【BL】触れたくて
終わりの号令と同時に教室を出る者がいる中、エジュエはゆったりと帰る準備をした。
あまりのんびりしたつもりはなかったのだが、急いている者が多かったのか不思議なことに帰る頃には周囲はもう誰もいなくなっていた。
「くゆっ」
「うわ」
そんなこともあり無防備に中庭に突っ立っていたエジュエの脇腹に不意打ちで衝撃が走った。
だがその原因である生き物が地に落ちる前に抱き留める。
安堵とほっこりとした嬉しさ湧き上がると同時に気分が沈む。
この次に不機嫌な声が振ってくるのが容易に想定できるからだ。
「またか」
ほらね、とエジュエは心の中で呟いた。
腕の中にいるユークは目の前の優等生、オリエールが契約している精霊だ。
それなのに何を気に入ったのか随分とエジュエに懐いている。
オリエールにくっついている所を見たことがないので彼よりもかもしれない。
それが我慢ならないのだろう。
会う度にこんな感じで突っかかってきて胃が痛くなる。
ふかふかで愛らしいユークのことは好きなのだが、この悪態もセットだと思うと気が重くなってしまう。
「ええと、離れようか」
「きゆゆゆゆ!」
仕方なくユークを降ろそうとするが拒否するように泣き叫んでしがみつかれる。
無理矢理引き剥がすのは可哀想だ。
しかしオリエールの睨みが弱まることはない。
エジュエは困りきった。
「…良い」
「え?」
「別に、ユークの機嫌を損ねたくないだけだ。しばらくそっとしてやる」
「はあ」
一見冷静そうだがエジュエは心底驚いていた。
無言の顰めっ面で引き剥がすように連れ去ることも数多なのだから珍しい。
もしかすると意に添わないことをしてユークがふてくされてしまったことがあったのかもしれない。
そんなユークを想像してみたら可愛いくてつい笑みが零れる。
しかし端から見れば一人笑う怪しい人だ、瞬時にそれを引っ込めた。
そして馬鹿にされないだろうかとオリエールを横目で確認するが、どうやら見られていなかったらしく余所を向いている。
普通話し相手を見るものだがエジュエを嫌っているようなので少しでも視界に入れたくなかったのだろう。
今回ばかりは助かった。
「それじゃあ、本でも読もうかな」
流石にユークをくっつけたまま帰るわけにはいかない。
だからユークの気が済むまで図書室で過ごそうと思ったのだ。
調べものもしたいと考えていたしちょうど良い。
オリエールだってエジュエと長時間一緒にいるのは嫌だろうから居場所を宣言したつもりだった。
それなのに無言でついて来る。
はっきり言うと怖い。
「ええと、何か用…?」
「お前にあるわけないだろ。ユークを待っているくらい導き出せないなんてその頭は飾りか?」
「ですよね」
しかし何故再び無言になり隣の席に鎮座してオリエールたちの方を見ているのか。
一瞬でも離れた瞬間に捕まえて帰るつもりなのだろうか。
そんな主人に許しを得たと思ったのか無邪気にじゃれつくユークがいても恐怖は収まりそうにない。
嫌な汗をかきつつ多少集中できないながらも調べものに取りかかった。
エジュエは元来真面目なのだ、やがて気にかからなくなる。
ユークも気遣ってかしがみつく場所を頭に変えたようで、そこから興味深くエジュエの行動を眺めている。
どの間そうしていただろうか。
「くそっ」
オリエールは突然ユークを掴んで声を上げた。
どうやら我慢の限界に達したらしい。
流石に集中の糸が切れたエジュエは飛び上がってしまう。
だがここは図書館だ。
それを思い出して騒がしい物音を立ててしまい申し訳ないと受付係と目配せして礼をした。
そんな横で関係ないと言わんばかりに止まない声には参る。
エジュエは思わずオリエールを引っつかんで退館した。
しかしそんな勢いも出て数歩の所で切れ、オリエールが一言も発しないうちに高速で離れた。
オリエールはオリエールで何事もなかったかのようにやわやわとユークをつまんでいる。
和んでいるようだが、急変に疑問が残る。
まさかこの静寂は罠で刺激で炎を吐かせて攻撃するつもりかとエジュエは身構えた。
ところがそんなことはなくオリエールはそのまま無言で去っていった。
「何だったんだ?」
そう溜め息を吐きながらも空気が軽くなってほっとする。
だが折角よく顔を合わせるのだから仲良くなれたら良いな、と思っているエジュエはどうすれば想定外のことになるのかと恒例の脳内一人反省会をあれこれと始めた。
◇◆◇◆◇
一方、オリエールもエジュエに対してある意思を明確に持っていた。
「生は良いな、柔らかかった」
ぼそりと恍惚とした笑みを浮かべて独り呟くオリエール。
見つめているのは先ほどエジュエに掴まれた手だ。
あんな態度で実はエジュエに対して恋心を抱いている。
そんな素直になれない稀代の天才はなんと独自で人工精霊を作り上げてしまった。
そう、ユークである。
ユークの触感を自分の好きな時に共有できるよう設定を施して、エジュエの肌触りを堪能しているのである。
更に行動まで制御できるのでやけにエジュエにくっつくのは半分はオリエールのせいである。
口を舐める仕草など…言わずもがなである。
それらを楽しんでいるオリエールは筋金入りの才能の無駄遣いをしているむっつりな残念な人と言えよう。
「どうにかして、もっと生を楽しみたい」
どうやら味を占めて機会を増やしたいらしい。
最初からそれを考えれば二度手間にもならなかったであろうに、そんなことは全く気にしていない。
その横顔は赤面しているが、どんな策を練っているのだろうか。
それが歩み寄る方向であるかは定かではない。
結果を重視しすぎてエジュエに気持ちを誤解されていることなど気付いていないのだから下手なことをやりかねない。
悩むエジュエの希望とは全く外れた想定外へ向かい、オリエールは緩んだ顔で帰路についた。