scene 2 「森林」
(!?)
男性、霧下 凖は身を起こした。
そう、身を起こせたのだ。
「あれ?俺死んだんじゃなかったのか?」
確かにその記憶がある。
夜帰宅の途中、上から何やら巨大なものが落ちてきて、彼の体はぺしゃんこに押し潰された。そのはずだ。
そして、もしそうなら、生きているわけがない。
現代科学の発展は留まる所を知らないが、それでも、あの状態から生き延びさせるのは不可能だと、ズブの素人である彼にでも断言できる。
しかし、
(おかしい・・・)
どうにもおかしいではないか。
まぁ、何らかの理由があって死ぬことは免れた。
それは良しとしよう。生きてまた朝日が拝める。楽しみにしていた小説や漫画の続きも読めるし、うまい飯も食べられる。とても良いことだ。そう、悪いことなわけが無い。
(何で、俺、森の中なんかにいるんだ!?)
そう、森であった。
彼が身を起こした場所、そこは完膚なきまでに森の中であり、耳を澄ませば動物の鳴き声が聞こえてきておかしくない。というか、鳥がいた。向こうに見えるのは兎だろうか。すぐに姿が見えなくなったが。
(いやいやいや、まて、ちょっとまて!)
心地よい風が吹きゆけてゆく。
この陽気だとコートはいらないだろう。時期は春から初夏にかけて、と言ったところか。一年で過ごしやすい時期。むろん、この場所が四季を持ち、それが日本での彼の知る四季と同一であれば、の話だが。彼を取り巻く気候は、冬から一気に変化していた。
「何なんだよこれ・・・・」
あえて口に出すも、誰からも返答がない。
ただ、森の木々が彼のセリフを聞くのみだ。
「ちくしょう!」
とりあえず、彼は近くの綺麗そうな石を見つけて腰を下ろす。
「わけわかんねぇよ・・・・家に帰してくれよ・・・」
声が小さくなる。
不安だった。心細かった。気候は暖かいのに、寒気がする。ストレスからくるものだろうか、胃が痛い。
何かわからないが、良くないものに巻き込まれたのではないか。
夢なら早く覚めてほしい。何もかもが、わからない。
彼は気の抜けた様子で、ほう、と森を眺めるのだった。
ふと彼が我に返り、時計を見る。
(朝の7時か)
どれだけ森の中で転がっていたのか分からないが、感覚的に、1日以上ということはないだろう。
(何時までの呆けていても仕方ないしな・・・行動開始だ)
何が起こっているのか分からないが、ここでじっとしていても始まらない。いや、遭難しているのであれば、むやみに移動しないのが鉄則と言われているのだが、果たしてこれは単純に遭難のカテゴリに入れてしまっても問題ないのだろうか。
こんな訳が分からない、異常な状況にあってなお、思い切りが強い自分自身に苦笑しながら、彼はまず立ち上がって身の回りを確かめ、何があるかを確認した。
(ふむ、カバンはなし、か)
カバンは、帰宅する際には持っていた。だが、あの「ナニカ」が落ちてきた時点ではどうか?確か頭を守ろうとして、カバンから手を離してしまったと思う。今更ながら、自分を押しつぶしたであろう物体に対して怒りが湧いてきた。
(勘弁してくれ。ほんとに)
(まぁ、何にせよ、貴重品とかは全部カバンの中だな・・・)
スマホが使えないのが痛い。
スマホがこの森の中で使える保証はないが、あるのとないのでは安心感に大きな差がある。何しろ、電波さえあれば即座に助けが呼べる。
それに、カバンの中には非常用の食料としてカロリーメ○トが入っていたはずだ。これも地味に痛い。人より多少はサバイバル技術を知ってはいるが、準備なしで森の中に放り出されて3日とて行きぬく自信が無い。
(落ち込む・・・・)
彼は感情を抑えるように腹部を何度かさすり、深呼吸をし、最後に自分で頬を叩いた。
パチン、と音が森に響いた。
「行くか」
場所を移動しよう。
とにかく、このままこの場所にいても進展する保証もない。
それに何より、じっとして待つということに彼の精神が耐えられそうになかったのだ。何かをしていなければ、おそらく彼は孤独感に押し潰されていただろう。
かれこれ2時間ほどか。
途中休憩を何度か入れつつ、凖は今だ森の中を歩いていた。
「それほど簡単に行く話とは思ってなかった、が」
誰も聞いてない事は知っている。
でも、口に出さなければ不安で押し潰されそうだった。
彼は今年で24を迎える、平和ボケ国家・日本で生まれた、立派な大人ではある。大人ではあるのだが、まだ人生の酸いも甘いも知り尽くしたわけでもなく、何処とも知れぬ土地に一人で着の身着のまま放り出されれば、やはり出てくる言葉は一つだけだ。
「帰りたい、な」
彼の歩みも歩き始めた当初からは遅くなり、休憩の頻度も上がってきた。もちろん精神的な疲労もあるが、純粋に森の中をあるくのは体力のいる作業なのだ。舗装された道路なら最小限の動作であるけるのだが、森の中は岩やら木の根っこやら何やらで、単純に歩くのも手間取る。
「お?」
見たこともない植物を片目に歩くことさらに10分ほどか。
右手になにやら白い建物が目に入った。
「進路変更だな」
誰か住んでいるかもしれない。
そうしたらまずは水が欲しい。さっきから喉が渇いて乾いて仕方ない。
もし住んでいなくとも、何か使えるものはあるだろう。少なくとも雨風は凌げるのだから、今後の探索の拠点にしよう。
凖の土を蹴る足に力が入った。
(頼む、頼む、頼む・・・)
何に願うとも知れず、彼はその建物を目指し、歩くのだった。
「何だ、これ・・・?」
白い建物を目指して歩くこと30分程度。
近づくにつれ、その形が判別できるようになってきた時から、嫌な予感が凖の頭をよぎっていた。
「石造りの・・・これマヤ文明の遺跡か?」
いつの間にか俺は海を越えメキシコまでたどり着いてたのか、などと現実感なく呟き、まずはその建物を見て回る。
見れば見るほど歴史を感じさせる建物だ。
白く、石灰岩のようなものでできた石。縦と高さは30cmほど、横の長さは1mほどもある。これらの石がピラミッド状に形成され、巨大な一つの建造物を作っている。石の幾つかは半ばから崩れ、また有るものは植物に覆われ、その白い肌を消していた。建物全体としてはおおよそ30m×30m程度だろうか。高さは15mぐらいか。二等辺三角形を描いており、ますますピラミッドに近いように思える。
「しかし・・・まいった」
先ほどまではたとえ無人でも中に入ってやる、と考えていたのだが、このような遺跡となると流石に躊躇われる。そんな日本人らしさを発揮していたのだが、
「仕方ない。状況が状況だ。中に入って少し調べてみるか」
彼はそう自分に言い聞かせるように、そして後ろめたさを隠すため、多少声をあげてそう呟いた。
建物の、いや、遺跡の中に入る目的は「現状の把握」だが、多分に好奇心が無かったとは言えないのだろう。
森の中を歩いていたものとは明らかに違う力強さで、彼は建物の中に入って行った。
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