(2)ロビン・アンソニック
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過去を語るのは、私の役目のようだ。もちろん、私は「呪われた子」ロビン・アンソニックの生い立ちを知っている。私の記憶のほんの一部でしかないが、大事な記憶でもある。
ロビン・アンソニック。彼は、小さな町ルルーエントの小さな農家に生まれた子だった。皆から愛され、アンソニック家は幸せで溢れていた。しかし、彼が生まれたその夜。本当に風の強い、嵐の夜のことだった。1人の魔法使いが、アンソニック家に現われた。その魔法使いはアルフィ・ソード。ロビンの母レアンは、その魔法使いにこう言われた。
「その子を今すぐ手放しなさい。私に渡すのです」
しかし、レアンは頑として渡そうとしなかった。生まれたばかりの可愛い息子、手放せるわけがない。
「この子は、大事な息子です。何故、素性を知らないあなたに渡さなければならないのです?」
レアンは家の扉を閉めようとした。だが、相手は魔法使い。その魔法使いは、レアンを押しのけて家の中に入った。強引に入ってきた魔法使いは、ロビンに近づくと、袖から杖を出し、ロビンの額に押し当てた。
「呪われし子よ…汝の背負いし運命に従い、その使命を尽くせ。我の力、汝に与える」
眩い光が家中に漏れ、その光から目を逸らしたレアンが目を開けた時には、その魔法使いは消えていた。レアンは急いでロビンに駆け寄るが、ロビンは何事も無かったかのようにすやすやと眠っていた。
さて、ここまでは彼の運命の始まりに過ぎない。続きの話はその夜の出来事から、さらに1ヶ月ほど経った頃の話になる。母レアンは突然やってきた魔法使いを気に掛けながらも、ロビンを育てていた。いつものように夫は農場へと出掛け、レアンはロビンを寝かしつけ、家で織物をしていた。
そこで、遂にレアンはあの魔法使いの言葉の内容を知ることになる。太陽が真上に昇る少し前。ドアを激しくノックする音が家中に響き渡った。ロビンが起きてしまわぬよう、レアンはすぐに客人を出迎えた。しかし、そこにいたのは客人ではなかった。あの夜にやってきた魔法使いとは別の魔法使いだった。
「私の名はヴォルデオ。あなたが、レアン?」
「え、えぇ…」
私は、ヴォルデオも知っている。彼についても私の記憶の一部として語ることは出来る。しかし、彼について語るには少々時間が掛かることが予想される。そう、少し厄介な魔法使いなのだ。彼についてはまた、話す機会があればそこで話そう。失礼、話がそれてしまったようだ。
「以前、1人の魔法使いが訪ねてきたはずなのだが…ご存知かね?」
ヴォルデオは図々しく家に上がり、ロビンの寝ているベッドまで近づいた。
「えぇ、1ヶ月ほど前でしょうか?あの、一体この子は…」
遂にここで、レアンはヴォルデオにロビンに隠された秘密を聞いてしまったのだ。ヴォルデオは口元を緩めると、レアンを抱き上げて言った。
「この赤ん坊は呪われた子。重たい十字架を背負っているのが見える。この子を手放さなければ、この家にも災難が降りかかるだろう。私に、渡しなさい」
その話を聞いても、レアンはロビンを手放そうとはしなかった。それが、ヴォルデオの怒りを頂点まで引き上げることとなってしまったのだ。ルルーエントは本当に小さな町。噂が広がるのは早かった。魔法使いヴォルデオによって囁かれた噂は、一気にルルーエントの町民に知れ渡った。噂には尾ひれがついて町中を彷徨った。そして、ヴォルデオがアンソニック家に現われて数日後のこと。遂に、ロビンの、呪われた子としての運命の歯車が回り始めてしまった。
「悪魔の子、ロビンを殺せ!」
「悪の魔術師の息子め、町に不幸をもたらすな!」
「呪われた子、ロビンを生かしておけない!」
ヴォルデオによって操られた町民によって、アンソニック家は囲まれた。その光景だけは、いまでも私の記憶に鮮明に残っている。町民は、アンソニック家に火を放った。勢いよく燃え盛る炎の中、レアンはロビンを護ろうと、家の真ん中でロビンを抱きしめてうずくまった。
これは、ヴォルデオがロビンを手にいれたいがためだけに起こったこと。ルルーエントの町は荒れ、アンソニック家は燃え尽きた。何故、そこまでしてヴォルデオがロビンを手に入れたかったのか。それを語るのは、まだ少し早いだろう。
業火の中、ロビンは生き残っていた。レアンは酷い火傷を負い、数日間苦しんで、息を引き取った。父親も、町民によって殺されてしまった。荒れ果てたルルーエントにやって来たのは、最初にアンソニック家にやってきた魔法使いだった。そのルルーエントの様子を見て、その魔法使いは杖を取り出した。魔法使いは、杖を振る。
「命よ宿れ。我が杖に従い、命よ、吹き返せ」
その言葉と共に、木々には青々とした葉がつき、荒れた野原には野草が咲いた。魔法使いは、ロビンを抱き上げた。
「呪われし子ロビンよ。生き延びるのだ。必ず、生きてこの世を変えるのだ」
ロビンのことを「呪われし子」と呼んだのはアルフィ・ソード、そして、ヴォルデオ。何故この2人の魔法使いがロビンのことを「呪われし子」と呼んだかはまた別の機会に話すとしよう。
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