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第一章:裏切り者に葬鐘(そうしょう)の招待状を

第一章:裏切り者に葬鐘そうしょうの招待状を


「――痛い。」

それは、高周波の電流が脊髄を力任せに貫いた後に残る、反吐へどが出るような残響だった。

ソフィアは、額から生温かい液体が眼窩がんかへと流れ落ちるのを感じた。視界は、砕け散った緋色ひいろに染まっている。

「……っ、はぁ……」

呼吸をしようとするたびに、肺が破れたふいごのように音を立てる。

視界の先には、屑鉄くずてつと化した車のフロント部分。そしてフロントガラスを突き破り、彼女の喉元まで数センチに迫ったガードレールの鋼鉄。車内に展開されたエアバッグは無残に裂け、血の匂いの中で白い粉塵が舞っている。それはまるで、荒唐無稽な葬列のようだった。

寒い。芯から凍えるような寒さだ。

これが死の感覚なのだろうか。

前世、『天空の塔』で信じていた「盟友」たちに背後から刺され、深淵へと堕ちていった時も、これと同じ感覚だった。いや、あの時の方が心は痛んだ。魂を一片ずつ引き裂かれるような絶望。自分が五年間守り抜いたギルドが、その刃を自分に向けてきた時の絶望。

『ソフィア、俺たちを恨むなよ。……何せ、この「神格」パーツは一つしかないんだ』

『君は強すぎた。僕たちが恐怖を感じるほどにね。だから、ここで優雅に死んでくれ』

見知った、かつて背中を預け合った顔たちが血色の中で交錯する。ギルドマスターの偽善に満ちた笑み、副ギルドマスターの強欲な瞳。それらがソフィアの網膜上で重なり、歪んでいく。

彼女の乾いた唇が微かに動いた。嘲笑を浮かべようとしたが、喉からは鉄錆びた血の泡が溢れるだけだった。

意識が永劫の闇へと沈もうとしたその刹那、視界の端で唐突な光が炸裂した。

それは現実世界のものではない、データ流の質感を持った純白――深淵の底に差し込んだ、救いの糸。

【システム(System)再起動中……】

【魂の波動に異常を検知……時間軸を特定……2035年4月1日】

【同期率(Sync Rate) 100%】

――ドクンッ!

ソフィアは跳ね起きるように身を起こした。心臓が激しく鼓動し、胸腔を叩いている。

歪んだ鉄屑も、致命的な鋼鉄の棒もない。

目に飛び込んできたのは、十平米にも満たない簡素なワンルームだった。部屋の隅では湿気で壁紙が剥がれ、灰色のコンクリートが覗いている。空気には安価な合成代用食の香料の匂いと、旧式の空気清浄機が立てる低い駆動音が混じっていた。

壁には色褪せた『アデン・エラ(Aethelgard Era)』の告知ポスター。窓の外からは2035年の都市特有の、サイバー感溢れる高架リニアが滑る音が聞こえる。

ソフィアは自分の両手を凝視した。指先は長く、戦いの傷跡一つない。前世で人を助けるために負った酸による火傷の跡すら消えていた。

震える手で枕元のスマートフォンを掴む。画面が点灯した。

2035年4月1日、09:15。

『アデン・エラ』全世界同時サービス開始まで、残りちょうど三日間。

「……戻ったんだ」

掠れた声が、死の淵から蘇った戦慄と、地獄から這い上がってきた狂喜を孕んで漏れた。

夢ではない。

魂の深奥に刻まれた裏切りの痛み。そして、これからの十年間における「エタリア大陸」のあらゆる地図、ボスのギミック、隠しクエストの発生条件。それらすべてが、発光する網のように脳裏に鮮明に刻まれている。

ソフィアは緩慢な動きで窓辺へと歩いた。陽光が目に眩しい。目を細め、街角に投影された巨大なホログラム広告を見上げる。それは発光する長弓を構えたエルフの戦士だった。

「『アデン・エラ』――人類の第二の生命(Second Life)」

彼女は小さく呟き、その瞳から迷いを消し、極致の冷徹さを宿した。「ある者たちにとっては天国でしょう。けれど――貴方たちにとっては、地獄になるわ」

ソフィアは一秒たりとも無駄にしなかった。

狭い台所へ向かい、冷蔵庫から期限切れ間近の栄養ペーストを取り出して一気に飲み下す。工業用甘味料の味が眉を顰めさせた。

今の彼女は、社会の底辺で足掻く貧乏学生に過ぎない。

パソコンの前に座り、三十分かけて現実の資産を確認する。手元にあるのはわずか三万クレジット。亡くなった両親が残してくれた最後の手切れ金であり、本来なら学費に充てるはずの貯金だった。

「学費? 仮想経済に支配されようとしているこの世界で、学位なんてレア設計図一枚の価値もないわ」

ソフィアは冷笑し、中古の取引サイトを開いた。

旧型のバイク、絶版の教科書、不要な電子機器。名義にあるすべての資産を市場価格より三割安く設定して売りに出す。

「このバイク、前世ではサービス開始から二年で廃車にしたわね。今売るのが正解よ」

二時間も経たないうちに、スマートフォンがひっきりなしに転送通知を鳴らす。三万は、八万になった。

続けて、彼女はある番号へダイヤルした。

「『オーロラシリーズ V4』のシミュレーターを注文したい。ええ、十二万のハイエンドモデルよ」

電話口のオペレーターが驚愕の声を上げる。「お客様、正気ですか? V4シリーズはプロチーム向けの特注品で、現在全世界で欠品中です。納品まで三ヶ月は……」

「S級招待コード(Invitation Code)を持っているわ。シリアルは AX-99801」

ソフィアは冷静に数字を告げた。それは前世で大手攻略グループが三年後に発見した、開発者用のバックドア・コードだ。

電話の向こうが静まり返り、やがて急ぎ足でキーボードを叩く音が聞こえてきた。

「……照合完了しました。ソフィア様、失礼いたしました。特権コードを確認。専用車にて十二時間以内に配送いたします」

電話を切ると、ソフィアは冷徹な眼差しを向けた。

このV4シミュレーターこそが、初期の技術格差を広げる鍵となる。それは99.9%の神経同期率を誇る。プロのプレイヤーたちが80%程度の同期率で「感覚の遅延」に苦しんでいる間に、彼女は既に人機一体の境地に達することができるのだ。

夕暮れ時、貧民街には不釣り合いな武装貨物車がアパートの下に停まった。

エンジニアたちが黒く巨大な筐体を運び込み、ソフィアの古びた木の扉を開けた時、彼らの蔑みの色が隠しきれずに漏れていた。

「ソフィア様……これを、ここに設置するのですか?」

ソフィアは顔も上げず、部屋の中央を指差した。「そこに。調整は不要よ、自分で行うわ」

「しかし、この機器は非常に精密で、操作を誤れば……」

エンジニアは言いかけ、ソフィアの視線とぶつかった瞬間に口を閉ざした。

それは、どんな目だったか。氷のように冷たく、鋭く、魂の深淵まで見透かすような眼差し。少女が持つべきものではない。それはまるで、屍山血河を歩んできた「女王(Queen)」のそれだった。

エンジニアたちが慌てて立ち去った後、ソフィアはドアをロックし、幽かな青い光を放つ黒い筐体へと裸足で歩み寄った。

中に入り、横たわる。冷たい冷却液が緩やかに満たされ、彼女の肌を包み込んでいく。

連結リンク開始」

【ウェルカム・トゥ・『アデン・エラ』】

【プレイヤーID(Name)を設定してください】

ソフィアは目の前の真っ白な仮想空間を見つめる。裏切り者たちの笑い声が脳裏を掠める。自分を「影にすぎない」と嘲笑った男たち。

彼女は入力欄に、一文字ずつ、その名前を刻んだ。前世で数多の者を震え上がらせ、そして最後に墜落した、あの名を。

『ソフィア(Sophia)』

復讐するのに、名を隠す必要などない。この名を、奴らの永遠の悪夢にしてやるのだ。

【IDチェック……使用可能(Available)】

【初期スポーン地点(Starting Point)を選択してください】

ソフィアの指は、迷わずマップの最中心点、プレイヤーの絞り機と呼ばれる地獄――『アデン城:南区スラム』を指した。

【カウントダウン:00:00:01】

【Welcome to Aethelgard.】

強光が炸裂する。

再び目を開けたとき、そこにあるのは安価な栄養剤の匂いではなく、腐敗と湿気、そしてカビた木の匂いだった。

足元の石畳の間を汚水が流れている。両脇には崩れかけの木造家屋。遠くからは酔っ払いの怒声が聞こえる。

ここが、アデン城スラム。

ソフィアは俯き、自分の纏ったボロ布のような麻の服と、腰に下げられた鞘すらない錆びた鉄剣を見つめた。

彼女の口角が、極めて微かに、冷たく釣り上がる。

「第一章は終わったわ」

彼女は空気に向かって、静かに告げた。

「さあ……ここからは私が、あの裏切り者たちに『破滅』という名の葬鐘の酒を振る舞う番よ」

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