第十章:黄金の檻、エルドラドへの路
第十章:黄金の檻、エルドラドへの路
阿登城を囲んでいた「辺境結界」が、ソフィアの手にある『通行勲章』に呼応し、まるで海が割れるかのように左右へと分断されていく。
背後では、かつての栄華を失い、混乱と煙に包まれた阿登城が遠ざかっていく。そこにあるのは、前世で彼女を裏切った男の一人が、無様に這いずり回った残骸に過ぎない。
「……ここからが、本当の『亜丁紀元』よ。」
ソフィアの足が、阿登城の石造りの道から、黄金の微粒子が舞う砂の道へと踏み出した。
その瞬間、視界の端でシステムログが激しく更新される。
【通知:エリア『黄金平原』に進入しました。】
【警告:サーバー負荷増大。環境物理エンジンが『バージョン2.0』へとアップデートされます。】
【特殊環境:『黄金の加護』――すべての受けるダメージが10%増加。攻撃の『硬直(硬直時間)』が20%短縮。】
「……環境定数が変わったわね。」
ソフィアは、赫ラディム呼吸法の律動を瞬時に切り替えた。
阿登城が「初心者のための檻」であったなら、この先に待ち受ける第二の主城『黄金都市・エルドラド』は、資本と狂気が支配する「選別場」だ。
ここでは、阿登城では「神業」と呼ばれた動作すら、ただの「基礎」として扱われる。
【テクニカル・ログ:環境遷移の物理判定】
ソフィアは立ち止まり、手の中にある漆黒の長剣『裁決の黒刃』を軽く振った。
風を切る音が、阿登城の時よりも高く、鋭い。
「空気密度が0.15%低下。重力加速度の補正値が……0.02秒分、上方修正されている。判定:動作の『前抜き(先行入力)』の受付時間が短縮。……沈黙の略奪は、もう通用しないわ。」
彼女は、同期率100%を維持したまま、自身の神経系を新しい物理法則に強制適合させていく。
脳髄を焼くような熱。V4シミュレーターの冷却水が限界まで回転する音が聞こえる。
だが、ソフィアの瞳は、黄金の砂漠の向こうにそびえ立つ、文字通り「金」で造られた巨大な浮遊都市を捉えていた。
道中、彼女の前に「黄金の番人」と呼ばれるレベル25の自動人形が立ち塞がった。
阿登城のボスよりも高いスペック。だが、ソフィアにとっては「新機能のテスト台」に過ぎない。
「……テスト開始。」
番人が、黄金の槍を音速で繰り出す。
阿登城の感覚で避ければ、一瞬で胴体を貫かれるだろう。
しかし、ソフィアは動かない。
【新職スキル発動:『因果の拒絶』】
ソフィアの体が、一瞬だけ「透ける」ようなエフェクトを纏った。
槍は彼女の体を通り抜け、背後の砂丘を爆発させる。
それは回避ではない。彼女の「存在」というデータの座標を、一瞬だけサーバー側の演算から「一時除外」したのだ。
「――遅いわ。」
ソフィアは一歩踏み込むと、番人の首の付け根、装甲の継ぎ目に黒い刃を滑り込ませた。
物理的な衝撃音はない。ただ、番人の動力源である「魔力回路」が、内側から崩壊していく。
【クリティカル・システム・クラッシュ!】
【-1250 HP! (オーバーキル判定)】
番人が光の塵となって霧散する。
ソフィアは、その塵の中から「黄金の硬貨」を拾い上げた。
阿登城の金貨とは比較にならない価値。これ一枚で、阿登城の商店を一つ買い占めることができる。
「……エルドラド。そこには『彼』がいるはずよ。」
ソフィアの脳裏に、沈墨をも操っていた真の黒幕、前世での最強ギルド『神々の黄昏』の参謀、**エクセル(Excel)**の顔が浮かぶ。
沈墨はただの駒に過ぎなかった。ソフィアの本当の敵は、このゲームのシステムそのものを買収しようとしている、超国家規模の財閥連合だ。
数時間の行軍の末、ソフィアはついにエルドラドの巨大な昇降機の前に辿り着いた。
そこには、既に転職を済ませた各都市の「天才」と呼ばれるプレイヤーたちが集まっていた。
彼らは皆、豪華な装備と、レベル20を超えたという自負に満ちた表情をしている。
だが、漆黒の装甲を纏い、全身から「死」の気配を漂わせるソフィアが現れた瞬間、広場の喧騒が凍りついた。
「……おい、あのアバターを見ろ。漆黒の剣に、あのプレッシャー……まさか、阿登城を壊滅させたっていう『あの女』か?」
「嘘だろ……。阿登城は沈墨が完全に封鎖していたはずだ。それを一人で突破してきたのか?」
プレイヤーたちのささやきを、ソフィアは一顧だにしない。
彼女は、エルドラドの入市審査官であるNPCの前で、静かに通行勲章を提示した。
「……プレイヤー『ソフィア』。阿登城の『裁決者』としての資格を確認しました。」
審査官の機械的な声が響く。
「……ようこそ、エルドラドへ。ここでは、黄金こそが法であり、力こそが正義です。貴方の『裁決』が、この街を救うのか、それとも滅ぼすのか……楽しみにしております。」
昇降機がゆっくりと上昇を始める。
ソフィアは、眼下に広がる雲海と、その下に眠る数百万のプレイヤーたちの「墓場」を見下ろした。
「……沈墨が前菜だったなら、エルドラドはメインディッシュね。」
彼女は『裁決の黒刃』の柄を強く握りしめた。
神格武器の共鳴が、彼女の神経と一体化し、新たな「裁決」の衝動を突き動かしている。
現実世界では、沈墨の破滅を報じるニュースが駆け巡り、ネット上では「ソフィア」の名が伝説として語り継がれている。
だが、当の本人は、既に次の標的を定めていた。
「……さあ、黄金の檻を壊しに行きましょう。……神々を気取る、偽物たちの首を落とすために。」
昇降機が頂上に達した瞬間、まばゆいばかりの黄金の光が彼女を包んだ。
第十章、完。corner-bookstore.com




