スタァレィシァ
フクロウ太はリアがいなくなってから、少しだけふさぎがちになった。私が思っていた以上に、彼はリアを信頼していてリアも彼に情を移していた。
そんなフクロウ太を心配して、ヤッタは最近よく保護施設を訪れたいとせがむようになり、仕方なしに訪れるようになった。私としては訪れたくはない場所だが、フクロウ太のことが気になったのも確かだった。ヤッタはフクロウ太に元気を出して貰おうと、施設に遊びに行くたびに彼を外へと連れ出した。
フクロウ太はまだ飛べない。傷が治っていないからか年のせいか、はたまた飛ぶ気がないのかはわからない。新しい医者が来てからも彼は医務室に君臨し続けていた。
フクロウ太お気に入りの場所は、保護区域内でも特に緑がいっぱいで空気がおいしく、風も気持ちがよい場所だった。街中での仕事が多くなった私たちにとっては癒しの空間だ。
ヤッタとフクロウ太が草原で草の実をついばむのを眺めながら、私はリアのことを思い出した。
リアは優しかった。フクロウ太にも一生懸命治療を施していた。動物が好きだった。彼らを救いたくて獣医を選んだという言葉に嘘はないのだろう。彼女は誰よりも優しかった。それは本当だ。ただ、ほんの少し人間が嫌いだっただけだ。
彼女とは出会わなければよかった。自分に出会いさえしなければその心に復讐の炎が宿ることもなく、エルスの記憶と共にリアの運命は穏やかなものであったはずだ。
目を瞑ると、あなたのせいだと言ったリアの声が鼓膜の裏側から蘇ってくる。だがそれもやがて消えるだろう。覚えるのは不得手だが忘れることは得意なのだ。
そして先日、この国の軍の高官から、軍に入隊して衛星システムを我が国のために使ってくれと言われた。同時に惑星カイトスの様々な国からなる連盟からは、その力を使うために特定の国に属することはやめてほしいとの要請も受けた。同時にあらゆるところから、私の存在はカイトスの脅威だと思われていることも知っている。このような様子では、母の脳みそや私の遺伝情報が廃棄されたことも怪しいだろう。軍事的にみると、空からの攻撃能力なんてそう簡単に手放せる力ではない。
ばれたらこうなるとはわかっていたことだった。存在する限り永遠と狙われ続けるのだ。この力あるいは命が。それでも私に自死を選ぶ勇気はない。そして居場所もない。
鳩尾に溜まった重苦しい気分をため息とともに吐き出して、呆れるほどにどこまでも青い空を見上げた。そこにはあばら骨のような雲が空を覆っていた。なんだかあまりいい気分ではない。出生も空もこれからの人生もなにもかも、私にはどうすることもできない。いっそのこと、このシステムの影響がない、どこか異星に逃げてしまおうかと考える。そうなるとヤッタはどうすればいいのかとなり、結局答えは見つからない。
そんなことをぐるぐる考えていると、空の上からふぁっさふぁっさと風に乗って飛ぶ鳥の羽音が聞こえてきた。この音はヤッタやフクロウ太よりも大きい翼を持つ鳥だ。しばらく聞いていると、翼の音がだんだん近づき、着地して翼を畳む音に変わった。そして、かさかさと草を踏み歩く音が聞こえ、それもやがて背後で途絶えた。
「お悩みのようね」
背後からかけられた聞き覚えのある声に目を開き振り返った。
そこには一羽の大きなヤタガラスが立っていた。私よりも背の高く体の大きい成鳥のヤタガラスだ。翼を広げたらさらに大きくなるだろう。
「まま~!」
遠くでヤッタの声が聞こえる。ばさばさと翼を羽ばたかせて、走っているのか飛んでいるのかわからない格好でヤッタがこちらに跳んでくる。その後をフクロウ太が息を切らしながら走ってくるのが見える。
「まま~! 会いたかった~」
「私もよ。大きくなったわね」
「うん!」
「これはこれはヤッタ殿の母上殿。初めまして、テオドルスと申します」
「エッ」
息も切れ切れに自己紹介したフクロウを私は盛大に振り返り、その姿を凝視した。
「初めまして、テオドルスさん。わたくしはヤッタの母親のスタァレィシァと申します。いつも大変ヤッタがお世話になっております」
テオドルスだと? どう見ても『ごんざえもん』とか『たろうまる』にしか見えないフクロウ太の顔をまじまじと見た。人間には決して明かさなかった名前を、同族にはこうもあっさりと告げるのか。しかし、これだけ仲良くなっても、人間には絶対に本当の名前を言わない理由がなにか彼にはあるのだろうし、聞かなかったふりをすることにする。
「ヤッタちゃんは一人前の大人になれたのかしら」
「うん!」
ヤッタが嬉しそうに母ガラスの周りを飛び回る。その様子にふと思い出した。そうだ、一人前に育てることが約束だったのだ。
ということはこれでお別れか。
いつかは来るかと思っていたが、実際に訪れると胸が張り裂けそうになった。やはり、移ろいゆくものに情は移すものではない。
「ご飯も一人で食べられるようになりましたよ」
震えそうになる声をなんとか押しとどめる。
「そう」
母ガラスが嬉しそうに目を細めた。
「私はこの人とお話があるから、ヤッタちゃんは向こうで遊んでらっしゃい。ままたちが見えなくなるまでは行ってはだめよ。テオドルスさんヤッタをよろしくお願いします」
ヤッタがフクロウ太とともに元気よく草原を駈けていった。度々後ろを振り返りこちらをちらちらと確認するヤッタの姿を、私は母ガラスとともに眺めて笑い合った。
「あなたにはお礼を言うわ。ヤッタを立派に育ててくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ色々学ばされました。ありがとうございます。もしかするとヤッタちゃんはカヅキを統べていた月のヤタガラスの血族になるのでしょうか」
その言葉にヤッタの母親が目を大きく見開いた。
「あらま。ばれてた?」
「最初はわかりませんでしたがね。ヤッタちゃんは普通のヤタガラスにしては、知識がありすぎるんですよ」
「なるほどねぇ」
母ガラスが納得したようにうなづく。
「あなたも私がカヅキの人間だとよくわかりましたね」
「わかるわよ。惑星カヅキの月のヤタガラスの流れをくむ私には、あなたの血族はひと目みただけでわかるわ」
「ありがたいことです」
「ずっと守ってきてくれたんですものね。惑星カヅキも。私たちも。そして、このカイトスも」
私の血族は惑星カヅキのシステムを使うことを許された惑星カヅキの番人だ。そして。惑星カヅキの番人は、そのシステムで惑星カヅキの王である『月のヤタガラス』を守る家系でもあった。
この母ガラス、そしてその子供であるヤッタは、カヅキの王族であった『月のヤタガラス』の血を引いているのだ。
いつだったか、大月とルネの波長の干渉の話を聞いて理解した。普通のヤタガラスはそこまで詳しいことは知らないはずだ。
「ヤッタちゃんは自分が月のヤタガラスであること、知っているんですか」
「知らないんじゃない。『月のヤタガラス』の血族はあっても、もう惑星カヅキはないし王もいないもの。月のヤタガラスなんてもういないわ。私からは特別なにも言っていないし。でも、ま、この家系、いずれは私の子供の誰かがこのカイトスに棲んでいるヤタガラスの長にはならないといけないんだけどね。それと、あなたオリンの子どもよね。ティルシーの子供の」
唐突に母と祖母の名前がこのヤタガラスから出てきたことに、私は動揺を隠せなかった。
「どうして、私の母の名前を」
「ん? どうしてもこうしても、友達よ。オリンとは」
「え、なん、いったいどうして」
母にヤタガラスの友人がいたとは初耳だ。そういえば母とは世間話などあまりした記憶がないことを思い出す。
「オリンはここにきて何世代目かのカヅキの人間で、私はカヅキから移住してきた身で月のヤタガラスの血を引いてるしで、ずっとシステムを継承するカヅキの人間とは交流があったのよ。あなたに関しては、娘はいないものとして欲しいとのオリンの要請で、極力関わらないようにしていたわけだけれども」
偶然見つけちゃったから仕方ないわよね、と彼女は笑った。




