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第七章:絶望の朝、沈墨の激昂

第七章:絶望の朝、沈墨の激昂


阿登城アデンに夜明けが訪れた。

しかし、その光は希望を運ぶものではなかった。雨上がりの湿った空気の中に、焦げ付いた魔力液と鉄の焼ける異臭が、呪いのように漂っている。

ギルド『輝煌之盾ブレイジング・シールド』のギルドマスター、沈墨シェン・モーは、かつて自身の「勝利の象徴」であった第14廃棄区画の倉庫の前に立っていた。

「……報告しろ。」

沈墨の声は、低く、そして不気味なほどに静かだった。

彼の目の前には、無残にひしゃげた鋼鉄の扉と、中身を全て奪われ、ただの燃えカスとなった魔力貯蔵タンクの残骸が転がっている。

「……は、はい。」

副ギルドマスターの狂梟クラッシュ・オウルは、昨夜ソフィアに殺害された際のペナルティでレベルが下がり、青白い顔で震えていた。

「……倉庫内の物資は、90%以上が略奪、もしくは破壊されました。特に、地区封鎖を突破するために用意していた『特製ポーション』と『強化素材』が全滅です。……損失額は、現実世界の通貨に換算して……およそ三億クレジット。」

三億クレジット。

それは沈墨が、このゲームの覇権を握るために財閥から引き出した初期投資の全てに等しかった。

「……ソフィア。」

沈墨がその名を口にした瞬間、周囲の空気が凍りついた。

彼は、地面に落ちていた一枚のメモを拾い上げた。そこには、ソフィアの筆跡で一言だけ記されていた。

『招待状の返礼は、お気に召したかしら?』

「ッ――貴様アアアアアアッ!」

沈墨の理性が、音を立てて砕け散った。

彼は手近にあった瓦礫を力任せに蹴り飛ばした。その顔は怒りで赤黒く充血し、前世で「沈着冷静な若き支配者」と呼ばれた面影はどこにもなかった。

【テクニカル・ログ:激昂状態の神經パルス】

沈墨のステータス画面には、異常な数値が並んでいた。

【状態:極度の混乱・怒り(精神汚染率 45%)】

【警告:神經同期率が不安定です。動作に0.5秒のディレイが発生中。】

沈墨は、現実世界のV4シミュレーターの中で、怒りのあまり呼吸を忘れていた。

一方、それを遠くのビルの屋上から「観察」しているソフィアの同期率は、依然として100%の「絶対領域」を維持している。

「……沈墨。怒りは判断を鈍らせるわ。貴方はもう、私の掌の上で踊る操り人形に過ぎない。」

ソフィアは、ラディム呼吸法の律動を刻みながら、手に入れたばかりの『黎明の欠片ドーン・フラグメント』の成長度を確認した。

沈墨の倉庫から略奪した高純度の魔力液を吸収したことで、折れた剣先からは、黒く透き通った「影の刃」が数センチ伸びている。

「……次の段階フェーズへ進むわよ。」

ソフィアは、手に入れた沈墨の「密書」をシステム経由で匿名掲示板にアップロードした。

それは沈墨が、阿登城の防衛騎士団に賄賂を贈り、他のプレイヤーの進行を妨害しようとしていた証拠だ。

数分後、阿登城の公式フォーラムは爆発的な炎上に包まれた。

『おい、輝煌之盾の沈墨って奴、騎士団を買収してたのか!?』

『ふざけるな! 俺たちが苦労してレベル上げしてる間に、裏で独占してたのかよ!』

『「ソフィア」ってプレイヤー、よくやった! 輝煌之盾をぶっ潰せ!』

沈墨のスマートフォンは、財閥の出資者たちからの問い詰めと、ギルドメンバーからの脱退報告で鳴り止まなくなった。

「沈墨様! フォーラムが……! 会員数が激減しています! このままでは明日予定していた地区突破作戦が……!」

「黙れ! 黙れ黙れ黙れ!」

沈墨は狂ったように叫んだ。

「……ソフィアを探せ! 阿登城の全ての出口を封鎖しろ! 誰でもいい、あの女を殺して首を持ってこい! 報酬は一千万クレジットだ!」

しかし、その命令が実行されることはなかった。

ソフィアが公開した「密書」の影響で、阿登城の治安維持騎士団は沈墨との関係を断ち切るために、逆に『輝煌之盾』のメンバーに対する「調査」を開始したのだ。

「……沈墨、貴方の最大の武器であった『権力』と『金』が、今や貴方を縛る鎖になったわね。」

ソフィアは、雨上がりの朝日を浴びながら、静かに立ち上がった。

彼女の目的は、沈墨を一度殺すことではない。

彼が築き上げようとしている帝国を、その基礎から腐らせ、全プレイヤーの前で最も無様に失脚させることだ。

「……ソフィア、貴様だけは……貴様だけは、地獄の底まで追い詰めて殺してやる……!」

沈墨は廃墟の中で、天を仰いで咆哮した。

だが、その視線の先にある空は、もはや彼のものではなかった。

ソフィアは、手元に残った金貨50枚を眺めながら、次の目的地を定めた。

阿登城の「隠し転職ポイント」。

レベル20の転職壁を突破し、真の『黎明の裁決者』へと至るための試練が待っている。

「……さあ、朝食の時間よ、沈墨。絶望という名の、最高のディナーを堪能なさい。」

ソフィアの姿は、朝の光に溶けるようにして消えた。

復讐の物語は、まだ序章を終えたばかりだ。

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