システム解除
日が沈む前に解読は終わった。フクロウ太も今は使っていない言葉ではあるが、解読する部分もそう難しくもなく、長い文字ではなかったようだ。それでも疲れたことには違いないようで、まるで死体のように白目を剥いてベロを出し、草原に横たわっている。ヤッタが隠し持っていたウエハースをフクロウ太の口の中に差し込と、ベロを出したままでかろうじてもぐもぐとくちばしを動かした。
暗号は全て解けた。これでシステムの自爆を誘導できる。
やってみるまでは正解なのかわからないが、もしこれが駄目だったとしても、システムを破壊する可能性がゼロじゃないことに喜びを隠せなかった。
私はなにを恐れるでもなく、普通のヒトになれる可能性がある。
「いつ壊すの、システム」
暗号の書かれたペンダント状の記録媒体を足でもてあそびつつ、ヤッタの母が月を見上げた。
「今すぐにでも」
ゆるむ口元を押さえきれずに彼女を見る。
「さっすがオリンの子どもね、決断力ある」月から私に視線を落として、彼女は翼を大きく広げた。「未練はないのね」
「なんにも」
もともと欲しくて手に入れた能力ではない。私には扱いきれない。
「殺したいやつ殺してからでも遅くないけど、いいのね」
「足がつくでしょう、さすがに」
苦笑するが彼女は冗談で言ったわけではなさそうだ。その証拠ににこりともしない。
「証拠が残らないのが天からの光の槍でしょう。その後壊しても、壊しちゃったからそれ私じゃないです~。知らないです~。って言えばいいんじゃないの」
「責任ないと思って適当なこと言いますね……」
「殺してからすぐ壊せば多少の時間差なんて、この星の人間にはわからないわよ」
さすがに首を振った。
「オリンが汚さないようにと願った手ですから、もう汚れてはいますが……これ以上はやめておきますよ」
それを聞いてヤタガラスは一瞬驚いたような顔をして、それからすぐに破顔した。なぜかその顔が私の母と重なる。私は今になってようやく、オリンの子であることが誇らしいと心から思った。
「衛星システムがカイトスの脅威だと言っておきながら、壊したら壊したでカイトスのお偉いさん方は怒りそうね」
「大枚はたいてカヅキの遺伝子まで解読しましたしね。まあ、いい気味です」
「同感だわ」
瞼を閉じて衛星システムへの接続に集中すると、脳みその奥で緑色の光が点滅した。すべて正常だ。
オリンが解読したプログラム通りに、自爆プログラムを作動させていく。わけのわからない文字と数字の羅列を、わけのわからないままに入力していくと、ぱちん、と後頭部でひとつめの解除がなされた音がする。
一気に鼓動が高まった。思わず目を見開いて空を見上げ、月の上にある見えるはずのないシステムを見ようと目を凝らす。
大きく深呼吸をして自らを落ち着かせて、ふたつめ、みっつめの解除へと順調にすすむ。オリンの解読は間違っていなかったのだ。実はすごい母親だったのだな、とプログラム入力の傍ら、脳みその端っこで感慨にふける。
そしてようやく最終局面だ。数字だのわけのわからない文字だのといった部分が終わり、ここからは、かつてカヅキに住んでいた種族たちの古代言語の部分が始まる。徐々に動悸が強くなる。
これから先はちょっと怪しいと言っても言い過ぎではないだろう。なにせ、解読した本人たちが「たぶん大丈夫でもちょっとあやふや」と言っているのだから。ここで間違えたらどうなるのだろうか。下手にロックがかかって衛星に直接行ってアクセスしなければ解除できないというオチにならないとも限らない。深呼吸をして解除を続ける。
しかしながら、解除といってもここからは古代語を訳したものを一文字ずつ違わぬように入力していくだけだ。
まずひとつめは、恒龍人種の古代文字だ。
『世界の終わりに君を想う』
暗号というよりは文章。文章というよりは言葉の断片。言葉の断片というよりはポエムのような文字列。
拒否される音は聞こえない。文字列は合っているのだ。間違えでもしたら衛星のレーザーが私に向けて打ち込まれるのではないかという恐怖のもとで解除を続ける。
一文字ずつ、丁寧に。
『君が海で溺れたならば すべての海を枯らせてしまおう 君が暑さに倒れたならば 太陽の陽を凍らせてしまおう』
何かが弾けたように、脳の裏側で古代文字段階における鍵のひとつが解除されたと思しき音が響く。
「フクロウ太さん、完璧です」
「もちろんですわい」
「フクロウ太さんすごい!」
続いて天馬の古代文字。
『死して君の立つ大地に還る』
『君という命の賛歌』
ここまでは順調だ。
次に月梟。
『恒河沙の希望 那由他の祈り 阿僧祇の眠り』
月のイルカ。
『この儚き生と この墓無き死をもって』
その他諸々、数十を越えるカヅキの固有種たちの言葉で解除していく。
すごいなぁ。こりゃポエムだなぁ、と暗号を指示する言葉を邪魔しないように、脳みその裏側で思う。
この暗号、とは言えないかもしれないが、自爆プログラムの暗号を作製する人物がこれを暗号にしようと思った理由はなんなのだろう。暗号を制作した人が考えたのだろうか、それとも、暗号を制作した人の推しの歌だったのだろうかとか色々考える。このポエム前まではおおよそ誰もが理解できない数的プログラムを組んでおきながら、最後にこのポエムだ。
とりあえず先に進む。そして最後、ヤタガラスの古代語だ。
順調だと思った矢先、数文字目で突然脳内に強烈な警告音が鳴り響いて、意味もないのに咄嗟に耳をふさいだ。
「うえっ、ヤタガラスの古代語、間違ってるみたいです」
「うむ。そのようね」
あっさりと母ガラスが言ってのける。
「多分、ふわっとした記憶しかないのだけれど、システム解除、つまり自爆装置起動……ややこしいわね。まあ、その古代語部分の言葉、今聞いていて思い出したのだけれど、古い詩だと思うわ。小さい頃に誰かが詠っていたのを聞いたことがある記憶がうっすらとある気がする程度にあるようなないような」
「はっきりしてください。入力可能あと二回らしいです」
「多分あるわ」
それでもまだ曖昧に母ガラスは頷いた。
「フクロウ太さん、聞いたことないかしら。むかーしむかし、おばあちゃまが謡ってくれた記憶が私にはあるのだけれど」
「孫にうたった記憶がありますなぁ」
どれどれ、とヤタガラス語で書かれた部分をフクロウ太が添削する。
「ああ~、ここ、ビミョーなニュアンスですがちと違いますなぁ」
「あれま。恥ずかしいわ。自分の種族の言葉を読めずに、他種族の方に読んでもらうだなんて」
「若いのは知らなくて当然ぞ」
ふぁっふぁふぁ~とフクロウ太が笑った。
私は改めてふくろう太が添削した箇所を脳内で復唱し解除を試みた。
『さあ、今こそ私は君の解放を祝う花火になろう』
「もう一回、最初から全部、うたってみて」
母ガラスが言う。私は応える。




