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19.少年の決意

 この世界に来て三日目の朝が来た。

 常に地を照らし続けている陽の光に目を細めながら、俺は起床する。

 四人はもう地下にはいなかった。きっと上で飯を食べているんだろう。

「俺も行くか」


 上半身だけを起こし、俺は布団をたたむ準備をする。

 今日は何を特訓しようか。麻痺と毒の使い方を教えようか、いや、基礎能力をもう一度鍛えようか。どちらにしても、やることはいっぱいある。

「……ああ、そうだったな」


 練習なんて、鍛錬なんて、やっている場合じゃなかったと思いだす。

 そんな努力すら無に帰するほどの戦力差が、俺等にはあるんだ。


 努力や根性だけではどうすることもできない。いったいどうすればいいんだ。

 五千もの相手に、俺等はどうやって立ち向かえばいいのだろうか。

「うーっす……」

 上の空気は最悪だった。


 ウンケルは涙を流しすぎて目を赤くしている。

 アイルンは寝ていないのか、目に大きなクマができていた。普段の美貌はどこへいったのか、とてもげっそりとしている。


 フォウズとフォウンヌも同様の表情をしていた、まあ、この二人は元から変な顔だからむしろマシになったのかもしれないが。


「どうしたんだよ皆……」

 乾ききった空間の中、無理に笑って見せるが、返事は返ってこない。

 昨日のレドワールという魔王軍の女性が告げた五千人という絶大な数に、みんな思考を放棄しているのかもしれない。

「もう……逃げちまおうぜ」


 フォウズがポツリとそんなことを呟いた。それに対して、アイルンが反駁する。

「生まれ育った街を捨てるだなんて、私にはできないよ、みんなで戦おうって言ったじゃない!」

「五千人と戦って勝てるわけないだろ! ふざけるなよ! 現実見ようぜ」


 アイルンは、その後言葉を返さず、口をごもらせるだけだった。彼女自身も薄々と感じていたのかもしれない。勝利は絶対に無理だという残酷すぎる事実を。

「争いはやめてください……」

 涙を流すウンケル。昨日までのチームワークは、かけらも見当たらなかった。

「……外に行ってくる」


 空気に耐えきれず、俺は逃げるように外へと出た。

 我ながら情けない、惨めだと思ったが、あんな状況をどうにかできるほど俺は人間になれていない。元々争いをせずに生きてきた人間だ。


 母と父が夫婦喧嘩をしていた時も耳を塞いでゲームをやり、学校で割と仲の良かった人間がいじめにあっていても目を背けてゲームをしていた。

 成績が低下し、進路の問題で母親が怒り狂っている時も俺は一切耳を傾けずにゲームをしていた。


 いつだって争いや、苦しいことには立ち向かわず逃げてきたのだ。そんな俺に、いったい何ができるというんだ。

「な……」

 扉を開けた瞬間、突然光に包まれた。




 そこにいたのは、一人の女性だった。角が頭部に二つ生えていて、皮膚が赤いが、スタイルはとてもいい。ふっくらとした胸部に、スリムなくびれ。大きな青色の目に、高い鼻に。ふっくらとした唇。眼鏡をかけているせいか知的な印象を感じた。


 一目でわかった。彼女は魔王サイドの人間だ。ここも魔王軍のどこかなのだろうか。ゴ―ゴ―と燃える二つの柱に、バチバチと両端がスパークしている床、周囲には見たこともない機会が散らばっていた。

「初めまして、俺井崎竜二郎くん。私はレドワールと申します」


「あ、あんたが?」

 ということは、やはりここは魔王軍のどこかなんだろう。

「てことは、ここは敵のアジト!?」


 強張った顔に切り替え、武器であるコントローラーを取り出すが、その動きを彼女は右手で制した。

「あなたと争う気はありません。なので武器もしまってください。今日は話したいことがあってきました」


「……ここは、どこなんだよ」

 警戒しながら武器をしまう。彼女は油断を誘うような甘い笑みを漏らした。


「ここは、私が活動している『回収係』という場所よ。その活動内容は伏せとくわ。あと、どうやってあなたをここによこしたのかも、言わないは。別にいいでしょ? あんただって敵に教えたくないことは沢山あると思うし」


 何か意味ありげな発言だったが、いちいち疑問を浮かべる余裕がなかった。

なんせここは敵のアジトだ。警戒心を解かれようが、なにされようが、緊張してしまう。


「今日はあなたに伝えたいことがあるの。まずは、これを見てくれる?」

 そう言うと、彼女は右手から水晶を浮かび上がらせた。これは魔法の一種なのだろうか?

 訝しく思いながら俺は水晶をのぞきこむ。


 突如、俺の体は震えた。胸の鼓動が一気に上昇し、心臓が止まりそうだった。

 水晶に映っていたのは、忘れもしない、俺の母親だった。

「母……さん」

 三日ぶりにみた母さんの表情は、望んでいたものとはかけ離れていた。

 重苦しい顔で唸りながら息を荒くし、白い空間で孤独に泣いていた。


 白い空間は、俺の家ではなくてどこかの病院だ。

 母さんは入院していると瞬時に理解する。でも、どうしてだ? 体調を崩しやすい人でもないし、体が悪そうにはみえなかった。

「竜二郎……どこへいったの」


 母さんの調子が一気に崩れた原因が、ようやく分かった。

 俺のせいだ。

 俺がこの世界へと消えたということは、当然地球では政府が行方不明の事件だと騒ぐはずだ。そして、マスコミに晒されて世間に悲劇の母親として扱われる。


 ただの母親が、息子を失ったというストレスを抱えながら無駄に目立ち、世間に後ろ指をさされて生活する。

 それがいったいどれほど精神に負担がかかるかは容易に想像できる。


「貴方の父親は冷たい人間なんですね。お見舞いに来たことは、一度もありませんよ」

「ああ、そういうやつだよ」


 仕事が恋人であり趣味の父は、母親や俺のことなど二の次だ。忙しいのはわかるし、そのお蔭で恵まれた生活を送れているのも承知している。

 でも、それは悲しい。俺はともかく、母親くらいは大切にしてほしいものだ。


「貴方が地球へ来た人間ということを知ってから、監視魔法を使ってずっとお母さんのことを見させていただきました。体調を崩されてから、彼女はずっとあんな調子です」


 目を細めながら、涙を流し、ずっと掠れた声で俺の名を呼び続ける母親を見ていると、胸がとても痛んだ。


 母さんを安心させるには、あの状態から解放させてやるには、俺が必要なんだ。

 今すぐ目の前に現れて、手を握ってやらないといけない。父親の代わりに、支えてやらないといけない。


 でも、それをするということは、同時にあの四人を見捨てるということになる。

「どうすればいいんだよ」


 戦力はたった五人の俺達に対し、向こうは五千人。戦意を放棄してもなお、一向に諦めないアイルン、もう逃げ出したいフォウズとフォウンヌ、そして二人の間に入って泣き続けるウンケル。


 こいつらを支えるには、俺がしっかりとしないといけない。当然だ。既にバラバラとなっているあの仲を取り持つには唯一まだ完全に理性を保っている俺が何とかするしかないんだ。


 でも、俺があいつらと関われば関わるほど、母親は苦しんでいく。

「助けたくないですか? 母親さんを」


 レドワールが囁く。その蕩けるような甘い声に思わずぞっとしてしまう。

 彼女は、俺の心を揺さぶっている。これは駆け引きなんだ。俺を地球に帰す代わりに、あいつらを他の国へ移動させろという、一種の取引だ。


「あなたがいなくなるだけで、彼女達の戦意もだいぶ変わると思います。それくらい、あなたは脅威です。まだ貴方がいるから何とかなるという心の奥底に眠っている希望さえ砕ければ、彼女達は戦いません。そうなれば、だれも傷付かずに済みます」


 それはもっともな意見だった。今まで魔王の攻略方法を見出して教えていたのは俺だ。自分自身でも、あいつらを活気づけるためになんとかしないとという気概があった。

 でも、そんなことを考える余裕すら今の俺にはない。

「明日……答えを聞きます。あなたが良い返答をしてくれることを祈っています」


 お母さんのためにも。と最後に言い残してから、レドワールは再び右手から魔法を放ち、俺を本来の場所へと戻した。


 澄んだ青空が視界に映る。

 視線を下すと、目の前には見慣れた建物があった。あの中にウンケル達がいる。


 重々しい空気が放たれている、あの空間があるんだ。

「……」

 俺は目を瞑り、思考する。


 ウンケルの涙。アイルンの笑顔。フォウズとフォウンヌとの短いが、それでもいとおしい思い出が脳内に流れる。あいつらは、恐らく俺の人生の中で初めてできた友達だろう。


 見捨てるわけにはいかない。それは絶対だ。第一、あの四人を見捨てて地球へ帰っても、母親は喜ばない。俺を咎めるに決まっている。


 しかし、既に答えは決まっていた。

 あいつらはまだ四人で支え合える。でも、母親には父親と俺にしか支えてくれる人がいないんだ。


 オフライン主義をモットーにし、いつだってゲーム中心の生活を送っていた俺が、こんなことを考えるのもおかしいが、世話になった人間に何か恩を返すのは当然のことだろう。


 決めた。

 胸中で決心し、俺は呟く。

「地球に帰ろう」


地球に帰ると決意したリュウジロー。どうなるか……

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