(10)戻った記憶
「…どういうことだよ……」
俺は自分を見失っていた。額から汗が流れる。とても嫌な汗だ。頭の中で、記憶の木に預けていた俺の記憶が、ぐるぐると回っている。今まで預けていた記憶が頭の中に入ってくると、文字通り、頭がパンクしそうだった。
『お前の記憶を預かると同時に、その記憶に関する人物からも、お前の存在を消しておいた』
「私の、記憶までっ……」
チラリと後ろを見ると、ウェルトが苦しそうに崩れていた。かろうじて右ひざで体を支えているようだが、俺と同じように額に汗をかいていた。頭を押さえ、痛みと闘っているようだ。数人の兵がウェルトを支えようと近寄ったが、ウェルトはそれを拒んだ。
「ロビン……、出会った時から、初めてではない気がしていた……」
『メモリアント=ロビン=アンソニックよ、記憶の代償に、私を守ってくれるのだったな?』
俺はなんとか体を奮い立たせ、記憶の木に向き合った。頭の中で、いろいろな声が飛び交っている。10年前に、ここで倒れたことも、今では鮮明に思い出せる。そして、18年前、俺が生まれて間もなく、燃え盛る家の真ん中で、母親レアンが俺をきつく抱き締め、守ってくれたことも。ここにいるジジィの記憶も、ウェルトの記憶も、アルフレット城での記憶も全て、俺は、思い出した。
「…どういう、ことなんだよ……まだ、よく、わからない」
『私は、間もなく枯れ果てるであろう』
「なんと、メモリアント。随分と弱気になったものだな」
『アルフィよ、お前は随分と年老いたようだな』
「口が達者なのは相変わらずのようじゃのぉ」
ジジィ同士の言いあいに、俺は呆れていた。人の話を聞かないというところを、アルフィには直してほしいと常々思っていた。俺の疑問に、誰も答えてくれなかった。イライラしていると、ウェルトが俺の横にやってきた。改めてウェルトを見ると、少し照れた。ウェルトの顔が、違って見えた。
「子供の頃の私たちは、なんとも無邪気だった。私は、お前を本当の弟のように思っていたのに、簡単に忘れてしまうとは」
「仕方がないだろ。俺は、ウェルトたちの事を忘れたくて忘れたんだ」
「私はお前が羨ましかった。城の中しか知らない私は、森に住んでいるお前が羨ましかった」
「所詮は身分の違いだ。王族と、そうでない俺の違い」
『2人とも、思い出話はそれぐらいにしてもらおう。私の話を聞いてほしい』
「じゃあさっさと話せ!俺はさっきから質問してるだろ!」
俺のイライラを記憶の木にぶつけると、ウェルトは隣でプッと笑った。ウェルトの笑顔を見るのは久しぶりだった。子供の頃と変わらない、キレイな顔立ちに浮かぶ、美しい笑顔。
「記憶が戻っても短気は治らないのか」
「これが俺だ!ウェルトもいちいちうるさいんだよ!」
今度はウェルトが声をあげて笑った。それにつられてか、アルフィの顔にも笑みがこぼれた。一瞬でも、この場が和んだのだ。
『それでは本題に入ろう』
記憶の木が言葉を発した瞬間、木の葉が数枚、俺たちの目の前に落ちてきた。青々と茂っている記憶の木には似合わない、茶色く全く水気のない葉だった。俺とウェルトは、その葉を1枚ずつ手に取った。
『私は枯れることのない木。かつての英雄、メモリアントが植えてくれた記憶の木。私の他にも、記憶の木は存在する。しかし、その枯れることのない記憶の木が、今こうして、少しずつ枯れ始めている。ちょうど、ヴォルデオがここにやってきた18年前のことだ』