(6)存在
暗闇の中、先頭のウェルトとノヴァンの灯りと、目の前を行く馬車の灯りを頼りに、俺とアルフィは最後尾で馬に乗った。
俺は黒毛の馬に乗り、黒いローブを羽織って、フードまで頭からすっぽりと被ると、完全に闇に溶け込んでしまったような気分に陥った。
皮肉にも、呪われた子という愛称がぴったりな格好だった。このまま、存在を忘れられそうになる。このまま、俺さえも自分の存在を忘れそうになる。いっその事、ここから逃げ出そうか。
闇に逃げ込めば、誰にも干渉されることなく、自分の時間を流すことが出来る。存在が、消えてゆくようだった。いや、最初から俺は存在していなかったのかもしれない。とにかく、存在してはいけないんだ、俺は。
「魔力に呑まれるな。そのローブには強力な魔力を掛けておる。お前をヴォルデオから隠すためだ」
白馬に乗ったアルフィが、俺と並んで馬を操る。アルフィの言葉で、頭を占領していたもう1人の俺が姿を消した。
「聞きたかったんだよ……その、ヴォルデオとかいう魔法使いが、俺に何をするって言うんだ」
黒いローブが疎ましい。早く脱ぎ去りたかった。重たくのしかかる負の力。
「ヴォルデオ・スピニキオン。奴は3つの世界を自在に行き来することの出来る数少ない魔法使いの1人だ」
「3つの世界だと?何だ、それ」
馬鹿馬鹿しくて聞いていられなかった。世界は1つ。しかも、それこそがこの世を支配しているメモリアント国のこと。3つの世界なんて、意味が分からなかった。
「私も詳しくは知らぬ。それを、今から聞きに行くのだ」
「何だよ。知らないなら、最初からそう言えよ」
リズムよい馬の蹄の音に揺られながら、俺たちはさらに森の奥へと入っていく。
「記憶の木に近づいたことはあるか?」
「あるわけねぇよ。第一、どの木がその木だなんて知らないんだよ」
それからはひたすら沈黙だった。時々襲ってくるもう1人の自分は、何も無い世界に俺を引き込もうとしてくる。
俺は必要のない子。
生まれてきてはいけなかったのに、どうして今生きているのだろう。それは、俺が俺としてこの世に存在しているからだ。だけど、その命は望まれなかった命だ。生きているだけ無駄なのか。いや、命がある限り生きるべきだ。何も期待されていないのに生きていいのか。期待などなくとも、俺は……
―俺は?
俺は、どうする?どう、生きていく?誰もいない、誰も助けてくれない。嫌だ。助けて。
―ボクハヒトリダ……