてんだって。

「シューズ返せよおおおおおお!」

「お前さっきからシューズのことしか心配してねえなおい! ほら、やるから」

 シューズを脱いで、おっさんに渡した。凄くいい笑顔だった。


「ほ、本当にあの魔王の軍隊を一人で倒したんですか?」

 ウンケルがひょこっと巨体な二人のおっさんの間から出てきた。やっとまともな質問がきたと俺は胸中で息を吐く。

「そう。あのアジトごとぶった切ってきたんだ。大将も討ち取った。もう大丈夫だ」

 優しくそう言ってやると、ウンケルは今度は悲しみとは違う、別の意味を含めた涙を流した。


「もう……安心していいんですね。突然来る魔法の攻撃に怯えなくてもいいんですね?」

「ああ、良いんだ」

 抱き付いてきたウンケルの頭をそっと撫でてやる。近くで顔を見る機会がなかったから今まであまり意識していなかったが、彼女はとても整っている顔立ちをしている。長い睫に、純白の白い肌。胸部はまだ未発達だが、年齢を重ねればきっと美人になるぞ。


「……ああ、もう心配しなくていいんだ」

 もう一度、今度は男らしい低い声音で発してから、俺はウンケルの細い体を抱きしめた。

 いかがわしい妄想などしていない。紳士的な行いをしただけだ。

 しかし、その出過ぎた行動が裏目に出た。ウンケルは本能的に俺の腕を振り払い、シューズのおっさんの後ろに隠れてしまったのだ。 


 赤面しているウンケルは一向に俺に視線を合わせてくれない。

 おかしい。ゲームでは簡単にヒロイン攻略できたのに。

「まあ、ゲームのキャラと俺の顔は違うしな……」

 わかりきった結論を述べてから、俺は溜息を吐いた。不細工で思い出したが、あの壁に貼られていたへんてこな絵は俺の似顔絵なのだろう。遺影として扱うならもっと似せてくれ。流石に目と鼻は低位置にあるぞ!


 俺が死んでいないということと、ウンケルの俺に対する警戒心を解くのに三分ほど要してから、各々の自己紹介が始まった。


「さて、あんちゃんには俺達の紹介をしないとな。俺の名はフォウンヌ。主な武器はライフルと、太刀だ。戦闘スタイルは、勿論力を使った戦いだ」

 丸太のような両腕を俺に見せつけての自己紹介だった。彼は俺が敵陣に乗り込もうとしたときに心配してくれた人だ」


「俺の名はフォウズ。フォウンヌの兄だ。戦闘スタイルも全く同じだが、武器はメイスと双剣だ。大切な仲間と弟のためならこの命くれてやる」

 よく言うぜ、あんな凄いシューズ隠し持っていたくせにとは言わなかった。彼のお蔭であの魔王軍を倒せたことは事実だからな。


 野郎の紹介をダイジェストで済ませた後は、お楽しみの女性陣の紹介である。

「私の名はウンケル・エキシブルです。武器はこのハンドガンだけです。あっでも、腕には自信があります。この前も魔王の手下を一人やっつけました。見ててください……あれれ? 弾切れです」


 しょんぼりとしているウンケルを励ましてから、最後に黒髪ツインテールの娘が自己紹介を行った。

「私の名前はアイルン・バール。武器は細い剣と屈強な盾を使っているわ。一応この中の司令塔よ」

「はい。ありがとうございます」


 そのはきはきとした口調に、思わずかしこまった返事をしてしまう。愛らしい仕草とはかけ離れたさっぱりとした娘のようだ。

「あんたたちのことはようくわかった。俺の名は俺井崎竜二郎だ。呼び方はなんでもいい。それよりも、聞きたいことがいくつかあるんだけどいいか?」

「なんですか?」

 首をかしげる一同に、俺は順に質問を発した。

「まずは、勇者と魔王についてのことなんだが……」





次から少し長くなります

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