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かくてカラスはうたいだす  作者: トトホシ
出動

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8/65

予感

「長殿、この度はまことに申し訳ありませんでした。子供たちを攫い、仲間を傷つけてしまって。同じ人間として……」

「同じじゃない」


 大鵬の長が私の言葉を遮った。はっとして顔を上げる。長が私の瞳をのぞき込む。しばらくの沈黙が続いた。


「おまえはわしらを助けてくれた。密猟者とは違う種類の人間だ」


 そんな言葉をいただけるとは正直驚いた。驚きが顔に出ていたのだろう、長殿が少しだけおかしそうにして微笑んだ。そんな彼の表情を見るのは初めてでますます驚いた。


「撃たれた仲間も看病してくれているのだろう」

「はい。完治次第ご帰宅いただきます」

「私たちは外傷に強い。すぐに元気になるだろう」

「はい」

「人間殺しの娘よ」

「はい」

「遠くからお前の戦う様を見ていた。なんのためらいもなく敵を殺していく様、いつもながら見事だった。だが」長がふっと遠くを見つめる。「あまり殺すな。たとえ相手が憎かろうと。いや、憎いのであれば余計に殺すな。憎しみは憎しみを生む」


 そう言うと、やがて大鵬の長は仲間の元に去っていった。

 ヒナたちがこちらに向かってなにか大声を出しながら、翼をばたつかせる。傍らにいる親らしき大鵬がこちらを見て一度ぺこりと頭を下げたところを見ると、悪口ではないのだろう。手を振ると、ヒナたちは仲間とともに森へと戻っていった。


 あまり殺すな、か。まさか大鵬に言われるとは思っていなかった。


 無意識のうちに手のひらを見つめると、土をさわった記憶はないのだが、いつの間にか指先が泥で汚れていた。大きくため息をついて、血のこびりついたまま腰にかけてあるサーベルに手をかける。

 長殿に言われたとなると改めた方がいいかな。汚れた手で汚れたサーベルをかちゃかちゃと動かしながら考える。

 そして、若い頃に助けた大鵬が今立派に長になっていることが嬉しくて、場違いにもひとりくつくつと笑ってしまった。


 しかし、隊長に言われてもあまり改める気はなかったのだが、森の王者である大鵬、それも長に言われたとなるとまじめに検討せざるをえない。そう思いながらも、この付着した血液と脂肪を早く洗い落とさねばサーベルが使いものにならなくなってしまう、と思っている自分がいる。


 次も殺す気満々ということだ。仕方ない。それはもう体の細胞にも脳味噌の細胞にも染みついたことなのだ。


「さて、甲機動車回収車の出動も要請したし、捜査局にも連絡した。どちらももうすぐに到着するだろう」


 考え事をして突立ったままでいる私の背中を軽くたたき、シキが腕時計に目をやった。

 警察が到着するまで暇だ。さすがに疲れたので少し休みたいが、私が乗ってきた装甲車の中には先ほど捕まえた密猟者がいるので、戻ることはできない。仕方がなく車両に背をもたれて空を見る。


 少しくすんだ青空には、厚みのある雲がいくつも浮かんでいた。大鵬の群はもう遠くに飛んで行ってしまって姿は見えない。一羽、大きな翼を持った猛禽類が空を横切り、太陽を遮って私の体に陰を落とした。風が止んだ。目を閉じるとじんじんと筋肉の微細動が聞こえてきて、気持ちが悪くて首を振る。


 それからしばし静寂が訪れた。風が戻ってきて草原を揺らす音が聞こえてくる。他の保安官たちも草原に座り込んで、空を見上げたり、アリの行列を眺めたりしている。捜査局に連絡をした後はいつもだいたいこうだ。彼らが到着するまでそこそこ時間がかかる。殺しさえしなければ残るのは隊長くらいなのだが、今回は二人もやってしまったので全員残らざるをえない。


 私も畳の目でもいいから数えたくなってきた時、大きな翼が風を斬る音だろうか。普段の風の音とは違った音が鼓膜を揺らした。聞き慣れない音に首を傾げる。次いで聞こえた先ほどのヒナの声に似た鋭く高い音。顔を上げて音の出所を探り周囲を見渡す。

 これは悲鳴だ。だれかがどこかで助けを呼んでいる。この状況でまた戦闘が始まるのか。ユイスもそう続けてルネを施せる訳でもないし、さすがの私も動揺せざるをえない。


「どうした。なんかあったか」


 私の異変に気がついたシキが声をかけてきたのだが、私は彼を見て自らの唇に人差し指を当て、もう片方の手を耳に当てた。それに気が付いたシキが言葉を止めて辺りを見渡す。


「なにか……鳴き声が聞こえませんか」

「鳴き声? いや。俺には聞こえないが」

「切羽詰まったような、助けを求めるような。おそらくこれはヒナの声です」


 目を閉じて五感を研ぎすませる。この悲鳴はどこから聞こえてくるのだろう。勘違いではないはずだ。音は絶えず聞こえ続けている。


「隊長、少し付近を偵察してきていいですか」

「せめて捜査局の連中がくるまでは……」

「待てません」

「だよな」 


 シキが頭を掻いて空を仰いだ。


「じゃあ俺も行く。偵察なら二人で十分だろう」

「ありがとうございます」

「密猟者を降ろしてくれ。装甲車を使わせてもらう。お前たちは悪いが回収車に乗って帰ってくれ」


 シキが操縦手に声をかける。


「なにかあったんですか」

「いつものやつだ」


 シキが苦笑いをして、私を指さした。


「人間の声には耳をかさないが、動物の声に必要以上に敏感だ」


 ああそれでは仕方がないと一同が納得する。


「警察には適当に言っておいてくれ。幸いなことに今回は生存者がいるから、話はそいつから聞いてくれと言えばいい。追跡劇一部始終録画もしてある」

「了解です」 


 サフアンが敬礼をして、密猟者を車両から引きずり出した。


 空になった装甲車にシキと二人で乗り込む。本来私が運転すべきではあるが、今回はシキ隊長に任せて私は風の流れに乗ってくる音に耳をすませた。野生動物並の五感だと常々言われている身だ。ちょっとやそっとのことで、大事なことは聞き逃さない。

 荒野を抜けて草原地帯に入る。草や木の匂いをまとった風が心地良い。

 しばらく行くと、風の流れに乗ってわずかながら声が聞こえてきた。


「やだ~」


 確かにヒナの声だ。


「まま~」


 ご飯をねだっている声じゃなく、悲鳴に近い。


「隊長、この辺ですね」

「うん。今のは俺にも聞こえたよ」


 怖がらせないよう途中で車両から降りて徒歩で向かう。なるべく足音をさせないように静かにゆっくりと。声がだんだん近くなる。もうすぐだと思ったとき、別の声が聞こえてきた。


「いいかげんにしなさいっ」


 思わぬ言葉に歩みを止め、私たちは顔を見合わせた。


「いつまでそうしているつもりなのっ」

「いや~、いや~、ままぁ~!」

「いやじゃないっ」

「ままぁ~、ままぁ~!」

「もうっ!」


 どうやら緊急を要することではなさそうだと思いつつ、止めていた足を再び進める。風の音に紛れて進んでいるので、相手はまだこちらには気がついていない。やがて、葦の覆い茂るその向こうに、大きな黒い固まりが二つ見えた。


「あれは……」

「ヤタガラスですね」


 ヤタガラス。三大神鳥のひとつ。なぜか足が三本も生えている黒く大きな鳥だ。先ほど会ったばかりの大鵬よりもさらに数が少ない、特別保護対象動物。保護区域で保護され、野生復帰は困難と判断されても、素人がむやみに保護してはいけなく、国への申請が必要になるのはもちろんのこと、研究施設での保護も禁止。純粋に治療目的のみの病院での保護にしかまず許可はおりない。さらに、その野生性など独自性を損なう行為も御法度で、たとえ自然保護周知の為とはいえ、放送媒体への出演なども厳禁だ。


 国をあげて保護をしている貴重品種である。生息数は未知ではあるがごく少数。よく保護区域に出入りしている保安官ですら、こうやって実際に目にする機会はなかなかない。

 そのヤタガラスが二羽、こちらにまったく気づかない様子で喧嘩を続けている。

 一羽は羽を畳んだ状態で、人間の大人と同じくらい大きい。『八咫ヤタ』と言われるのも納得する。翼を広げたら空を覆い尽くせるのではないだろうか。

 もう一羽は子供だろうか、一般的によく見る直径三十センチ程度のカラスだ。普通のカラスとは見分けがつかないが、しゃべっていたところを見るとヤタガラスの子供に違いない。

 二羽の様子を注視しながら、シキが小声で話しかけてきた。


「人間の姿は見えないな」

「危害を加えられたってわけではなさそうですね」


 会話の内容から察するに、どうやら親子喧嘩をしているらしい。しかし、子供の叫び声がすさまじい。いくら親子喧嘩とはいえども、これは尋常ではない。まるで虐待を受けているみたいだ。

 このまま少し様子を見た方がいいのか、仲裁に入った方がいいのか、それとも不用意に手出ししない方がいいのか。

 迷っていると物音に気がついたのか、親ガラスが鬼の形相でこちらを振り返った。


「誰っ!」


 揺れる芦の間から、ヤタガラスの黒い瞳と目が合った。


「やばっ」


 思わず声が漏れる。

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