フクロウ太の本気
「でも、あなたをいないものとしなくてもいい方法があるかもしれないわ」
「え」
母ガラスが巨大な体を揺らして、その大きな足で首元を探った。
「システムを使えるからオリンはあなたの身を案じて、存在を隠しておきたかったわけでしょ。ならシステムが使えなくなればいいのよね」
彼女はそう言って、どこに隠していたのか、ふわふわの羽毛から親指の先ほどの小さな石のペンダントを取り出した。
「これね、オリンから貰ったの」
それはアクセサリーを模した記録媒体だった。まるで土の中から発掘されたばかりの青い石のようにくぐもった光を放つそれをそっと受け取り、携帯していた情報端末に接触させてアクセスを試みると、何かの暗号が浮かび上がってきた。いや、これは暗号ではなくプログラムだ。一体何の……。
「惑星カヅキの衛星システムダウンのプログラムよ」
画面をのぞき込んで母ガラスが言った。
「オリンはね、ずっと研究していたのよ。こちらからシステムをダウンさせることはできないか、あわよくば自爆させることはできないかって。で、システムにアクセスして、自爆させるためどうしたらいいのか、地道にこつこつとね、解読はいいとこまではいったのよ。プログラム言語的な部分は解読してあるけど、その後に続く部分がてんでわからないから、協力してくれないかってこれを貰ったの」
そうだったのか。だが、私は首を振った。オリンが解読できないのなら私にできるわけはない。全くもって機械音痴の私には詳しいことはわからないが、彼女はプログラミングやコンピュータのシステム的なことに関してはかなり詳しかったはずだ。いつも難しい顔をして画面と向き合って、私には理解できない文字の羅列と格闘していたのを、同じく門外漢の祖母と二人で口を開けて眺めていたのを思い出す。何をしていたのかてんでわからなかったが、もしかすると、その時もオリンはシステムをダウンさせようとひとり奮闘していたのかもしれない。
「とりあえずなんかよくわからなかったから放置してたんだけど、オリンが死んだと聞いてからこれの存在を思い出して、もっかい見てみたの。そしたらね、解読できなかった部分がもしかしたら、プログラムとかややこしいもんじゃなくて、単純に惑星カヅキに住んでいた種族のそれぞれの古代文字がちょろっと隠されてるんじゃないかって気がついたわけよ」
「種族の古代文字?」
そんなものがあったとは私も知らなかった。母はカイトスで産まれたし、産まれた時にはもうカヅキ時代を知っている人もいなかったわけだから、古代文字を知らなくて当然だ。しかし、カヅキを代表すると言っていいシステムであったから、カヅキに住むあらゆる種族の叡智が結集していてもおかしくはない。
「確信はないわ。多分ねってとこよ。古代文字じゃないかってわかったのもパズル好きの私の友達が偶然気が付いただけだから。それに私も今のヤタガラス語はもちろんわかるけど、古代語になるとてんでだめなのよね。おじいちゃまに頼んでみたけど、おじいちゃまでもボケてるから、おそらくこんな感じじゃないかってな程度。ま、多分だいたい合っているとは思うわ。んで、他にも大鵬とか天馬とかの種族の古代語っぽいのもあったから、それぞれの友達に頼んでその部分は解読して貰ったわ。本当はオリンが生きているうちに気がつけばよかったんだけどね。私にはよくわからないからあなたにあげるわ」
「あの、じゃあ、もう解読はできたということですか」
ヤタガラスが首を傾げてうーん、と唸り、小さく首を左右に振った。
「それがね、途中わからないところがあるのよ。恒龍人種のとこなんだけど」
その言葉に心臓が強く脈打った。私の半分に流れる血だ。母ガラスがうかがうような目で私を見る。おそらく、そのことも知っているに違いない。
「恒龍人種は知り合いがいないし、読める人がいないのよ」
「そう……なんですか」
「あなたのお父さん、オリンの旦那ね、カヅキからやってきた恒龍人種の末裔ってことは知ってるわね。恒龍人種はもともととても数の少ない種族でカヅキが壊れた後に血も薄まっちゃって、今は滅びたに等しいって言われてる。カヅキが破壊される時にカヅキじゃなくて違う星に行っちゃった人たちもいたみたいなんだけど、もう彼らの末裔がどうなったかもわからないの。でも純粋な恒龍人種はもういないでしょう」
「私は半分どころの話じゃないんですね。私に行きつくまで恒龍人種の血はそうとう薄まっていたと」
「長命だから相当ではないとは思う。オリンの旦那が純粋な恒龍人種であっても不思議じゃないわ。でもね、私も会ったことがあったけれど、彼とても高齢だったの」
「そうだったんですか」
母から父の話を聞いたことはない。ただ、長命の恒龍人種としか。出会いや何歳かなど私は全く知らないのだ。
だが高齢だったことにはわずかばかりの驚きは感じた。それを素直に口にすると、ヤッタの母親にしてはめずらしくもどかしそうな仕草で、ぽりぽりと三本あるうちの一本の脚で頭を掻いた。
「あのねぇ、それでねぇ、たぶんねぇ」
「はい」
「腹上死だったんじゃないかってねぇ」
「は?」
母ガラスは日が落ち始める準備をし始めた空を見上げて、ふむーんと鼻から大きな息を吐き出した。
「カイトスに来てからまぁ色々こっちの人間にも種付けしてたとかでねぇ。ぶいぶいでねぇ。オリンも言葉を濁してたけど、まぁ、本望だわねぇ」
「はぁ」
「異星人じゃなくてカイトス人で長命種がいたら、ちょっとあいつの血が混じっていると思っていた方がよいかもしれないわね。でも、ま、長命人種と短命人種の間に産まれる子供はだいたい短命だし、可能性は限りなくゼロに近いと思うけど」
「それはそれは……、あ」
ふと疑問が浮かび私は母ガラスの顔を見上げた。
「エルス、って名前、聞いたことありますか?」
「エルス?」
母ガラスが首をひねり、うーんと唸った。
「ないわねぇ」
「小さい時にヤッタちゃんを助けた男の人間なのですが」
「ヤッタを? うう~ん。あ、ああ~、袋詰めにされた時の」
「そうです。知り合いではありませんでした?」
「私は直接会ったわけではないから、わからないわねぇ。ただ、知っている名前ではないわ」
「そうですか」
奇跡は滅多に起こらないと分かっていながら、もしかすると私の父である恒龍人種がエルスそのものではないかと物語のような夢想したときもあった。もしくは、父である恒龍人種と別の女の人の下に産まれた子供がエルスであったとか。
長命人種だからと言って惑星カヅキの人間とも限らないし、ましてや母ガラスの知り合いなんて確率は少ないことはわかっていたが、彼女がエルスを知らないことに、少しだけがっかりした。私はどこかでエルスとのつながりを欲しがっていたのだ。
だが、すっきりしたのも確かだ。エルスのことはきっぱりとここでおしまい。リアの記憶と共に。
「で、話をもとに戻すけど、読めるのか読めないのか」
改めて母カラスからペンダント型の情報端末から接続され、画面に映し出された文字を見た。
突如、頭の中に電流が走り、古代の人々の言葉が脳内に響いて、眠っていた私の遺伝子が目覚めて新たな能力が発現し「読める、読めるぞぉ」といった具合に文字が読める、といった流れには全くならなかった。
ただの象形文字か、みみずの這ったような文字に首を傾げるしかない。
「読めませんねぇ」
「でしょうねぇ」
半分血が流れているから文字が読めるのなら世界の大部分の混血人種は苦労しない。
「そういえばね、あなたの手を見て思い出したんだけど、いつだったかオリンが言ってたことがあるの。あなたに自分やこの星の人間の汚い手を触らせたくないって」
そんなことがかつてあったような気がする。最近夢でも見たような気がしたのだが忘れてしまった。軽く頷いて母ガラスの言葉を待つ。
「彼女は自分の手が汚いと思っていたみたい。まぁ、沢山この星の人間を殺していたからね。でも、惑星カヅキから移住してきた者にとっては、彼女は私たちをカイトスの人間の虐殺から救ってくれたまさに救世主だったわ。彼女の手は汚れてなんていない」
「あの」
「なぁに」
「やっぱり、ヤッタちゃんを連れていっちゃうんですか」
話の流れを断ち切って問われたことに驚いたのだろう、母ガラスがきょとんとした顔で私の顔を見た。黒く大きな瞳。薄く茶色をはらんだ透明な漆黒。高貴な宝石のような瞳から目を逸らせない。
母ガラスは優しく微笑んで、私の体を大きな翼で包み込んだ。ふわりと暖かい風が頬を撫でて、なつかしい香りがした。
「それはヤッタ次第よ。私は連れ戻しにきたわけじゃないわ」
遠くからヤッタの声が聞こえてくる。もうそっちへ行っていいか、と言っているようだ。先ほどからそれほど時間も経っていないのだが、一度母に置いて行かれた記憶が、幼い子ガラスを不安にさせているのかもしれない。
「もういいわよ。いらっしゃい、ヤッタ」
「ままー、アンスルちゃーん」
「ハァ、ハァ、体力が……ハァ、ハァ」
ヤッタがジャンプして母カラスの胸に飛び込んだ。フクロウ太もくちばしから舌を出して、私の膝の上に倒れ込む。完全に伸びているようだ。
ヤッタが母カラスの胸に飛び込んだ瞬間、私の方を選ばなかったことに少しだけ傷ついた。そんな権利も価値もないのに、生意気にも。そんなことにショックを受ける自分が情けなくて惨めで、無意識のうちに奥歯を強く噛みしめていたらしく、側頭がキリキリと痛んだ。
「なに話してたのー」
「ヤッタちゃん、あなた、これからどうしたい」
母ガラスが優しくヤッタに問いかける。
「これから? おうち帰ってご飯食べたい」
小首を傾げてヤッタが言う。
「そう。今日のごはんは何かしら」
「めざし!」
ヤッタが元気に叫ぶ。
「めざし……だけ?」
眼球だけを動かして、ヤッタの母親がちらと私を盗み見る。
「そんなわけないでしょう! めざし~マヨネーズを添えて~。裏庭に生えてたフキの煮物! 新鮮春菊のお浸し! おなすのお新香! 湯葉とトマトの大根サラダ! それとお味噌汁に雑穀米!」
「あと、アンスルちゃんはおビール」
「施設のご飯よりも豪勢ですな」
「ちょっと貧乏くさいけど、なかなか健康的なよいご飯だわ」
納得したのか母ガラスが頷いた。
「わしの晩ご飯はなんじゃろうなぁ。リアさんがいなくなってから、なーんかご飯が適当な感じがしてならないのが、ご飯しか楽しみのない老い先短い身としては切ないですなぁ」
「フクロウ太さんもヤッタと一緒にめざし食べる!」
「あ」
私とヤッタの母が同時に声を上げ、フクロウ太を凝視する。
「え」
ヤッタとフクロウ太が同時に互いを見る。
「テオドルスさんと言ったからしら。ちょいと話があるわ」
「ふくろう太さん……あなた」
私と母カラスのふくろう太を見る目がよほど猟奇的だったのか、ヤッタが素早くふくろう太に近づき、私たちの視線から守るようにぎゅっとその身をふくろう太に密着させた。
「ヤッタ、なんかまずいこと言った……?」
「え、い、言ってないはず……。な、なんですかなおふたかた……」
子ガラスと老いたフクロウががたがた震えながら互いを抱きしめる。
「フクロウ太、いえ、テオドルスさん」怖がらせないように優しく語りかけた。「失礼ながらとてもご高齢にお見受けしますが、カヅキの古代文字など読めたりします?」
ファ~? と目を丸くしてフクロウ太が間抜けな声を上げた。
「カヅキの古代語……それは目的語が大きすぎますなぁ」
ヤッタから身を離し、フクロウ太が困惑した様子で頭を掻いた。
「それは、ものによっては読めるということですか!?」
思わずフクロウ太の体を掴んでふわふわの体毛をまふまふに撫でくり回す。昼に食べたのであろうほっけのにおいがほわほわっと漂った。
「でも最近全く古代語どころかカヅキの文字にふれていないし、思い出すには時間がかかるとおも……」
「かまいません。私もできることがあれば協力します。解読していただきたい文字があるんです」
「ふぁ……たぶん、できるかと。わしにとっては古代語といっても、年代としては子どもの頃に教わった言葉ですからなぁ。幼い頃に覚えたことはなかなか忘れないものですわい」
「さすが、フクロウは知の象徴だわ」
ヤッタの母がほう、と息をついた。
「じゃあ早速これを解読してください」
「え、今から……」
思いもしなかった展開にフクロウ太の瞳が驚愕に見開かれる。
「よろしくお願いします」
「テオドルスさんが最後の希望ってことね」
「がんばって! フクロウ太さん!」
「とほほ」
ぐぅ、とフクロウ太のおなかが鳴った。




