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かくてカラスはうたいだす  作者: トトホシ
心臓の向こう側

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最後のじゅう声

「今だっ! 確保!」


 ノエルロードの声がこだまして、いつの間に待機していたのか、裏庭に捜査官が一気になだれ込んでくる。

 リアは地面に片膝をついたままで不敵な笑みを浮かべている。捜査官が即座に彼女の腕から拳銃を奪うと、他の数人の捜査官が彼女の体を地面に組み伏した。


「や、ヤッタちゃ……」


 同時に倒れこんだカザモリの胸の上で、翼を開いたままうつ伏せになったヤッタを見て全身の血が凍り付いた。

 すぐにヤッタのところに行きたいのに体が硬直して動かない。心と反して足が地面に縫い留められている。歯がカチカチと音を立てる。全身が総毛立つ。指の先が冷たい。


「いや……」

「あー、びっくりした」


 何事もなかったかのようにヤッタがむくりと起きあがり、右足でカザモリの顔をぺちぺちと叩いた。


「カザモル、もうやめようよ」


 凍り付いた血が一気に溶け出す。筋肉が一斉にほぐれてリアのことなど忘れて私はヤッタに駆け寄った。


「よかった、ヤッタちゃん」

「アンスルちゃん、目からおよだ出てるよ。なんで」


 ヤッタが首を傾げて私の顔を仰ぎ見る。


「だってヤッタちゃん、撃たれたのかと」


 決壊したダムのようにあふれ出す涙がヤッタの足下、カザモリの胸を濡らす。


「撃たれてないよー」


 ヤッタが両の翼を広げた。


「でも、ほら、羽が飛び散って」

「えっ」


 気づいていないようなので地面を指さすと、そこに散らばった黒い羽を見てヤッタの体が固まった。


「ぬあ……。ヤッタのお羽が……」

「結構抜けたんじゃないか」


 ノエルロードが羽を数枚拾い上げてヤッタの眼前に持ってきた。羽はわずかに光を帯びていた。


「ほら、この羽、ここの部分だろ。ごっそり抜けてる」


 右翼、広げた一番下の部分、つまり一番大きな羽が生えているいわゆる風斬羽の一部の羽が、無惨にも打ち抜かれていた。まるで抜け落ちた前歯のようで、なんとも情けない。


「うわあーん、ヤッタのいっちょうらがぁー」

「ヤッタちゃん、気がつかなかったの」

「風斬羽が数枚で済んでよかったじゃん」


 この程度なら飛ぶにも支障はないだろうし、羽はまた生えてくるものだ。


「ひどいよー、カザモルー」

「ご、ごめん、ヤッタ」


 倒れたままの姿勢でカザモリは素直に謝った。


「うわーん。なんだかスカスカするー」


 スッカスッカと翼を動かしながら、地団太を踏んでカザモリの胸を叩き続けるヤッタの頭を、ノエルロードがふわりと撫でた。

 抜け落ちた羽はルネが発動した時と同じ光を発していた。ヤッタの飛び散った羽がカザモリの高速移動のルネの威力を倍増させ、弾丸を体に受ける寸前でかわすことができたのだろう。本当にぎりぎりだった。ヤッタの羽によるルネの増幅力がないと、カザモリは撃たれていたことは間違いない。


「あれ?」

「ん? どしたのアンスルちゃん」

「ヤッタちゃんにうってつけだった足輪……」

「え?」


 青いサフェイエスが付いたリング。いつぞやの飲み屋で異星の男から貰った高価なリング。それが石ごと割れて砕け散りヤッタの足から外れていた。


「ああ……ああああ……」ヤッタがぶるぶると嘴を鳴らす。「ヤヤヤヤヤヤッタの……たからものが……」


 砕けた石の欠片を拾うと、それは先ほど抜け落ちたヤッタの羽のようにキラキラと光っていた。

 もしかするとこれはサフェイエス数百個にひとつといわれる命守りの石だったのかもしれない。


 サフェイエスは高価な石であるのだが、それは同時に持ち主の命の危機が訪れた時には身代わりになる可能性を秘めた石だからでもある。

 実際にはその時が訪れなければわからないのだが、だからこそすべてのサフェイエスに高値が付けられているということもある。

 宝石で数百個に一つというのはそれほど低い確率でもない。

 カザモリのルネとかヤッタの羽の力倍増とか無意味で、命守りのサフェイエスが砕け散っていたということは、そもそもカザモリではなくヤッタが撃たれていたということだ。

 足環が壊れてしまったことにギャーギャー泣きわめくヤッタを眺めながら、私はいつぞやの男に心から感謝した。

 追加でヤタガラスの羽をあげたいくらい。


「勇気ある行動だったな、子ガラスちゃん。『実体のない(ネマテリア)天からの光の槍(シエラ ルモランツォ)』は無事確保したぜ」


 背後の捜査官たちを指差して、ノエルロードがいつもの『開けているべき方の目が半目』のウインクをした。


「ボエー……」


 ぎゃーぎゃー喚いていたヤッタが、ワカメの半目に涙も乾くと呟いて、逃げるようにして肩に飛び乗ってきた。


「捜査官も呼んでいたんですね。いつの間に」

「俺は仕事のできる男だからね」


 ノエルロードが本日二度目のウインクをする。もはやわざとじゃないだろうかという半目ウインクに、ヤッタがまたしてもボエーと声を上げた。

 振り向くといつの間にかシキ隊長やバナハ所長以外にも、施設の人たちの多くが中庭に勢ぞろいしていた。彼らに聞きたいことは色々あったのだが、私の脚は地面に押さえ込まれたリアに吸い寄せられた。


「彼女の左側頭部にシステムにリンクするためのチップが入っています。私がいる間は大丈夫ですが、私から離れると彼女はシステムを作動させます」


 ざわ、と捜査官たちに緊張が走る。リアを押さえ込んでいた捜査官の顔にも恐怖の色がよぎる。


「どうすれば……」

「手術して取り出してください。入れたのなら取り出せるでしょう。理論的には。外すまで私が近くにいます」


 リアが薄笑いを浮かべて私を見上げた。捜査官がリアの両脇を抱えて無理矢理立たせる。


「アンスール、早くここに戻ってきて。ね、戻ってきて、沢山人間を殺して頂戴。じゃなきゃまた私がやっちゃうわよ」


 まるで呪いのように言い残し、リアは背中を押されるようにして、捜査局の車に乗るよう促された。私は流石に同じ車には乗れないとのことで、リアの乗る車から離れないよう走行するという後続の車に案内された。


「リア」

「なあに、アンスール」


 これから裁かれるというのに怖くはないのか、怖いほどに笑顔のリアが私を振り返る。


「今でもエルスが生きていたら、私とあなたは姉妹になれたかもしれません」

「そうね、父もそう言っていたわ」


 早く車に乗るよう促す捜査局の人間をノエルロードが制した。少しだけ話をする時間をくれるのだろう。


「私のこと、エルスから聞いていましたか」

「少しだけね。ひとりで寂しい子がいる、リアが大きくなった暁には、支えてあげてくれ、姉妹になれるかもしれない子だって。それだけ。あなたのシステムのことはなにも言っていなかったわ」


 笑顔を消してリアが言った。


「そうでしたか。エルスは口が堅かったですもんね」

「あなたは子供のままで私は大人になってしまったけれど、なれないかしら、これから」

「なにに」

「姉妹に」

「君と?」

「私が」

「無理ですよ」


 私は首を振った。リアは意外にそうに私を見た。


「私はエルスに恋をしていました。多分、おそらく、いや、よくわからないのだけれども、多分、そうなのでしょう。いつまでたっても心から消えないということは」

「……エルスに?」

「はい」

「エルスのこと、好きだったの」

「はい。いや、えっと、多分。でも、今でも特別だと思っているということは、おそらく、人間のいう恋愛対象というものとして見ていたと思います。……心臓の、中にいるというよりは、心臓の裏側に張り付いている感じの存在ですが」


 ははっ、とリアが笑った。声の大きさとは裏腹に泣き出しそうな顔をしていた。


「あなた、いい趣味しているわね」

「そう、ですか」

「父は、エルスは、いい男よ。私が出会った中で最高の。そう、アンスールあなた、私の父が好きだったの。……報われたわね、エルス」


 リアがそう言った時だった。数発の銃声がとどろき、大勢の目の前で彼女の側頭が弾け飛んだ。真っ赤な血が足下の草を汚す。脇にいた捜査官も倒れ込み一瞬その場が静まり返る。


 ぴたりとハウリングが止んだ。


 一体なにが起こったのか。驚きのあまり悲鳴すら出なかった。肩にいたヤッタをひっつかんで手で目隠しをし反射的にカザモリを見ると、彼は俺じゃないというように大きく首を振った。


「ぺらぺらしゃべりやがって、おお、おまえのせいでっ」


 聞き覚えのある声が聴こえた。

 振り向くと、裏庭の見える医務室の窓から顔を出したイセザキが、震える手で銃を握っていた。


「ち、ちちち、近づくな、撃つ……うげゃあっ!」


 カザモリが高速移動でイセザキに近づき拳銃を叩き落とした。そして、なにが起こったのかわからずに狼狽え、悲鳴をあげる男の首に手刀を食らわせる。イセザキはぐぶうと鳴いて涎を垂らし、顔を下にして窓から地面に落下した。捜査官が一斉に確保に動く。

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