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かくてカラスはうたいだす  作者: トトホシ
心臓の向こう側

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死者は思い出とともに忘れていく

 ヤッタの目が一回り大きくなる程度には低い声が出た。

 声に色があるとしたら、地の底から這い上がってくる地獄の業火のようなどす黒い声だった。まさかそんなことを言われると思わなかったのか、カザモリの表情が固まる。ヤッタもあんぐりと口を開けたまま動かない。


「先に言おうが後に言おうが、お前は絶対に『実体のない(ネマテリア)天からの光の槍(シエラ ルモランツォ)』のとこに突撃していただろうが。犯人を前にして、あんだけ目がイってる奴が、冷静に話を聞いていられるとは思えねぇな。信用だと? 盗聴機しかけた野郎がなにをぬかす」

「ア、アンス……」

「私はお前に時間をくれと言ったが、話さないとは言ってねぇ。なのに疑心暗鬼になって盗聴器を仕掛けるなど仲間にすることかああ?」

「申し訳ありませんでした」


 カザモリが折り紙のように百八十度体を畳む。頭に乗っていたヤッタがすとんと地面の上に落ちた。しかし、落ちたことにも気がついていないのか、未だに口を開けたまま私の顔を凝視している。

 エルスに何度も注意された下品な物言いがたまに顔を出す。これを制御できないのだから、あまりカザモリのことを悪くは言えないのだが。


「わかればいい」


 腹いせに一発殴ってやろうと思っていたが、素直に謝られたので怒りが急速に萎えていった。意外とあっさり降伏して拍子抜けしたくらいだ。そうだ。子供は素直が一番よろしい。


「あれ? カザモリ、どうしたんだ。顔が死んでるぞ」


 バナハ以下施設の人々に説明をし終えたノエルロードが、こちらに走り寄ってきて大きく首を傾げた。


「なんでもありません」


 私はぬいぐるみのように動かないヤッタを拾い上げて答えた。


「子ガラスちゃんもなんでもなくない顏してっけどな」

「ヤッタちゃん。口乾くよ」

「はっ」


 我に返ったヤッタを頭に乗せて、私はようやく大きく息をついた。


「それで、カザモリ」

「はいっ」


 直立不動でカザモリが返事をする。


「気は晴れました?」


 はっとしたように息を飲んだ彼の顔が、みるみるうちに歪む。そのままなにか言いたげな様子で俯く。笑いたいのか泣きたいのか、予想がつかない。


「自分の手で殺せなかったことは心残りでしょうね。せっかくの機会なのに残念です」

「アンタなぁ」


 ノエルロードがあきれ顔で私の肩を小突く。


「ここは、『あなたの手で殺さなくてよかった、両親も妹もそんなこと望んでない』って言うのが正解なんだよ」

「そうなんですか」

「正直言うと、憎しみなんてもうとっくの昔に薄れてた」


 カザモリがゆっくりと語りだした。唇を噛みしめた彼を見て、泣きたい顔だったのだとようやく理解した。


「でも、途中で諦めてしまうと、両親や妹を裏切ったような気がして。『実体のない(ネマテリア)天からの光の槍(シエラ ルモランツォ)』を追いかけるのも、最近はもうただのルーティンワークみたいになってた。それでも、憎しみが消えていくのを否定したい自分がいた。自分はまだ家族のことを思ってるって、そう思いこませてた」

「忘れていくことと愛が消えることは違いますよ」

「そうかな。そうだといいんだけど」


 彼は死者を忘れてしまうことの罪悪感に苛まれていたのだろう。だが、死者は思い出とともに忘れていくものだ。忘却は自然で当然の事象だ。悲しみがいつまでも心の中に居座っていたら、人間悲しくて生きてなんていけない。


「けど、『実体のない(ネマテリア)天からの光の槍(シエラ ルモランツォ)』に会ったら、消えてたはずの憎しみが蘇った。自然とさ。それこそ不死鳥みたいに。ただ、こいつを殺したいって気持ちばかり先走って、家族が殺されたのが悔しいのか、ただあいつが憎らしいのか、殺さなきゃならないってずっと思い込んできたからなのか、なんだかよくわからなかった」

「よかったよ。アンタが殺さなくて。殺しちまったら、敵だから殺して当然だったって、一生自分の心を騙し続けることになるとこだったろうな」


 ノエルロードがカザモリの背中を叩いて肩を抱いた。


「本当に……その通りだ」


 カザモリが顔を上げた。視線は私の頭の上にいるヤッタに注がれている。


「ヤッタ」

「なぁに」

「ありがとう」

「なにが」

「いや、なにがって……、お前がいなかったら、俺はお前やアンスールが世話になったやつを殺しちまって、今頃すごく後悔してた」

「そっか。でも、どっちにしてもリア死んじゃったから結局一緒だったね」


 あっけらかんとしたヤッタの言葉に、しんみりとした空気が一気に崩壊した。どこか遠くでカラスがカァカァ鳴いている。


「いや、一緒じゃないよ、ヤッタちゃん。カザモリが殺人者にならなかったという点でも」

「そっか」


 おそらくほぼ理解はしていないだろう顔をして、ヤッタが空から響いたカラスの鳴き声にカァカァと答えた。


「ま、何はともあれ、これでようやく復讐の呪縛から解放されるな」

「燃えつき症候群にならなきゃいいんですが。賞金稼ぎは続けるのでしょう」

「優秀な人材に辞められたら。こっちだって困る」

「俺にはこれしかないからな」


 泣き出しそうな顔でカザモリは笑った。労いを込めて私は彼の肩を叩いた。


「まぁ、ひとつ、あなたの人生における大きな仕事が終わったことだし、今度なにか美味しいものでも食べに行きましょう」

「焼き肉」


 カザモリが即答した。


「いいでしょう、行きましょう」

「俺も。食べ放題」


 ノエルロードが手を挙げた。


「はい。楽しくなりそうですね」


 ヤッタがウエハース食べ放題~と歌い出した。


 ヨーグルット~味のウエハ~ス。いちごみるっく~味のウエハース。いちごみるっく~味とイチっゴ~味の違いはあまりわ~からないウエハ~ス。可愛さ~狙っているだけ~な気がす~る、いちごみるくということ~ば。でも美味しいウエハース。ちな~みにヤッタ~はヨーグルット~あ~じがす~き~。


 そうだ終わったのだ色々と。腕時計に目をやると思った以上に時間が経っていた。空を見上げると、白かった太陽が黄色みを帯びて傾き始めていた。いくつかの月もいつもと同じように浮かんでいる。


「疲れたね、ヤッタちゃん」

「うん。帰ったらおビール飲む?」

「うん。飲む」

「ヤッタ、ヨーグルトね。バナナクリームのウエハースを添えて」

「うん」

「あのね、ヤッタ、言いそびれたことあった。エルスって人のこと覚えていること」

「ああ……」

「ヤッタを抱っこして、ヤタガラスは百年振りに触ったな、って言ってた。だから、おじいさんだと思う。きっとアンスルちゃんより年寄り」

「そっか」


 ヤッタの頭を撫でて空を見上げる。なんとなくわかっていたことだが、今はそれらすべてどうでもよかった。

 もしかするとエルスはシステムを使えるカヅキの血族ではないにしろ、惑星カヅキの流れをくむ恒龍人種の血を引き継いでいたのかもしれない。そして、カイトスの人間との間に産まれたリアは、長命種と短命種の子供の大多数がそうであるように短命種だった。そしてエルスは長命人種であることを周囲に隠していたし、おそらくリアも自分の父親が長命であることを知らなかったのではないか。

 全てはただそれだけのこと。世界の歴史では一瞬のこと。彼女が長命種として産まれてきたら、またなにか変わっただろうか。


 相変わらず周りは警察官で騒がしかったのだが、先ほどの決闘で踏みにじられた芝生の上に座ると、どっと疲れが押し寄せてきて瞼が重くなってきた。精神は興奮しているはずなのに、体がそれに同調せずに眠りたがっている。

 少しだけでいいから眠りたい。いいなリアは。ずっと眠れて。

 ヤッタを抱えてブルーシートの隣に横たわる。


 リア。ほんの数年だったけど楽しかったよ。

 片手で数えるほどの数年。短命種にも長命種にも流れる時間は同じだし、月日の過ぎる感覚だって同じだ。だが、これから待つ時間が長命種は圧倒的に長い。

 リア。悪いけど、私はきっとあなたのことをいつか忘れる。

 まずは顏、それから名前、そしてその存在。罪悪感もなにもなしに。もしあなたが長い命を持って生まれてこれたなら。


 エルス。リアの父であり、私にとって特別な人。もう顔もぼんやりとしか思い出せない。

 あなたが言ったように、こんな世界じゃなかったら、私とリアは本当に姉妹になれたのかな。私がエルスに拾われるような可哀そうな子ではなく、まっとうな人間として生きて、正しい世界でエルスと出会っていたら。

 黒曜石の瞳を持った親子。その意味に今、気が付くだなんて。瞼の上から瞳に手を当てる。


 ブルーシートの奥にいるリアに語りかけて、深く息を吐いた。もう君の笑顔が見られないのは少しだけ悲しい。

 そんなことを考えていたら、脳みその芯が疲れたと声を上げて痺れ、やがて意識は途切れた。



☆☆☆



 後日、イセザキの研究室や自宅に家宅捜索が入り、リアの頭に埋めたものと同じ、私の母の脳味噌から抽出したらしい遺伝情報からなる断片端末が見つかった。それは惑星カイトスの国々からなる連合組織直轄の研究機関から無断で持ち出したものだった。気がつかなかった研究機関の方にも管理体制に問題があるが、この時それはあまり問題にはならなかったようだ。もしかすると、裏でなにかしら動いているのかも知れない。

 そもそも、私の母と祖母の殺害や、彼女たちの脳からの衛星迎撃システムへの干渉の実験などはカイトスの国々の連合組織が主導で行われてきたモノらしかった。


 とはいえ、端末チップも含め、健康診断で採血された私の血液も細胞も全て捜査局側で一つ残らず処分された。表向きには。今後は健康診断でも公的機関の立ち会いの元、検査が終わった後の細胞の処分に至るまで、徹底的に管理されることになった。

 本当はどうかなんてわからない。国家レベルの組織の前に個人なんてそういうものだ。

 しかし多分、全ては嘘だと思う。だからこそ全てを終わりにしたい。

 私の使える衛星システムは、この星を守ると同時に脅かすシステムでもある。


 そう言われるとなんだか腹立たしい。まるでシステムではなく、自分自身がこの星を脅かす存在と言われているかのようだ。実際そうなのだろうが、諦めて全てを公的機関に任せるしかない。なんにせよ、私一人がどうにかできる力ではないのだ。何百年先になるのか、衛星の設備が耐応年数をすぎて壊れることを祈るしかない。

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