(3)アルフの街
「行方不明だったソフィアン王女様がみつかったそうだよ」
「どこにいたんだい?」
「それが、"記憶の森"に住むあの呪われた子の小屋にいたんだって」
「なんてこと!」
「しかも、記憶を失われたそうで」
「あぁ!あの呪われた子に何かされたに違いないわ!なんてかわいそうな!国王様は気が気でないでしょうね、きっと」
そんな会話が、アルフレット城がある街、アルフのいたる所でされている。そんな中を、ウェルト、ノヴァンを先頭に、ソフィンを乗せた馬車、兵隊たちの行列が通っていた。もちろん、その兵隊の列の中には、後ろで両手を縛られたロビンもいた。俺は別に何も悪い事をしていないのに、と思いながら、ロビンは気だるそうに歩いていた。そのロビンを様子を見て、再び街ではこんな会話が囁かれるようになった。
「見た?呪われた子のあの表情」
「えぇ、見ましたとも。悪びれた様子もないし、嫌な目つきだったわよ」
「あまり見るものじゃないわよね、呪われた子の顔なんか」
「大人しくしていればいいものを」
「本当に。王族を誘拐するだなんて、何を考えているのかしら」
「……ちょっとあなたたち、あんまり大きな声で話してると」
会話が聞こえてきたロビンは、行列を見物していた人々の方に目を向け、会話をしていた女を睨み付けた。
「あら嫌だ。こっちを見ないでおくれよ。呪われてしまうわ」
「やだやだ。今日は早く家に帰ってリャスタの準備でもしようかね」
そう言いながら、女たちはそそくさと家の中に入っていった。
リャスタとは、古くから伝わるメモリアント国の伝統行事であり、毎年春に1週間をかけて行われる祭りみたいなものである。
かつての英雄、メモリアントが始めたと言われ、その年1年の繁栄を願い、幸福を祝う。それぞれの家のドアには、それぞれが子孫繁栄、家内安全を願いながら思い思いに作った花のリースが飾られる。リャスタの時期は街中が花で囲まれ、平和を象徴するものだった。そんな賑やかな街とは反対に、アルフレット城に向かう一行は緊張感が漂っている。ロビンは依然としてダラダラと歩いていた。
「今日ね、リャスタの花飾りを作ったのよ。これ、アンタにあげる!」
道端で、可愛らしい小さな女の子が、男の子にリースを差し出していた。リャスタのリースは、好きな人に送るのにも使われ、友達同士、恋人同士でも交換されることもある。その女の子も、幼いながらに、気持ちを込めてリースを作ったのだろう。男の子はゆっくりとリースに手を伸ばし、照れくさそうに女の子から受け取った。すると、近くにいた子供たちがはやし立てた。
「おい!見ろよ!ピッグがアリスからリースを受け取ったぜ!」
「ピグノアのピッグが!」
ピグノアは一気に顔を赤くして、もらったリースから花をむしりとった。
「俺はピッグじゃない!ピグノアだ!それに、こんな奴からもらったって、嬉しくねぇんだ!」
リースの花を全部散らし、最後に地面に叩きつけ、足で踏んだ。それを見たアリスは、目からたくさんの涙を流し、その場にしゃがみ込んだ。はやし立てられたピグノアは、悔しそうに他の男の子たちを睨みつけた。
「おいっ!どこへ行く!!」
兵隊が止めようとしたが、ロビンは聞く耳をもたず、アリスとピグノア、そして、男の子たちのところへ歩いて行った。呪われた子が近づいてきた、といいながら、周辺にいた人々は散って行った。
「どうしてお前はピッグって呼ばれてるんだ?」
「鼻が、豚みたいだからって……みんなが言うんだ」
たしかにピグノアの鼻は、少しだけ上を向いていた。ロビンは、鼻で笑うと、両手を縛られたロープをいとも簡単に解いた。というよりも、指を鳴らし、魔法を使って一瞬でロープを切ったようだった。しゃがみ込み、自由になった両手で、潰されたリースやむしり取られた花びらを拾い集めた。ロビンがリースの残骸に両手をかざし、目を閉じながらしばらくじっとしていると、次第に残骸が温かく光り始めた。最後に眩しい光が一瞬だけ光った。
「うわぁ!」
アリスは泣くのをやめ、リースを手にとった。
「元に戻ってる!」
アリスは嬉しそうに笑った。それを見て、ロビンも小さく微笑んだ。
「アリス!何やってるの!早くこっちにいらっしゃい!」
声のする方を見ると、そこにはアリスの母親らしき女性が青い顔をしながら立っていた。明らかにロビンを恐れているのだ。アリスは不思議そうに首を傾げると、母親の元へ走って行った。ふとアリスは振り向くと、ロビンに向かって言った。
「お兄ちゃんは魔法使いさんなの?」
ロビンはその問いかけに答えることなく立ち上がると、微笑を浮かべただけだった。
「アリス!あの人に近づいちゃいけません!」
母親はアリスの腕を取ると、足早に家の中へと入って行った。
「お前たちも家へ帰りな。あと、ピッグ」
男の子たちに向かって言うと、ピグノアだけを呼び止めた。暗い顔をして、ピグノアは恐る恐るロビンの顔を見た。
「いいあだ名じゃねぇか。仲良くするんだぞ。みんなもお前のことを嫌っちゃいない。羨ましかったんだろ?」
男の子たちは互いに顔を見合わせると、ゆっくりと頷いた。ロビンは切り落としたロープを手に取り、再びパチンと指を鳴らすと、後ろで両手を縛り、列の中へと戻って行った。
それからしばらくして、街の中心、アルフレット城が見えた。アルフレット城を見た瞬間、ロビンの脳裏にはある魔法使いの顔が過ぎった。知らない人のはずなのに、どこか懐かしい顔。そして、アルフレット城に近づくにつれて、懐かしい香りがした。
「アルフィ・ソード……」
ロビンは、頭にふと浮かんだその名前を呟いた。アルフレット城の門には、メモリアント国国王アンドリュエル、王妃アナスタシー、そして、灰色のローブを着たアルフィ・ソードが立っていた。
「戻って来たぞ、呪われた子が。いや、メモリアント国を救う勇者が」
アルフィはそう言って、にっこりと笑みを浮かべた。