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かくてカラスはうたいだす  作者: トトホシ
心臓の向こう側

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56/65

その名前

「私の家族も密猟者なんかじゃない。けど殺されたわ。私と一緒ね、ボク。仲良くしましょうよ」

「なに」


 カザモリが忌々しげに舌打ちをした。しかし、その瞳には狼狽の色が浮かんでいた。


「ラピデルス エルス」


 なにかの呪文を唱えるようにリアが言った。それはほとんど叫びに近かった。


「エルス」


 いつの間にか背後にいたシキがひゅっと喉を鳴らして息をのんだのがわかった。


「シキ隊長。ご存じですか、この名前を」

「知っているもなにも、ラピデルスは俺の上司だ。でも数年前に密猟者と銃撃戦の末に殺されて……。俺もその場にいた」

「エルスは私の父です」


 呼吸が止まった。エルス。深い森の中で私を見つけて、私をここに連れてきてくれた人。私にとっても父親同然だった。

 突然の告白に唖然とする一同を前に、裏庭一面に響くほど大きな声で、リアは高らかに笑った。


「父はここの保安官だった。でも密猟者との争いで殺されたの。一緒に行った保安官の連中は無傷だったって話なのに、父の遺体だけがぼろぼろだった。しかもその密猟者、経験もろくにない初心者だったって噂じゃないの。父は無駄に死んでいったってことよね」


 リアがエルスの父だったとは初耳だ。思わずシキの顔を見たのだが、彼も知らなかったようで、私の視線に気がつくと青ざめた顔で首を左右に振った。

 リアがシキにゆっくりと銃口を向けた。


「父さんはアンタが無能だから死んだんじゃないの!?」


 自分に向けられた言葉にシキがびくりと体を震わせた。


「違います。私の判断が遅かったからで」

「だから殺すの」


 ゆっくりとカザモリに銃口を戻したリアは私の話など聞いていない。


「とりあえず密猟者はすべて。敵討ちよ。ボク、あなたもそうなのでしょう。なら私の気持ち、わかるわよね」

「わかるかぁ!」


 カザモリが叫び引き金を引き絞る。リアは口元の笑みを消さない。


「でも、なにも家族まで殺さなくても」


 そう言うとようやくリアが私の方を見た。


「密猟者の血が流れているのなら殺さなくては。特に子供はいつ同じような密猟者になるとも限らない。愚かな遺伝子は消してしまわないといけない。優しくない遺伝子は未来に紡いではいけない。アンスール。あなたが保安官を止めると言ってから、私は絶望に沈んだわ。ずっと密猟者を殺し続けてきてくれたあなたが私の希望だったのに。……たとえ、エルスを見殺しにしたやつだとしても」


 リアが悲しげに瞳を伏せた。はらりと肩から滑り落ちた長く黒い髪の毛がその表情を隠す。

 どうして今まで気が付かなかったのだろう。エルスの瞳の色と同じで、リアはカイトスでは珍しい黒く艶やかな黒曜石の瞳だったということに。


「ねぇアンスール、エルスが生きていたら、私とあなた、姉妹になれたかもしれないのにね」


 突然発せられたその言葉に心臓が強く脈打つ。

 俺の子供は短命種だけど、大きくなってアンスールと同じくらいなったら、姉妹になれるかもしれないな。そんなエルスの言葉を思い出したからだ。

 リアは私の存在をエルスから聞いていたということだろうか。


『システム作……』


 またしてもの不意打ちだ。表面では悲劇を装っているが、裏側では虎視眈々と反撃のチャンスを狙っている。たいしたものだ。システムの声に私はまた別の意味で首を振った。


「作動しない! リア、いい加減にしなさい!」


 その声にリアが髪を振り乱して私をにらみつけた。


「どうして邪魔をするのよ! あんた私よりもこのガキの味方をするっての!?」


 言うが早いか、リアが拳銃を構え直しカザモリに向かって引き金を引いた。


「やめっ……!」

「うあっ!」


 銃声が空に響きわたる。それにほんの少しだけ遅れて、リアのうめく声が残響に重なった。

 突然吹っ飛び地面にごろごろと転がったリアを呆然と眺めた。なにが起こったのかわからなかった。ノエルロードもそうだったのだろう、ぱかっと口を開けたままで惚けたように彼女を見ている。

 そんなに口を大きく開けていたら虫が入るぞ、と思っていたら、いつの間にかカザモリが先ほどの位置から消えて、リアの背後で片足をあげていた。

 彼が彼女を蹴り飛ばしたのだ。カザモリの体はルネ発動の際の青白い光に包まれている。


「あ、あいつ、おっ、女に手をあげたぞ」


 ノエルロードがうひゃあと悲鳴を上げて、まるで自分が蹴られたかのように、顔を押さえた。


「手じゃなくて足だよ」


 おそらく意味の分かってないだろうヤッタが冷静に言った。


「背中に靴の跡ついてそうだね」

「うん、まあ、そうだな」


 なんと返したらいいのかわからない顔をしたノエルロードが、適当に言葉を返す。


「今の、瞬間移動ですか?」

「いや、速度増加だよ」カザモリの代わりにノエルロードが答えた。「あいつのルネだ」


 地面にひれ伏したリアが、ゆっくりと起きあがった。その顔は苦痛に歪んでいる。それもそうだろう、あの転がり方から見てカザモリに手加減をした様子などはなかった。


「君はどうやってサテライトシステムを使えているんですか」


 問いかけると痛みにうめき声を上げながら、リアが顔を上げた。


「あなたの母の脳味噌を貰ったってはなしよ」


 口の端を歪めて、当然のことのようにリアが言った。


「そ……脳味噌?」


 一瞬言われた意味が理解できずに思考が凍り付いた。だが、次の瞬間には大方の予想ができてぐらぐらと脳味噌がゆれた。

 そうだ。私は母の死体を見ていないのだ。やはりあのとき、脳味噌ごと死体は回収されていたということか。


「何十年と保管して、研究して、脳味噌の細胞からシステムに作用するであろう部分を取り出して解析して、遺伝子を増殖させて細胞を有機端末に移植して……数十年の時を経て、私の脳に移植されたのよ。私の正常な部分を削ってまでしてね」


 カイトスの人間の手によって殺された母と祖母。それはすべて衛星システムを作動させることのできる能力を手に入れる為だったのだ。そのために母と祖母は抵抗するようし向けられ、あげく殺されたのだ。そして、母の脳は暴かれた。

 劣化。誤射。死者から取り出した脳味噌を使うのならあり得ないことではない。そもそも、死者から取り出した脳味噌が使い物になったとは。しかし疑問が残る。


「そんな簡単にどうしてあなたに私の母の脳味噌が提供されるんですか」

「私ひとりでどうにかなるわけないじゃない」


 リアが鼻先で笑う。


「イセザキ先生に手伝って貰ったのよ。それとね、健康診断で手に入れたあなたの新鮮な血液も使わせてもらったわ。いくら脳味噌とはいえ、死んだばあさんの細胞よりも、生きたあなたの血液の方が、衛星システムとの関係性を調べる上では信頼がおけたからね」

「やっぱりそうですか」


 予想はついていた。失望のため息しかでない。

 イセザキは人間の医者だ。優秀な科学者でもある。以前はとある国立研究機関で働いていたと聞いたこともある。ちらりと耳にしたくらいではあるが、確かここにくる以前は、カイトスの国々からなる連盟の下で重要機密の研究にも関わっていたはず。もしかすると、それが衛星システムとそれを操るカヅキの一族の脳研究だったのかもしれない。彼が手を貸したのならリアの脳をいじることだって可能だろう。イセザキとしては移植する実験体だって欲しかったはずだ。


 そういえば、ここに来てすぐ私の健康診断で血液採取をしたのもイセザキだったことを思い出した。あのときから全てことは動いていたのだ。私が保安官になることも、彼らの筋書き通りだったのだ。


 脳裏にエルスの顔がよみがえる。彼はこのことに関与していたのだろうか。もしかすると初めから偶然を装って、私がシステムを使えるとわかっていて近づいたのかもしれない。

 関与していて欲しくないと思う心と、していて当然だという心がせめぎ合う。していたとしたら、彼と私が出会ったことも全て仕組まれていたということか。仮定であるのに事実でしかないように思えて、私の中で全てが崩れていく。信頼も安心も全て。


「ちょっと誘惑したらすぐのって来たわ、あのオヤジ。ははっ。今まで何人もの実験体がいたけれど、成功したのは私だけ。いえ、厳密に言うと私もシステムを起動できなかった。でも、あなたの血液から得た遺伝情報断片を増幅して注入したら、多くの被検体のうち、私だけがシステムを起動できたの。アンスール、私とあなた、相性がいいのかもしれないわね。ふふ、そう、システムを作動できたのは私だけなのよ。神様は私の思いを理解してくれたのね」


 まるで人の変わったように顔を歪めるリアを愕然と眺めた。だが、彼女のその奥にある悲愴の感情を受け取らずにはいられない。彼女は自分を犠牲にしてまでも、目的を達そうとしたのだ。 


「でもよ」


 ノエルロードが手を上げた。


「アンタがここに入社したのは二年前だ。それがどうやって五年前の事件を起こしたってんだ」

「そんなこともわからない無能だから、捜査局は今になっても密猟者を減らせないわけね」

「なんだと……!」

「落ち着けワカメ」


 今にも掴みかかりそうな勢いを見せるノエルロードの頭をヤッタが突っつき、さらに三本の足でうねりのある髪をひっぱる。


「私は七年前ここに研修に来ているのよ。そんなことも調べられなかったの」

「ぐぎぎ」

「カザモルも我慢してる。恥ずかしくないのか、ワカメ」


 歯ぎしりをして拳を握りしめるノエルロードの頭の上で、ヤッタが再び彼の頭をつつく。


「ねえ、アンスール」


 地面を這って歩き、縋るような声を出したリアが私の足首にしがみついた。


「全てあなたのせいよ、アンスール」


 言葉の凄惨さのわりに猫をかぶったように甘い声に、全身が粟立った。蛇に絡みとられたような恐怖を感じて足にすがりつくリアを振り払った。それでもリアはめげずに、なおも足元にひれ伏してねめるように私を見上げる。

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