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かくてカラスはうたいだす  作者: トトホシ
心臓の向こう側

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遅い反抗期

 まさかイセザキ先生が。冷たい汗が背中を流れていくのを感じた。人のことは言えないが、こんなにあっさりと人間を殺してしまえるとは。しかも相手は知人だ。さすがの私も見知った人はこういう風に簡単に殺せない。だらしなく涎を垂らして気絶している男の顔を呆然と見下ろした。


「カザモリ、ありがとうな。助かった」


 ノエルロードがカザモリの肩を叩く。イセザキに撃たれた捜査官も三名いたが、彼らは皆命に別状はないようだ。


「もごもご。アンスルちゃん、暗い」

「あ、ごめんヤッタちゃん」


 小脇に抱えていたヤッタが、もぞもぞと動く。目を隠したままだったことを忘れていて慌てて手を外した。


「ふい~。明るい」

「ヤッタちゃん、その、やっぱ、見ちゃった? リアの頭がふっとぶとこ」

「見ちゃった」


 ヤッタが目を瞑りうなだれた。脳漿が飛び出たりする場面など私は慣れているが、初めてでしかも間近で見たとなると、かなりのショックだろう。すぐに隠してあげられなくて申し訳なく、恐怖を和らげるために私はヤッタを抱きしめた。


「人間の脳味噌、ウサギさんのよりもボロンとしてて、不味そうだった」


 しかし、心配とは裏腹にヤッタの口から出てきたのは意外な言葉だった。


「ん? えっと、その、人間の脳味噌、見たことがあるのか」

「ヤッタ、脳味噌きらい」

「んん?」

「お塩ふったらちょっとおいしい」

「うん? そっか」

「ヤッタが好きなの、かに味噌だけ」


 思ったよりはショックを受けていないようだ。野生育ちにとって脳味噌は、所詮食べ物としての見方しかできないのかもしれない。

 ヤッタは私の腕からすぽんと飛び出して肩に飛び乗り、首筋にもたれ掛かった。


「リア死んじゃったの」


「うん」


 リアの死体には即座にブルーシートがかけられた。その損傷の程度を確かめることはもうできないが、脳と一緒にチップも破壊されたことを祈る。

 不思議と哀しみはなかった。あるのは途方もない喪失感だけだ。なにを思っているのか、ヤッタも無言でブルーシートのその奥にあるものを見つめるような目をしていた。


「ヤッタね、多分エルスって人知ってる」


 思わずヤッタを見る。子ガラスの顔はいたってまじめだった。


「ヤッタ、小さい頃に袋詰めにされて捕まえられそうになったって言ったことあったよね」

「うん」


 出会ってから間もない時、確かにそう言っていたことを思い出した。


「その時に助けてくれたヒト、エルスって、言ってた。カラスと似てるから覚えてた」


 自然保護区の中であった出来事で、自然保護官のエルスか対処した。私の知っているエルスと同一人物である確率は高いだろう。


「ヤッタちゃん、エルスのことほかに覚えてる?」

「うーん。ヒゲが生えてた!」

「うん、ほかに……」

「いや~、あのイセザキって男、至近距離とはいえ頭を狙って撃てるなんてなかなか腕がいいな」


 私とヤッタの会話を遮って、死体を眺めていたノエルロードが感心したような声を上げた。私もヤッタも会話を切り上げて彼の方を向く。


「その前に捜査官が三名も肩やら腕やらを撃たれているんですよ。下手な鉄砲なんとやらです。あ、そうだ、ノエルロード捜査官」

「んあ?」

「この場合賞金はどうなるんですか」


 これはものすごく重要なことだ。少しはこっちの懐にも入ってくるのだろうか。


「お前らは逮捕してないだろ。情報提供だけじゃ賞金は出せませぇ~ん」

「ふざけんな」


 身長差など気にせずに、ノエルロードの喉仏を押しつぶす勢いで飛び掛かり首を掴んだ。


「私には出さなくていい。ですが、カザモリには受け取る権利があります。生け捕りが原則でしたが、本人自白はしました。また、殺したのはカザモリではありません。死亡ということで十分の一は出ていいはずです。リアの捕獲に動いたのは捜査官たちですが、あれはどうみても手柄の横取りです」

「ぎ、ぎぶ、ぎぶぎぶ……」


 ノエルロードが白目を剥いて私の腕を叩く。


「あのままいけば、カザモリが捕らえていました」

「うぎゅ、ぎゅぎゅ……」

「な、なぁ、アンスール、そのくらいにしておかなきゃ、おっさん、死ぬぞ?」

「もう一度聞きます。賞金は出ますか」

「で、でりゅ……」

「全額ですか」

「はい……」

「よろしい」


 手を離すと涙と鼻水をだらだら流しながら、ノエルロードががくりと地面に膝をついた。


「アンスルちゃんこわい。恒龍人種の怪力を継承している。ワカメ、生きているか」


 ヤッタがかぁかぁと笑いながら、ノエルロードの尻をつつく。

 捜査官との交渉が終わったのを見計らって、シキやバナハ所長たちが近づいてきた。


「まさかリアが賞金首だったなんて。なぁ、一体なにがあったってんだ」


 バナハをはじめとして、保安官たちが口々に説明を求める。多くの人間がショックを隠しきれないようで、誰もが一様に戸惑いの表情を浮かべている。その中で顔面蒼白のシキが私を見た。彼がなにを知っているのか、なにに関わっているのかはわからない。だが少なくとも私はエルスをはじめ彼らに拾われて居場所ができた。そして、彼らが私に危害を加えたことは一度もなかった。私はシキの視線に気づかないふりをして背中を向けた。


「リア君が殺されて、イセザキ君は逮捕されて……なにがなんだか」 


 イセザキを乗せて去っていく捜査局の車を見つめて、バナハが途方に暮れたように呟いた。ここにいる誰から誰までがなにを知っていて、そしてどこからどこまで知らなかったのだろう……と、白々しくも見える彼らの表情に疑う心が晴れない。


「新しい人間のお医者さんと、動物のお医者さんを捜さなくてはなぁ」

「所長は案外切り替え早いですね」

「人の生死をそれこそ死ぬほど見てきているからなぁ」


 がはは、と笑うバナハの姿を見たヤッタが、そろそろとカザモリの背後にそろそろと隠れた。気づかれないように隠れたのはヤッタのせめてもの優しさか。

 ここはノエルロードに説明を任せて私はカザモリと向き合った。


「カザモリ」


 少し低い声が出た。同じことをされると思ったのか、カザモリは喉元をガードして、一歩後ずさった。


「な、なんだよ」

「君、私に盗聴機しかけたでしょう」


 人差し指をカザモリの額に突きつける。彼はなんだそのことか、という顔をして素直に頷いた。


「おまえの様子をみて、きっと俺よりも先にノエルロードのおっさんに話すだろうと思ったからな」


 その通りだ。当たってる。言葉に詰まり伸ばした指を折り曲げた。そう図星だ。まんまと彼の思い通りに動いてべらべら話をして、そしてこのザマだ。結果思い通りに行ってしまった。いいわけできずに口の端をがぴくぴく痙攣する。

 こちらの不機嫌さに気づいたヤッタが、カザモリの背中を登って彼の頭に座った。目でもって「喧嘩はしないで」と訴えかける。


「俺はそんなに信用できないか。俺に話したらすぐに殺しに行くと思ったんだろ」


 こちらに負けず劣らず、カザモリも不機嫌さ全開で目の前の私を睨みつける。


「実際そうなったじゃないですか」


 盗聴してすぐ拳銃片手にリアのところに行ったんじゃないか。しかものこのこ裏庭までついて行って。建物を破壊する可能性が大いにある以上、屋内にいたらリアだって簡単には衛星システムを使わないだろうに、むざむざ相手の有利な場所に移動したのだ。

 バカか、このクソガキ。心の中で叫ぶ。


「お前がおっさんよりも先に俺に話してくれていたら、そうはならなかったかもしれない」


 カザモリは引き下がらない。こめかみが痙攣して、だんだんと体が熱くなってきた。怒りゲージが急速に溜まり始めているのがわかる。ヤッタがカザモリの頭の上で必死に首を振る。おそらく怒りが顔に出ているのだろう。


「腹立った。信用されていないんだって」


 はっ、と小馬鹿にしたように鼻をならしたカザモリが、顎をあげて私を見下ろそうと意気込んでいる。私よりちょっと身長が大きい程度の子どもががんばっている。普段の私ならば、反抗期の子供が頑張っているなと一笑に伏しているところではあるが、このときばかりは大いに腹が立った。ゲージはマックスに近いと感じたが多分もう振り切れている。


「お前はいつもそうだったよな。俺がもうお前のこと疑ってないって言っても……」

「面倒くさいガキだな」

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