scene 5 「銀船」
「マスター。どうしましょうか」
ルアが鋭い口調で準に催促する。顔には絶えず微笑みが浮かんでいるが、目は笑っていない。まさに笑みを"貼りつけた"というのが正しい。
問われた準と言えば、嫌そうな表情で自身に向けられた銃口を見ている。
地球にあったような歩兵用の銃とは似ても似つかないが、筒状のものにトリガが用意され、上部にはフロントサイト、そしてリアサイトのようなものが見える。
少なくとも見た目は立派な銃である。
準等を包囲しているのは5人。
同じ服を着ていることから、彼らの制服か、それに類するものであろうと推測できる。
構え方も反動を抑えるためか、がっちりと銃を持ち、油断なく銃口を彼らに向けている。
「ルア、言ったとおり待機だ。攻撃されるまでは手を出さないこと……というか、ルアは勝てるのか?」
ちらりとルアが準の方を向け、形だけではなく、本心からの笑み。
「もちろんです、マスター。命され頂ければ、今すぐにでも」
「……OK」
準は苦笑し、視線を包囲している人物へ戻す。
"異世界ファンタジー"にしてはやけに機能的な服装と"武器"を構える彼らは、厳しい表情を向けつつ、彼らは彼らで会話している。
ここからでは彼らの会話の内容は聞こえないが、何やら白熱しているようだ。
(まったく不可解な状況だな)
今にも飛び出しそうなルアを目線で抑えつつ、俺は彼らを観察する。
服はグレーと緑を基調としており、肩ベルトで吊るした銃?と左腰に吊るした棒状の物体―――おそらく警棒だろうか―――が外から確認できる装備だ。サンバイザーを被っており、正面にはツノを模した紋章が金縁でマーキングされている。
どうやら俺らの扱いについて相談しているようなのだが・・・
異世界テンプレといえば、大抵言語知識についてはデフォルトで付随してくる。
どうやら俺もその例に沿ったようで、知識として彼らの使用している言語がわかるし、おそらく喋れるだろう。いつからこの知識が見についていたのかまでは思い出せないのだが、まぁ、今は些細な事なので置いておくとしよう。
「おい、そこの男」
方針が決定したのだろうか。野蛮な結果でなければ良いのだが。
"男"という不躾な表現にルアの空気が変わるが、ここは抑えてほしい。どうどう。
ともあれ、話を振られたからには返答しないとダメだろう。
ここは素直に答えることにする。
「なんだ」
「その……お前の隣の精霊は……、その……」
「?」
ルアがどうかしたのだろうか。
「私が何か」
普段と比較すると声が低い。
顔は一応笑みの形を保っているのが逆に怖い。
「は、あの」
「私に何か問題でもありますか」
「いえ、その、その様なわけでは」
こいつらはなんでルアには敬語を使うのだろう、この世界では精霊のほうが位が高いのだろうか?
……ありうる。
精霊と人間は魔力を介した共生関係だと推測はしているが、両者間で上位/下位が設定されている可能性もある。もしくはアミニズムのように、精霊は信仰対象の一種なのかもしれない。
「私がマスターの従属精霊であることに何か問題があるのでしょうか」
「け、契約をされていると!?」
ルアが俺と契約していることを話した瞬間、彼らは目を見開き、声を上げた。
中には銃を下ろしているものさえ居る。
良く分からないのだが、この世界では、精霊との契約が希少なのだろうか。
というか従属精霊というのか。響きが嫌だな。気に食わない。
しかしこの状況を挽回する糸口になりそうだ。
「俺がそこのルアのマスター、霧下 準だ」
「……大変失礼しました。自分は聖森警護隊第4大隊所属、ルイダ・イド・ヌーです。いきなりのご無礼、ご容赦下さい」
少しの間逡巡していたようだが、最終的には武器を下し、友好的と言ってもいい態度で応じてくれた。まだ眼光が鋭いのは許容範囲だろう。
とりあえずは良しとして、状況の把握に務めることにしよう。
「いや、職務なのだろう。大丈夫だ」
「感謝します。ところであなたは……その、ルーアマズダ様のマスターで居らっしゃる……?」
「そうだが、何か」
ルイダ……いや、多分名がルイダで性がヌーだから、ヌーか。水牛みたいな苗字だな。
それはともかく、俺がヌーの問いに肯定したら、彼らの間でのざわめきが一層大きくなった。「まじかよ」「冗談なんじゃないか?」みたいな声も聞こえてくる。
なんだか表現に引っかかる。
俺が契約していることを問題にしているのではなくて、ルアが問題なのか?
「……ジュン殿。疲れているところ悪いのだが、一旦我々の詰所まで来て頂きたいのだが」
一応依頼の形をとっているのだが、流れから言うと命令に聞こえてしまうのは何故なのだろうか。
「分かった、よろしく頼む」
俺とルア、そしてヌーと名乗った彼を含む5人の人物は、詰所へと向かった。
道中初めて気がついたのだが、彼らは皆耳が尖っている。
エルフとかやっぱりテンプレだなぁ、などと一人納得していると、
「知識」の中に"エルフ"という言葉がないことに気がついた。
しばらく頭の中を探ると、彼らの種族は「アールヴ」というのだと分かった。ややこしい。
ヌーはくすんだ灰色の髪をもつ、精悍な顔つきをしたアールヴの男性で、この一行のリーダらしい。特に自己紹介をした訳ではないのだが、他の4人に指示を出しているところから、窺い知れた。
森の中をアールヴ5人に囲まれながら歩くこと15分程度か、建物が見えてきた。
かなり大きい。現代日本との建物と比較しても、遜色はないだろう。
森の中だしエルフの様だし異世界ファンタジーだし、木の建物を勝手に考えていたのだが、これはどう見ても
「……この建物はコンクリート製か?どうみても木ではないな」
「こんく……? この建物は鉄とアダマンティンの合金製だ。一般的な造りだと思うのだが、どうかしたのか?」
ヌーが俺の質問と言えぬ呟きに答える。
アダマンティンとやらも気になるのだが、"合金製"だと?
どう考えても俺の知っている「異世界ふぁんたじぃ」と違う。そもそもエルフって森を愛し自然を友とし、鉄やら鍛冶とか嫌っていたと思うのだが、どうなのだろうか。やはりこの世界の常識がないというのは辛いな。
その時、上空から音が降ってきた。
思わず視線を上に向けると、そこには銀色に輝く、巨大な、
「……船?」
俺の呟きはその銀色の物体が放つ音にかき消された。
物体が近づくに連れ、音が大きくなり、細部が見えてきた。
楕円形を基調としたその体躯に、翼と思しき物体が付いている。ご丁寧に尾翼まであり、また左右には虹色の空気を噴出するエンジンのようなものがあった。
VTOL機のようにエンジンを下に向け、銀船は降下してくる。
どうやら詰所の屋上には、あの乗り物の着陸地点があるようだ。まっすぐに危なげなく、下降してゆく。
(一体何だ、俺は異世界ファンタジーに召喚されたものだとばかり思っていたのだが)
唖然とする俺をよそに、ヌーが口を開いた。
「む、副長が戻られたか。おい、急ぐぞ」
そう言って先に行ってしまう。
「おい、まて」
仕方がない、状況が良くわからなくなってきたが、とりあえずは先を急ごう。
詰所の門を潜り、会議室のような部屋へ通される。
机と椅子、そしてホワイトボードのようなものがある、俺の知っている会議室に近い。
しばらく待っているように言われ、アールヴの人たちは退出していく。
「ふむ。ルア」
「はい、マスター。殺りますか」
「良く分からないのだが、とりあえず平静を保て」
「……はぃ」
何故そこで落ち込む。
「ところで、ルア」
「はい、マスター。やっぱりあいつら殺りますか。いえ、殺りましょう」
そんなに暴れたいのかお前は。
「殺るな。……いや、お前たち精霊には、そうだな、格の様なものがあるのか?」
「あ、はい、あります」
「ほう。お前はどの程度か?」
「えっと――」
ルアが答えようと口を開いたら、会議室に人が入ってきた。ルアは何かを告げようとしたようだが、タイミングが悪かったようだ。まぁ後で聞けば良いか。
会議室に入ってきたアールヴは全部で5人ぐらいか?
中にはヌーも居て、どうやら皆緊張しているようだ。
アールヴ達はぱっと見、武装している様には見えない。取り敢えずは友好的と思っても良いのだろうか。
アールヴたちは思い思いに着席し、俺の前にも一人のアールヴが座った。
皆が着席したら女性のアールヴが入ってきて、俺とルア、そして目の前のアールヴの前に飲み物が注がれたコップを置き、一礼をして退席していった。
「お待たせした、キリシタ・ジュン殿」
俺の前に座ったアールヴが言う。
「まずは自己紹介をさせてくれ。私はオゥケン・エダ・イープ、聖森警護隊の副隊長をやっている」
副隊長殿か。なるほど言われてみればヌーとかと比べると貫禄というか、滲み出るものがある。
しかしいきなりかなりの身分が出てきたな。
取り敢えずはこちらも名を返しておこう。無礼な奴だと思われたくはない。
「俺は霧下 準。念の為に言っておくが霧下が性で準が名だ。そしてこっちが」
「ルアです。マスターの従属精霊をさせて頂いています」
「そうか。キリシタ殿とお呼びしても?」
「ああ」
中々好意的だな。
ルアも今は好戦的な空気はない。このまま平和裏に終わってくれることを願うばかりだ。
「では、キリシタ殿。実は私は腹芸やらが苦手でな。単刀直入に言わせて頂きたい」
「早く済むのであれば問題ない」
「そうか、ありがたい」
そう言ってオゥケン……いや、日本と姓名が逆らしいのでイープか……は用意されたコップに口をつけ、中身を飲んだ。
俺も釣られてコップに口をつけ
(!?!?!?)
あまりの苦さに吐き出しそうになるが、ここでその様な態度をとっては流石に問題だろう。
自分でも驚きの自制心で、表情筋の一切を動かさないことに成功した。
ルアも隣で飲んでいるが、全く気にした様子はないようだ。
お前ら揃いもそろって味覚が狂ってやがる。
俺が口の中の味を忘れようと必死なっていると、イープが立ち上がった。
いったい何がどうしたのだ。
「キリシタ殿。そして、ルーアマズダ殿。我が国を守るために力を貸してほしい」
そう言って、彼は頭を下げた。
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