(4)呪われた子
「一体どういうことだ!?説明しろ、アルフィ・ソード!」
「ノヴァン、少しは落ち着け!」
俺は王との謁見の間に通され、両手を縛られたまま突っ立っていた。訳がわからないまま連れてこられたと思ったら、今度は目の前で王子兄弟と、魔法使いのようなジジィが口論を始めた。
この城に来るまでに日にちをまたいでしまった。昨日の夜の騒動のせいで夕飯も食べそこね、おまけに夜通し歩かされた。嫌な顔になるのもわかってもらえるだろう。元から体力はあるから、疲れた、腹が減った、どうにかしてくれ、とは奴らに頼まない。だけど、人を散々振り回しておいておきながら、放って置かれるのは気に喰わなかった。
「あの……」
弟の方は何故だかまだ怒りを露にしていて、兄の方はそれを抑え、ジジィは弟の方に何かを説明していた。それより、俺に説明しろよ、と思いながら、今度は声を荒げてみる。
「……おい!てめぇら!」
謁見の間に俺の声が響き渡った。一瞬にして静寂が訪れ、3人が同時に俺を見た。最初に口を開いたのはジジィだった。
「すまない、ロビン。お前には、随分と苦労をかけたと思っておる」
「アルフィ様、わたくしも未だに理解しておりません」
「とにかく!アイツは姉上を誘拐したんだ!即刻極刑に処すべきだ!」
結局振り出しに戻り、ノヴァンは自分の考えを突き通そうとした。その時、謁見の間の扉が開き、王のアンドリュエルと王妃のアナスタシーが入ってきた。ウェルト、ノヴァン、アルフィは口を閉じ、静かに頭を下げた。俺はそんな気はさらさら無く、じっと王と王妃を見ていた。
王と王妃が椅子に座り、その隣にはウェルトとノヴァンが寄り添って立ち、ジジィは俺から少し離れた隣に立った。
「ソフィアンは、記憶を失ったようである」
王がゆっくりと口を開き、悲しそうな目で俺を見てきた。この人は、俺を疑ってはいないようだ。目が、そう言っている。
「やはり父上、即刻この者を極刑に処すべきです」
今度はいたって冷静に、ノヴァンは俺を見下しながら言ってきた。
「ノヴァン、ロビンは、決して誘拐犯などではない」
ウェルトとノヴァンは驚いたように王を見た。特にノヴァンは、王と俺の顔を交互に見、呆れた顔をしていた。
「誘拐犯は、言うならば、ソフィアン王女自身でございましょう」
ジジィは王を真っ直ぐに見て言った。
俺はジジィの顔を見た。どこか懐かしい顔と声。会った事も無いのに、この感覚は何なんだろう。それに、何故だか俺はジジィの名前を知っていた。ふと頭に浮かんだ、アルフィ・ソードという名前。こいつは一体何者なんだ。
「姉上自身が犯人だと!?訳の分からぬことを言うな」
ノヴァンは意地っ張りなのか、全く聞く耳を持たないようだった。それに比べてウェルトは、冷静に物事を観察している。こんなやり取りをしている最中でも、ウェルトは俺に視線を送り続けてきていた。その視線は、俺を分析しているようだった。
「先ほどもノヴァン王子殿下にお話し申し上げましたように、ロビンは呪われた子でございます」
「それが何だと言うのだ」
ノヴァンは呆れながら言った。
「私が言う"呪われた子"とは、ヴォルデオの言う"呪われた子"とは、違う意味での言い方であります」
「わたくし、ソフィアンを見てまいりますわ……」
そう言って、静かに王妃が退席した後で、ジジィは再び話し始めた。
「私の言う"呪われた子"、それは、これから迫り来る過酷な運命に翻弄される、という意味でございます」
俺はゆっくりとジジィを見た。王もウェルトもノヴァンも、静かに次の言葉を待った。
「この者は、私の力を持った正真正銘の魔法使いでございます。魔族でも無いのに魔力を持っている。それ故に、呪われた子と言われているようですが、あのヴォルデオは、また違った意味で、この者を"呪われた子"と呼ぶのです」
ジジィはチラッと俺の顔を見ると、再び話し始めた。
「これからメモリアント国に訪れる危機、それは、世界の消滅。そして、それを止められるのは、このロビン・アンソニック。ヴォルデオにとって、この者は悪事を邪魔する厄介者。ヴォルデオの意味する"呪われた子"とは、言葉の通り、ヴォルデオに呪いをかけられた、という意味でございます」
俺は何も言わなかった。自分の周りで何が起こっているのかわからなかった。でも、そんなことは関係ない。じっと一点を見つめ、ただただ、早く家に帰れることを願った。しかし、そんな俺の願いとは裏腹に、もうしばらくここに滞在することになった。
「アルフィ様!ソフィアン王女殿下がお目覚めになられました!」
謁見の間の扉が勢いよく開くと、ジジィ同様にフードを着た若い男が飛び込んできた。
「詳しくは後ほど。今はソフィアン王女の回復の方が先でございます」
「うむ。そうであるな」
ジジィは王に一言断ると、謁見の間を静かに出て行った。取り残された俺は、相変わらず両手を縛られたまま、情けなく立っていた。
「ロビン」
王は俺の顔を真っ直ぐに見てきた。王の瞳は深い緑。瞳は人間の感情の全てを伝えてくれる。
「急にすまなかった。今日からは、この城で寝起きするとよい」
「は?」
急なことに俺は呆気に取られた。まさかここで暮らせとでも言うのか?信じられなかったが、王の瞳は真剣そのものだった。
「ロビンの縄を解いてやれ。それから、空いておる客間に通せ」
指示された側近は、戸惑いながらも命令に従おうとした。
「父上!あやつなど、牢屋で十分ではないですか!」
「ノヴァン!!」
今までもの静かだった王が、突然声を荒げた。ノヴァンも驚いたのか、言葉を失っていた。王は手で側近を動かすと、俺は側近によって縄を解かれた。そして、謁見の間を出るときだった。今まで口を閉じていたウェルトが、俺を呼び止めた。
「ロビン」
俺は立ち止まり、ゆっくりと振り返ってから、睨みつけるようにウェルトを見た。
「お前は、何故生きていたのだ?誰もいない記憶の森で、たった一人、孤独の中を何故?人々から疎まれていたのに何故だ?」
ウェルトの質問を、俺はそのままウェルトに返した。
「じゃあ、お前に聞くが、どうしてお前は生きている?何のため?」
「国を守るためだ。王族に生まれた以上、国を守る義務がある」
ウェルトは俺の目を見ながらすぐさま答えた。俺はウェルトの答えに鼻で笑った。
「可哀想な奴だな。国の為に生きるなんて、ばかばかしい」
「お前の答えを聞かせてもらおうか、ロビン」
「俺の答え?それは俺自身だ。俺は、ここに俺が存在するから生きる。何と呼ばれようとも、俺は俺だから」