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かくてカラスはうたいだす  作者: トトホシ
解放

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最後の歌

 ペンダント型の情報端末が、今まさに地平線の向こうに沈もうとしている橙色した太陽の光を受けて赤く青くきらきらと表情を変えて光る。

 私は大きく息を吸う。これで最後だ。自爆プログラムへアクセスし、全て暗号を解除し、自爆の命令が成功したら、システムとの繋がりもこれで終わる。つまり、惑星カヅキとの繋がりもここで終わるのだ。


 しばし息を止めた後、吸った息を細く長く吐き出だした。全ての酸素を吐き出してすぐ、肺は目いっぱいの酸素を求めて大きく膨れ、酸素を欲する血液が指先までの血管を這いずり回る音に全身が熱くなる。息継ぎは生き継ぎなのだとふと思い、大きく脈打つ心臓に手を当てる。



世界の終わりに君を想う

たとえ 君がわたしを忘れても わたしは 君を覚えている

君のいる世界が わたしの幸せであるから

そこが地獄の釜の中だとしても そこはわたしの楽園

この混沌に生きて幸せはどこにある 君がいるなら安らぎはここに在る

もしも

君が海で溺れたならば すべての海を枯らせてしまおう

君が暑さに倒れたならば 太陽の陽を凍らせてしまおう

死して君の立つ大地に還る 

もしも

この世界で生きていくことが苦しいならば

もしも

この世界で歩いていくことが哀しいならば 今すぐ世界を壊しうてしまおう

これは君という命の賛歌

恒河沙の希望 那由他の祈り 阿僧祇の眠り


この儚き生と この墓無き死をもって 私の命が途切れ 星へ還る時がもうすぐ くる

そのときには わたしが

君が走る大地の土となろう 君がかける空の蒼となろう 君が吸う空気の流れとなろう 君を包む大気の優しさとなろう 君の羽休める木々の枝となろう 君が頬張る木の実のひとつとなろう 君の心癒す花々の香りとなろう 君ののど潤す命の水となろう 君の奏でる音の響きとなろう 君の唄う歌の声となろう

君の見つめる世界の色となろう 君の見つめる世界の一部となろう

飲み込まれる土の中 やがてわたしから芽が息吹き 君がその芽を摘み取ってくれるのなら 君がその芽を食べてくれるのなら 

わたしは

君を構成する分子の一部となろう 君の血となろう肉となろう わたしは世界に根を張ろう 世界のすべてを覆い 世界のすべてを包み込もう 君の生きる世界では わたしが命の種となろう

気づかずわたしを踏みしめて 気づかずわたしを取り込んで

星々は青白く静まり返り 世界の終わりに君を想う

最期の夕日の一滴が 海にとろけ落ちるまで わたしは歌おう 

君が愛したこの世界が 命をつなげる限り 私はこの世界を守り続ける

魂はいつか君と溶け合うときを夢見ている

さあ 今こそ僕は 君の解放を祝う花火になろう



 後頭部の内側で、見たこともない男が微笑みシステムを爆破させるボタンを押したのが見えた。


「エルス」


 思わず言葉が漏れた。その男はエルスに似ていた。そんなはずはないのに。どうやら彼は私が思っている以上に私の中にいついているらしい。


「さようなら」


 そう呟く。


 さようなら。今度は心の中で叫ぶ。悲しくないのに涙が溢れ出して来た。

 男はこちらを振り返り微笑んだ。


 かちん、ことり、と脳内に物音が響く。電子音というよりはアナログ音に似て驚く。

 これは全て解除された音なのだろうか。つまり、自爆システムが作動するということだろうか。 

 空を見上げて答えを待つ。


「ポエムですねぇ」

「死んだ人へのうただ」

「恋のうたかしら」

「家族の愛の歌にもきこえますな」

「命のうたですね」

「ちょっとヤンデル人のうただ」

「まぁ、ストーカーっぽく聞こえなくもないわね」

「え、純愛では……」

「フクロウ太さんの時代って、帰り道で好きな子待ち伏せしてた時代でしょ。ストーカーだわ~」

「それは、えっ、はっ、でも、後を付けるだけで……」

「ストーカーだわ~」

「えっ」


 みなそれぞれの感想を言い終わるが早いか、暗くなり始めた空が一瞬明るく光った。カイトスの衛星上にあるシステムが崩壊を始めたのだ。

 見上げると、大月の一部が彼岸花のように赤く光り始めた。

 月からこの星まで光が届くのはおよそ1.3秒。つまり、これは1.3秒前の爆発の光りだ。


「なにあれ、星が爆発してる!」


 ヤッタが叫ぶ。


「星の上にある装置が壊れているだけで、星は壊れていないよ」

「花火みたい! きれい!」


 青月が光を返すガラスの欠けらみたいなきらきらとした光をまき散らす。この月は破壊する姿までも冷たく美しい。ひょうたん型の奇月も爆発をし始める。装置が爆発するだけで星は爆発しないとわかっていながら、そのユニークな形が壊れてしまわないか、少しだけはらはらする。 

 確認できる範囲の月の上で、装置があるのであろう場所が様々な色を放ち始めた。改めて爆発しているのだと思い知らされる。自爆プログラムへのアクセスは成功したのだ。

 おそらく、今頃は裏側にある月の装置も自爆していることだろう。


 オリン。私の母親。あなたの望みは達成された。できるならば、あなたが生きているうちに達成したかった。だが、終わったのだ。私は空を見上げて瞼を閉じた。瞼の裏では崩壊して光を放つ月の残像が見えた。

 明日にはニュースにでもなるのかな。そう思いながら、私たちはまだ太陽の未練が残る薄明るい夜空を眺めていた。

 ねぇ、と衛星の散らす火花を眺めながら、ヤタガラスの母が口を開いた。


「ヤッタちゃんは、まだその人間と一緒にいるのね」

「うん。いる。ヤッタはまだアンスルちゃんといる」


 ヤッタの目にも言葉にも迷いはなかった。あまりにあっさりと判断を下したので拍子抜けした。


「ママとは一緒にいなくていいの?」


 あまりのあっさりさに逆に不安になり、私の方からそう問いかけた。


「いい。アンスルちゃんひとりで寂しいから、ヤッタが一緒にいてあげなくちゃ」

「そう」


 母ガラスが満足げに頷いた。


「フクロウ太さんも一緒に住む。そしたらもっとさみしくない」

「ヤッタちゃん、なにを勝手なことを」

「それもいいですなぁ」


 ひとりで寂しいとは言っていない。そう言いたかったが、ヤッタとフクロウ太の間でどんどん同居の話は進んでいく。


「ヤッタちゃんはずいぶん大人になったわね」


 母カラスがくちばしの先でヤッタの頭を羽繕いをすると、ヤッタは嬉しそうに喉を慣らして目を瞑った。


「甘えん坊じゃのう」

「ヤッタ、まだ子供だもん。だから、まだアンスルちゃんといるよ。いいでしょ、ママ」

「もちろんよ」

「それじゃあ」


 と母ガラスが立ち上がった。花火のように光を散らす衛星を背後に翼を広げるその姿は、思わず見惚れてしまうほど神々しかった。


「ご子息お預かり致します」

「よろしくね」


 手を振るようにして翼を羽ばたかせ、母ガラスは振り返ることなく、夜の空へと消えていった。


「ママ、行っちゃった」


 米粒になるまで母ガラスを見つめていたヤッタが、悲しげに呟いた。


「やはり寂しいかい、子ガラスよ」

「ううん。ヤッタ、アンスルちゃんもフクロウ太さんもいるから、寂しくない」


 そう言ってヤッタが服の袖を引っ張った。


「帰ろ。帰ろ。ヤッタ、おなかぺこぺこ」

「そうじゃのう。おなかがすいたのう」

「そうだね、帰ろうか」


 ヤッタとフクロウ太をそれぞれ両肩に乗せて立ち上がった。重い。

 帰る途中に一度だけヤッタが森を振り返ったが、私はそれに気がつかないふりをして歩き続けた。


「ヤッタが鳴ーくかーらかーえろぉー」

「なんじゃね、その歌は」

「ヤッタの帰宅テーマソング」


 ご機嫌でヤッタが歌い、フクロウ太までもがつられて歌いだした。


「アンスルちゃん、帰ったらおビール飲む」

「うん、飲むよ」

「ほどほどにしなされよ」

「フクロウ太さんも今日から一緒に住むんだよね!?」

「なんでそうなるの。フクロウ太さんもヤッタちゃんと一緒で特別許可をと……」

「そうしますかな。本鳥が申請すれば環境課も拒否できまい」


 これは私一人でどうなることでもない。だが、ま、そうしてくれればわざわざヤッタがフクロウ太に会いたいとせがむこともなく、施設に来なくてもいいというわけか。彼らの言葉を真に受けて、申請が通るかどうかと考えている自分に気づいてひとり苦笑する。


「そういえば、フクロウ太さんって、何歳ですか」

「千九百歳くらいかのう」

「ヤッタには、二千五百歳って言ってた」


 どちらにしても私より年上だ。


「余命百年程度の老いぼれフクロウだわい」


 遠くで鳥の鳴き声が聞こえた。銃声から逃げる声ではなく、子を呼ぶ親の歌声だ。風が吹いてきた。若草の香りのする心地よい風だった。木々が風に揺れる度に若葉が月に向かってめいっぱいに手を伸ばし、清流ではさらさらと音をたてて水が流れ、その底で魚たちの鱗がきらきらと銀色の光を返す。


 この平和が千年も続きますように。


 携帯端末の音が鳴る。シキからだ。きっと衛星の上で起こった爆発を見ていたのだろう。今は無視をして音を切る。さようなら、ありがとう。


 ヤッタとふくろう太と一緒に帰宅テーマソングを口ずさむと、根拠もないのにこれからのこと全てがうまくいくような気がした。

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