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かくてカラスはうたいだす  作者: トトホシ
心臓の向こう側

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対峙

「隊長、リアはいますか!」


 挨拶もなしに突然扉を開けて大声を上げた、つい最近訪れたばかりのかつての部下が再び姿を現したのを見て、シキは目を丸くした。

 その目には驚きと同時に私に対する後ろめたさが浮かんでいた気もするが、そこはあえて追求しないことにした。とにかく今はそれどころではない。


「ど、どうしたいきなり。あ、あれ、ノエルロード捜査官まで。なんかあったのか」


 白々しさにも目を瞑ることにする。


「よう、アンスール」先輩であるサフアン一等保安官が暢気に片手を上げた。「先日は顔を見られなくてざんね……」

「そんなことはどうでもいいです」

「そんなことって……」


 サフアンが持ち上げた手首をかくりと下げて驚愕の表情を浮かべた。そんな先輩にいちいち反応もしてられず、私はずかずかと足音をたてるのもかまわずに部屋に侵入した。シキの横に立って、自席に座っている彼を見下ろす。


「リアを見ませんでしたか」

「いや、俺は見てないけど……」


 よほどの剣幕だったのか、シキが両手を上げて腰を引く。


「診療室にいなかったのか」

「いないし、電話にも出ないからこうしてここで聞いているんです」

「リアならさっき見慣れない少年が訪ねてきて、出ていったぞ」


 背後から影が差したと思ったら、頭上から声が降ってきた。振り向くと、所長のバナハが私の背後ににのっそりと立っていた。あまりの威圧感に、ヤッタが慌てて部屋の外にいるノエルロードのところに逃げ飛んでいく。


「また逃げられちゃった……」


 ヤッタがノエルロードの背後に隠れた。バナハがきぃとハンカチを噛んで、そいつだって男なのにとノエルロードを恨めしげに見る。


「所長、リアはどこに行ったかわかりますか」


 くやしいっ、とハンカチを引きちぎるバナハの腕を引いて問いかけた。


「さぁ。そこまでは。裏庭の方に向かっているようだったが。誰だい、一緒にいた男の子は。なかなかのイケメンだったな。リアよりもかなり年下に見えたが、もしかして、これかい。わしもあのくらいの頃は年上の女性が……」


 親指を立ててニヤニヤといやらしい笑みを浮かべるバナハを無視して部屋を飛び出した。

 走るなと書かれた注意書きの横を猛スピードで走った。その後をノエルロードとヤッタがついてくる。


「まさか裏庭で決闘なんてことしてないよな」


 日頃、デスクワークが中心のせいか、すでにノエルロードは息を切らしている。


「ワカメ、運動不足。もうはぁはぁしてる」

「うっせぇ、この子ガラスちゃんがっ! だったらお前も飛びやがれっ、どうして俺の頭に乗ってんだよっ!」

「楽だから」

「このやろー」

「ワカメの髪、足に絡まって振り落とされにくい」

「てめー、癖毛バカにしてんのかぁ!」

「これは癖毛じゃない。天然パーマ」

「天パばかにすんなぁ」

「してない」

「話さないで走った方が疲れませんよ」


 細い通路を通り抜けて、突き当たりを左に曲がり、食堂を右手にしてまっすぐ走る。

 焦っているからだろうか、走っていて思ったのだが施設内は案外広かった。人間用の医務室があり、動物用の医務室があり、保護施設があり、多くの隊が常駐している場所がある。その中を走っているとさすがに息が切れてきた。後ろを振り向くと、ノエルロードが必死の形相でついてくる。

 こんなに広い場所を移動しているのだから、リアとカザモリも移動に時間をとられているはずだ。どうか双方間違いを起こさぬよう、間に合ってくれと願う。


「ここを曲がったらすぐです」


 肩で息をして裏庭へと出る扉に手をかけた、と同時にハウリングが起こり、頭の中に我慢ならない金属音が響く。

 それを振り切るようにして分厚い金属の扉を開けた。真白い太陽が眼球を突き刺す。薄暗い通路から突然屋外へと出たために、明るさに目がくらむ。


『システム解除シマスカ』


 目がまだ慣れていないというのに、まるで不意打ちのように耳奥に警告音とともに電子アナウンスが耳の奥に響いた。柔らかい芝生の香りが私を混乱させる。


「解除しない!」


 目を瞑ったまま叫ぶ。


『了解。システム、解除シマセン』


 警告音が静まる。

 腕で目を庇い、ゆっくりと瞼を開けた。網膜を焦がした赤黒く点滅する太陽の残像の奥に人影が見える。


「リア。カザモリ。よかった、まだ無事で」


 そこには二人の男女が互いに向かい合って立っていた。見たところ、どちらも怪我をしている様子はない。だが、彼らの両手には拳銃が握られている。


「お、よかった。決闘はまだだったか」


 ノエルロードがぜいぜいと息を切らして後ろから顔を出した。


「そろそろ始まるみたいですよ」

「カザモル。怖い顔してる」


 ノエルロードの頭に乗っているヤッタが、不安げな声を上げた。


「ふたりとも、そういう物騒なモンはしまおうぜ」


 落ち着かせようとしてわざと明るい声を出しているのだろうが、リアもカザモリも聞く耳を持たない。二人ともちらりともこちらを見ない。


「遅かったじゃないアンスール」


 リアが静かに言った。カザモリからは視線を逸らさない。カザモリも同様に銃を構えたまま動かない。

 再び脳内に警告音が響く。


『システム解除シマ……』


「解除しない!」

「アンスルちゃん?」

「でも今は邪魔をしないで!」


リアが悲鳴に近い叫び声をあげる。


「うおっ、どした? ふたりとも」


『信号確認。システム解除シマセン』


 警告音が鳴りやむ。

 私とリアにだけしか聞こえていない声だ。驚くのも当然だ。

 リアが発動させたシステムを押さえることができた。システムはリアよりも私の指示に従ったのだ。システムとの親和性は、こちらの方が上ということで、当然といえば当然だ。

 だがそのことが私を幾分安心させた。少なくとも衛星のシステムでカザモリを殺してしまうことにはならないだろう。


「リア。諦めてください」

「……なにを?」


 リアがゆっくりとこっちを向いた。いつもと違う雰囲気に思わず一歩後ずさった。


「なにを諦めるっていうの」


 その顔はいつもの美しいリアとは違い、醜く歪んでいた。


「ようやく気がついたのね、アンスール。気の狂いそうな音が脳味噌にガンガン響いてたのに、まるで涼しい顔をしていたから、あなたには聞こえていないのかと思ってたわ」

「それは私も同じです」 


 やはりリアの脳もハウリングを起こしていたのだ。私は一歩、また一歩と彼女に近づいた。


「リア。いや『実体のない(ネマテリア)天からの光の槍(シエラ ルモランツォ)』でいいですか。あなたはもう終わりです。おとなしく捕まってください。カザモリも銃を下ろしてください。賞金はあなたのものです」

「賞金なんていらない」


 カザモリがようやく口を開いた。


「初めから言っていただろう。こいつの情報があれば俺に売ってくれって。こいつを捕らえることができたら賞金額以上の金を出すから、身柄を俺にくれって」


 おいおい、とノエルロードが飽きれた声をあげる。


「お前等そんな約束してたのか。それは規則違反だぞ。それじゃあ野良の賞金首と変わらんだろうが」

「俺はこいつを殺せればいいんだ」


 カザモリが銃を構え直す。リアは一度目を閉じてからゆっくりを瞼を押し開いて、視線をこちらからカザモリに向けた。


「私は衛星システムが使える。あなたが銃を打った瞬間、私は天からあなたを撃ち抜くわよ」


 それを聞いたカザモリが忌々しげに舌打ちをする。

 リアはそう言っているがただの出任せだ。実際は私に二発とも止められている。こちらが制御できている以上、リアに勝ち目はないはずだ。


「アンスール、あなたが持ってきた情報の三家族は確かに私が殺したわ」

「自白いただき」


 ノエルロードが小声で言った。背後で機械を操作する音が聞こえる。リアの言葉を記録したのだろう。


「どうしてそんなことを」


 苦々しげに言った言葉に対し、リアは口元に小さく笑みを浮かべた。


「知っているんでしょ。かつて密猟者だったからよ。殺されて当然じゃない」

「俺の父も母も妹も、密猟者なんかじゃない!」


 カザモリが叫んだ。


「どうして殺した! なんの罪もない俺の家族を!」


 リアがきょとんとした顔でカザモリを見る。


「あら。私、あなたの家族を殺したの? あなたただの賞金稼ぎじゃなかったのね。親の敵討ちってわけ? でもごめんなさいね。覚えていないわ」


 ぎり、とカザモリが奥歯を噛みしめる。

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