scene 10 「決意」
時は少し遡る。
とある薄暗い部屋。
独特の魔導器の駆動音が響く中、作業に勤しむ姿があった。
部屋に窓はなく、天井の照明が仄かに照らすその姿は、服の袖で汗を拭いながら、魔導器の調整を続けている。
その体格は小柄なものの、痩せているわけではない。純粋に背が低いだけか。
忙しなく動くその人物は、額に浮かぶ汗を拭った。
部屋には空調も付いているが、どうやら全く追いついていないようだ。
工具を持った人物は自身のマスクと帽子を付けているが、気にした様子は見えない。汗を流しながら、作業を続けている。
と、部屋のドアが開き、別の人物が入ってきた。
「スペッドさん。自分も手伝います」
スペッドと呼ばれたその人物は、マスクと帽子を付けている声を掛けた人物に目を向けた。
「遅いぞ、サッツ。作戦開始までもう幾ばくも時間がない」
「すみません、エンジンの方も調子が悪くて。ですがまぁ、流石に最新鋭のモノは違いますね。簡単な整備でなんとかなりました」
サッツは壁に掛けてあったマスクと帽子を付け、スペッドの方に進もうとした。
こちらは最初から居た人物と異なり、背格好は普通のようだ。ヒューマンだろうか。
「ああ、お前はあっちの増幅器の方を見てくれないか。こっちは俺一人で事足りる」
「分かりました」
会話が止み、少しの間、彼らが作業する音が部屋に響く。
しばらくすると、サッツが立ち上がった。
「確認終了です、スペッドさん。こちらは全て問題ありません」
「今こっちも終わった。万全とはいえないが、まぁ今回の作戦の間は持つだろう」
「なんとも不安な所ですね」
そう言って2人が帽子を取ると、スペッドの頭から、見事な犬耳が飛び出してきた。白というより灰色の毛並みだが、先端が黒色をしている。
二人は後片付けたを済ませた後、その部屋を出る。
「それにしても、最新鋭の戦艦で整備できるなんて、最初はラッキーだと思ったんすけど、いざやってみると意外に旧式の駆動機と変わりませんね」
サッツが肩をすくめる。
スペッドはチラリと視線を向け、そのまま歩き出した。
「魔導工学の進歩は目覚しいぞ。高をくくってると、今に痛い目にあう」
サッツは先に進む小さな体をまじまじと見ながら、今度は感慨深げに言った。
「しっかしドヴェルグでもヒューマンでも、もちろんアールヴでもねぇ。本当にコボルドの技術者がいたんすね」
「何だ、俺がコボルドで悪いか」
スペッドが後ろを振り向いて軽く睨む。
コボルド――彼らは独自の文化を持ち、元は彼らだけの国家を持っていたが――今は連邦の一部だ。
ヒューマンと比較し、彼らは種族的に短命な種族であるが故、技術職は少ない。
「いえいえ、なんでもありませんよ」
が、別段ゼロというわけでもない。ちょうどサッツの前にいるコボルトのように。
スペッドはふん、と鼻であしらうと、耳の裏を掻きながら、顔を前に向けた。
「先を急ぐぞ、まだ調整しなけりゃならん魔導器はあるんだ」
そう言って先に進むコボルドを追いながら、ヒューマンは嘯いた。
「スペッドさんはコボルドじゃなくて、実はドヴェルグなんじゃないすかぁ?」
暫くすると、通路には静けさが戻った。
「お怪我はありませんか、マスター」
ほんの10分前までは大道芸人やパフォーマーが己の芸を披露し、多くの通行人、住人がそれを観て楽しむ。
その様な公園だったのだが、今や歓声の変わりに悲鳴が、拍手の変わりに建物が崩れる音が、準とルアの周りから聞こえる。
サイレンが鳴った折、準と共に周囲を不安げに見渡していた住人も、今は見当たらない。
「ルア」
そして先ほど公園に飛来してきた、『アレ』。――イープと出会ったあの建物に入る前に見た、銀色の船より何倍も大きく――そして禍々しく。
何事かと見上げた人々の頭上に降り注いだ、『アレ』。――小さくて良く見えなかったが、地上に降り注ぎ、炸裂した――爆弾。
「はい、マスター」
別に準とルアがピンポイントで爆撃されたわけではない。
ただ、空飛ぶ船が都市を爆撃し、2人はそれに巻き込まれただけだ。
「……助かった、ありがとう」
軽く咳き込みながら、準はルアに礼を言った。
爆風と瓦礫は2人を周りの住民共々、等しく襲った。
何も反応できなかった準を他所に、ルアは準を大精霊の名に恥じぬ、堂々とした態度で障壁を張り、己の主人を爆撃から護っていた。
「とんでもありません、マスター」
彼女は2人を包み込むように展開されていたクリアブルーの障壁を解除する。
視界がクリアになり、準は周囲を見渡した。
目に見える範囲に、大きな怪我人は居ないようだ。不幸中の幸いか。
「いきなり宇宙から都市爆撃とは。テロか?それとも、連邦とやらの攻撃か?」
「どうでしょう。前線からは凡そ10日程離れていたと思いますが。それに何より、王国の監視ラインを抜けられるとは思えません」
「なるほど、それは
「誰か、誰か助けて下さい!!」
俺はその助けを耳にした途端、走りだした。
「ちょ、ちょっとマスター!?」
ルアが驚いているが、今は二の次である。
……さすが精霊、飛行しながら俺に並走してきている。
「もう、捕まって下さい!」
そう言ってルアが俺の体を抱き上げる。どうみても、お姫様抱っこと呼ばれる姿勢だ。
まぁ、少々恥ずかしいが、今は横に置いておくことにする。何気に口元が緩んでいるルアには後でお仕置きをしてやらねばなるまい。
「見えました、先の叫び声はこの方が……って、この人」
「お願いします、お願いします、助けて、娘を助けて!」
「……」
あの時に浮かべていた、幸せそうな表情は鳴りを潜め、その女性は腕の中のモノを助けてと訴える。
「さっきから、反応してくれないの。いつもなら私に笑いかけてくれたのに、いつもなら、なんで!?」
膝を土に漬け、鬼気迫る表情でソレを揺するその姿は、ある種の狂気を感じとれた。
「マスター、この子……」
「言うな」
静かにルアを制した俺は、女性の側に近づき、安心させるように言った。
「安心して下さい、この子は私が責任を持ってお助けします。貴女は早く避難されると良い」
「で、ですが、娘を一人にするわけには」
「大変申し訳無いですが、病院までお二人を同時に運ぶことはできません。先にご息女を病院まで運びますので、お手数ですが、後ほどご自身でいらして頂いて宜しいですか」
「ええ、まぁ、そういう事なら……」
「ありがとうございます。ご安心下さい、ご息女が苦しむことはもうありませんから」
「ああ、ありがとうございます、ありがとうございます」
口元のほくろを擦り付けるように女性はソレに顔を押し付け、涙を流す。
母親の、娘に対する――我が子に対する愛情の一旦を垣間見た気分だ。
「良かったね、リヴィノのお兄ちゃんが元気にしてくれるって、良かったね、よかったね」
まるで赤子に聞かせるようにその女性は語ると、腕の中のソレを俺に渡してくる。
一瞬手を引きそうになったが、なんとかソレを受け取る。
臭いが、酷い。
「……確かに、預かりました。ここは危ない。安全な所で一旦様子を見たあと、病院で合流しましょう」
「ええ、分かりましたわ」
女性はその足で危なげなく立つと、何事もなかったかのように避難所の方向へ向かっていった。
さて。
「ルア」
「無理です、マスター」
流石、大精霊。俺が何を言おうとしているのか分かっていたようだ。
「確かに私であれば、どの様な怪我をしていても直ぐに治すことは可能でしょう。折れた骨は立ち所に繋がり、切れた神経は繋がり、千切れた腕を生やすことも不可能ではありません。ですが、死者の蘇生は、できません」
「分かっている」
だろうな。
ルアは流転を司る――もしやとも思ったが、流石にこの腕の中の存在までは、無理か。
俺はその名前も知らぬ、リヴィノを褒めてくれた女の子の焼死体を地面に置き、唇を噛み締めた。
四肢の欠損はないが、女の子は驚きの表情を貼りつけたまま、体の一部が黒炭化している。苦しむ暇すら与えられなかったのが、せめてもの救いになったのだろうか。
(どうにもならないのか)
だらし無いぞ、霧下準。
(俺は)
この小さな女の子の命すら守れず、それでも元自衛官か。このまま見て見ぬ振りをするのか。
自分にできることをするべきではないのか。そう、例えば――
(いや、偽善だ)
偽善で何が悪いのか。
己の心の安寧のためではあっても、それで守れるものはあり、命が助かる人がいるのであれば、それは立派な『善』ではないか。
(だが、それでも傷つく人がいる)
そうか。
ならば、お前は―――
「マスター」
ルアがこちらを見る。透き通った、綺麗な眼差しだ。
「マスターがこれから何をなさっても、どの様な道を歩まれても、私はマスターが死ぬまでお側におります」
「ルア」
いきなり一体何を言い出すのだお前は。
「ですから、安心して下さい」
ルアが何時の間にか掴んでいた俺の手を、その豊かな胸の前まで持っていく。
俺は、彼女の両手で包まれた右手を動かすことが、できない。
「何があっても、マスターをお独りにはしません」
――――なるほど。
思わず自嘲が溢れる。
そうだな。これから何があるかわからないが、折角の転生した身だ。自分の好きな様に生きるのも良いだろう。
「イープたちのところへ行くぞ。この戦いを終わらせてやる」
俺の右手が開放される。
俺に何ができるかわからないが、まぁ足掻くだけ足掻いてみよう。
「はい、マスター!」
「やっとその気になってくましたか」
俺がこの世界に召喚された理由の、ほんの一欠片見つけた実感を噛み締めている最中に掛ける声があった。
声の主に目を向けると、其処に立っていたのはくたびれたYシャツ(の様な服)を着た、壮年手前ぐらいの男性がいた。見覚えはないつもりだが……向こうはどうやら違うようだ。
「誰だ?」
名も知らぬ……と思うのだが、いきなり声を掛けてくるとは怪しい奴だ。
あ、足元に少女の死体があるから、どちらかと言えば怪しいのはこちらか。
男性がこちらに近づいてくる。
ルアは例によって俺を庇う体勢だ。
視線を上に向ければ、空は爆撃機の来襲がようやく止み、所々から立ち上る煙を映すのみだ。あの自然溢れる公園は見る姿もなく、無残な姿を晒している。ここからでは火事は見当たらないが、燻っている箇所は未だあるようだ。
男性が5メートルぐらいの距離まで近づき、足を止めた。
「僕かい?僕はね、そうだなぁ、社会に出て苦労を知った若者ってところかなぁ」
「若者……ですか?」
「騙されるなよ、ルア。この中年は嘘をつくのをなんとも思わないタイプだ」
「ひどいなぁ、そんな言い方。お兄さん傷ついちゃった」
青年からお兄さんか。
全国のお兄さんに謝れ。
「それはともかく、俺に何か用か?」
先を急いでいるんだ。無駄なお喋りはこの辺にしておきたい。
「うん?ああ、えーっとね。君、ルーアマダザと契約したヒューマンだよね?」
「……なんのことだ?」
「とぼけても無駄だよ。軍部の情報課から報告を受けてるから」
出先はおそらくイープか。個人情報駄々漏れだな。
「殺しますか」
「ええええ!?」
隣の精霊がこちらを向き、物騒なことを言う。この中年も驚いているではないか。少し演技臭いが。
それに、今こいつを殺しても根本の解決にはならないだろう。
ルアに留まるように手で合図し、俺は話を続けるよう、彼に促した。
「ああ、驚いたよ。最近のヒューマンは物騒なのが増えたねぇ」
セリフがおじさん臭いぞ。
「それはともかくね。えっと、君たちは神代に登場する大精霊<<ルーアマダザ>>とその契約者。ここまではいいかい?」
「……そうだな。知っているとは思うが、名は霧下 準だ。姓が先で」
「名が後なんでしょ?ニヴフ皇国の出身?」
ニヴフ皇国……たしか、王国とほぼ反対側に位置する、ヒューマンで構成された国家だったはずだ。
話に聞く限り、姓名が(他の国家と比べて)反転していることや、日本を想起させる。
今度落ち着いたら行ってみたいが、今は難しいだろうな。
「ああ、答えたくないのなら無理に答えなくていいよ。正直に言ってしまうと、君の素性には興味はないんだ」
俺が黙っていると、男性がフォローしてきた。中々言い難いことを言ってしまうタイプらしい。素性には興味はない、とは言うが、本当にそれでいいのかと疑ってしまう。
「それで、マスターになんの御用でしょうか」
ルアが話を促すと、リオスと名乗ったそのアールヴは、驚くべきことを言ったのだった。
「えっとね、ちょっと最新鋭の戦艦を貰って欲しいんだけど、良いかな?」
ご意見、ご指摘等お待ちしております。
なお、筆者都合で恐縮ですが、次回更新は恐らく再来週になるかと思います。お時間をいただき恐縮ですが、宜しくお願いいたします。




