scene 9 「平穏」
更新が遅れて申し訳ありません。
王都の賑やかな大通りから脇道にそれ、閑静な住宅街。
人通りが少ないそのとおりに、人影が2つあった。
「マスター、この3日間、王都を散策していただけのようでしたが、大丈夫なのですか?」
「客層とニーズ、そして仕事をやる上での暗黙の了解も確認できた。実に有意義な3日間だったぞ」
「そ、そうなのですか……」
ルアはこの3日間、準と共に朝から深夜まで街を徘徊していただけの事が気になっていた。
イープから渡された資金はまだ残っているが、余裕が有るわけではないこと位は、ルアにも分かる。
無論、仮にもルアは大精霊だ。自らのマスターにひもじい生活などさせられない。準さえ良ければ、あらゆる精霊に命じ、料理からそれこそ建物まで作る所存だった。
しかし、準から「ルアの力は借りたいが、精霊としての力は借りたくない。少なくとも、今は」と言われ、嬉しくもあり、また残念にも思っていた。
(私はマスターの従属精霊なのです。もっと頼っていただいても宜しいのに)
ルアは自分自身の力不足と、主人の役に立てない悔しさを感じていた。
準からは「仕事を手伝ってもらう」と聞かされているが、どのような仕事なのかは教えてもらっていない。
実は、準から初日に、自身について様々な事――見知らぬ人と会話するのはどうか、声には自信があるか、体力は、ダンスなどをした事があるか、など――を聞かれた。
ルアは長い間、かの神殿で眠っていたが、はるか昔の時代は人々と舞い、踊り、歌と音楽を奏でた経験もある。しかし、結局何をするのかまでは、皆目見当もつかない。
(しかし、どちらに向かっているのでしょう?)
この先にあるのは確か、
「ついたぞ。ここだ」
準が足を止めたのは、見るからに怪しげな雰囲気を出す建物だった。
外からでは中の様子は伺えず、入り口には店の名前のみが記してあった。
(一体、どのような所なのかしら?)
「何をしている。入るぞ」
「あ、はい!」
ルアは期待と一抹の不安を抱きつつ、先に歩いている彼の背を追うのだった。
「いらっしゃい」
準が扉を開け、店に入る。
少し遅れてルアも続く。
薄暗い店内で彼らを出迎えたのは、ヒューマンの初老に差し掛かっているであろう、男性であった。
棚には様々な道具が所狭しと並んでおり、不思議な雰囲気を保っていた。
基本的には黒や茶色といった色が基調であったが、中には赤や黄色でコーティングされた派手な色のものもある。
準は棚に並んでいるものに一瞥すると、店員の元へと近づいた。
「すまない、リ・・リヴァイ・・ノ?はおいてないだろうか」
「リヴィノですかい?あの様な物をお探しとは、余程お好きなのですな」
店員が笑顔を浮かべながら、カウンターから出てくる。
「リヴィノはあちらの棚になります」
「ありがとう」
棚に飾られた商品を一つひとつ手にとって状態を調べる。
何しろ準は仕事に使うことを想定している。妥協は許されない。
そのうち、準はひとつのリヴィノの前で足を止めた。
手にとって調べてみると、古いものだが――状態は悪くない。それに、一番地球で使っていたものに形が似ており、準でも違和感なく使えそうだ。
「悪くない」
準が手にとった商品を店員が確認し、頷くように言った。
「これは中々お目が高い」
準が持ちだしたのは、木で作られ、表面をツヤツヤに加工され、独特の曲線を併せ持つ――ヴァイオリンだ。
そう、この店は楽器店。棚には笛やリュートのようなもの、使い方がよくわからないものや太鼓のようなものなど、実に様々な楽器が鎮座していた。
「試してみても?」
店員に了承を取ると、準は弓を手に取り、構えた。
弦を弾くと、そこには独特の音が響いた。
とても力強い音色だが、どこかに悲しさを含んでいるような、そんな旋律だ。
ソナタ第1番ト短調。
ヨハン・セバスティアン・バッハの作で、今では名作と名高い。
2人と観客の演奏会は1、2分で終わった。
準は楽器をおろし、大きなミスはなくてよかった、と胸を撫で下ろしている。
「流石です、マスター」
「素晴らしい。まだまだ荒削りですが、実に良い腕をお持ちですな」
苦笑いしつつ、準は肩を竦める。
「昔取った杵柄というやつだ。似合わないと言う奴もいるが、昔からコレは好きでね」
「いやはや、大変良い物を聞かせて頂きました」
「いや、楽器も良い出来だと思う。是非これと、調律用のキットも併せて購入したいが」
「ありがとうございます。此方の品ですが、メンテナンスキットと併せまして、30万Tで如何でしょうか」
準は驚いた。
その倍はふっ掛けられることを覚悟していたからだ。
「良いのか?自分は相場は分からないが……そう悪くないのではないか?」
「ええ、実は本当は50万Tは下らない物ですが、此のまま店で朽ちさせておくのも惜しい。それよりは、是非お客様のような方に使っていただいたほうが、このリヴィノのためになるでしょう」
店員は愛おしそうに楽器を撫でる。
何やら過去がありそうな店員の姿に、若干気圧されつつ、準は精算する。
「よくわからないが、世話になった」
準は購入した商品を包んでもらい、店員に背を向けた。
ルアも店員に一礼し、彼の後ろに続く。
「ありがとうございました。またお越しくださいませ」
店員の声を背に受け、準はまた大通りへと繰り出した。
王都「ティヴィクス」の大通りに面した自然公園――そこに準とルアの姿があった。
3日前にドヴェルグの屋台からホットドッグ……ではなく、ドスゴを購入した公園だ。
彼らのまた100メートルばかり先には、途上パフォーマンスをしているヒューマンや、ドリンクを売り歩くアールヴが見える。
彼はそこで買ったばかりのリヴィノを手に、ルアと打ち合わせをしている。
通行人の幾人かは、何かを始めそうな彼らを横目に見て立ち止まるが、まだ準備中なのを感じ取ると、歩みを再会する。
やがて打ち合わせが終わったのか、準とルアが位置につく。
二人が一礼し、一つの旋律と歌声が王都の空に響き渡った。
「やりましたね、マスター。流石でした」
ルアが誇らしげに俺を褒めてくる。
ヴァイオリン――ここではリヴィノだったか、その扱いは子供の頃から学んでいた。
自衛隊に入るときには流石に邪魔になるってことで触らなくなり、それから今に至るので、正直うまく扱えるか心配だったが、なんとかなってよかった。
何よりこのリヴィノが素晴らしい。良い音を出すし、何より地球のヴァイオリンと殆ど同じ形だ。
どのような仕事をすればよいか、飛空艇の中で色々と考えていた。
結果として大道芸人の真似事をすることになったが、何、この様な生き方も悪くはあるまい。
「まぁ、ルアの歌声のおかげでもある。お前も誇っていいんだぞ」
これは本当にそうだろう。
いきなり「リズムに合わせて歌ってくれないか。歌詞は適当で」などと無茶ぶりをかましたが、ルアも歌うことは好きだったのか、直ぐに乗ってきた。
乗ってくる事自体も驚きだったのだが、俺自身、彼女の歌声には驚きを禁じ得なかった。音痴でなければ、まぁ彼女の容姿がカヴァーするだろうと画策していたのだが、どうやら良い方向に予想が外れ、外見に恥じない、透き通った歌声を披露してくれた。
最初は練習のつもりだったのだが、ルアの歌声や、立ち止まり聞いてくれた通行人に励まされ、ついつい10分程度も演奏し続けてしまった。
「ありがとうございます。マスター」
ルアも嬉しそうだ。
彼女は俺の無茶ぶりにもめげずに、想像以上の美声で10分声を出し続けていたのだ。彼女がいなければ、今の半分も人は集まらなかっただろう。。
そして、これで終わりです、とまた一礼した際、皆チップを払おうとしてくれた。
戸惑いはしたのだが、受け取らないのも失礼かと思い、礼を言って通行人の間を回った。
結局集まったのは3850T。イープからの資金には遠く届かないが、それ以上の想いが感じられた。
正直不安もあったが、初回でこの出来だ。食っていくには十分だろう。
「……あの」
視線を下に向けると、小さな……小学生ぐらいだろうか?アールヴの女の子が此方を見上げていた。
腰を折り、目線を合わせる。
「なんだ?」
微笑んだつもりなのだが、できているかどうかは分からなかったが、幸い、女の子は俺の不安を他所に、まっすぐに此方を見てくれた。
「……音楽、よかった」
「そうか、ありがとう」
最初はなんとなくで始めたヴァイオリンだったが、大学生まで続けてよかったと思う。ほっと心が暖かくなる感覚。正直、悪くない。
と、妙齢のアールヴの女性が此方へ小走りに近づいてきた。口元のほくろが印象的な、柔らかな空気を纏った女性だ。
この子の母親だろうか。『娘』と言っていたし、同じ髪の色だから、多分、そうなのだろう。
近づいてきた女性に対して、失礼にならない程度に確認すると、なるほど目元の所が似ている。
「あの、すいません。うちの娘が邪魔してしまったようで」
「いえとんでもありません。今お嬢さんに褒めて頂いていたところです」
「あらそうなんですか、私も聞いておりましたが、余り聞いたことのない曲調でしたね。ヒューマンの星ではこの様な音楽が流行っているのでしょうか?」
「とても、良い、音楽だったと思う」
母娘共々褒めてくれるが、流石に即興で曲など作れない。
俺は弾いただけで、作曲したベートーヴェンやバッハが偉大なだけだと思う。
「そう言っていただけて、嬉しいですよ。また今度機会があれば、是非聞いてください」
「ええ、もちろん。今度は夫も連れてきますわ」
「また」
コロコロ表情が変わる母親と、無表情な娘。対照的な二人は、俺に一礼をしてこの場を離れていった。
彼女らの後ろ姿をぼう、と眺めていると、ルアから声がかかった。
「……マスター、今日はもう帰りましょうか」
「いや、俺もそう思っていたのだが、なんで不機嫌になっているのだ?」
先ほどまではまさに一番でゴールを決めたスポーツ選手のように、とても嬉しそうにしていたと思うのだが。
「知りません」
そう言ってルアは顔を背ける。
全く訳がわからない。
「褒めて欲しかったのか?それは済まなかったな、ルア」
そう言って、とても透き通った、天使の様な声だった、などと彼女の歌声を褒めると、ルアは「マスターずるい……」などと言ってくる。
重ね重ね訳がわからない。心の底から本当のことを言っただけなのだが。
ああ、だが――この様な日々も、良いのだろう。
理由など知らない。だがこの世界に召喚された俺は、こうして日々を過ごして、どこかで野たれ死ぬ。
「悪くない」
「マスター、何か?」
「いや、なんでもない」
ルアが不思議な顔を向けてくる。
俺は目線をのどかな夕焼けの空に向け、
サイレンが響き渡った。
ご意見、ご指摘等お待ちしております。




