表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かくてカラスはうたいだす  作者: トトホシ
心臓の向こう側

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/65

何も聞かされていない

 ノエルロードが運転する車に乗りカザモリを追う。


「そういえばさ、おまえユイスの葬式に行ったのか」

「はい?」


 信号待ちでギアに左手を置き、前方から目を離さずにノエルロードが言った。カザモリとリアのことで頭がいっぱいだったことに付け加え、突然の言葉に脳味噌がついていかない。誰のことを言っているのか一瞬理解ができなかった。


 運転席のノエルロードを見る。

 だが彼は助手席に座っている私を見ない。意図してこちらを向こうとしていないことがわかる。弱めのクーラーが肌を冷やす。先ほどまで上気していた顔が冷たい。ヤッタは私の膝の上で未だにウエハースを食べている。


 ユイスの葬式。それは確かに彼自身の葬式という意味なのだろう。親族の葬式というミスリードを誘うほど彼は悪趣味でも性悪でもない。


「やっぱり聞いてなかったか。悪いな。てっきりシキから聞いているもんだと思ったから。葬儀の時アンタがいないから不思議に思ってたんだ。もしかしたらこれないほどショックを受けているとか……」

「なにも聞いてません」 


 先日前職場でシキの煮え切らない態度がなんであったかようやく理解できて、心の側面にへばりついていた違和感が急速に剥がれ出していった。


 あのときシキが言い掛けたことは、ユイスのことだったのだ。

 そして、ユイスのことを一切話さないことや、葬式にも行かなかったことに、ノエルロードは疑問を感じていたのだろう。そりゃそうだ。知らないのだから話題になんてできない。


「どうしてユイス先輩は死んだのですか。あの人の仕事は主に防御のルネを施す後方支援です。死ぬ確率は低いはず」


 彼が死ぬのであれば、まず先にルネを施された突撃要員が死ぬはずだ。技術もないのに特攻でも仕掛けたとしか考えられない。


「その突撃要員がな、防御のルネを施して貰ったのにも関わらず、相手の攻撃が怖くて突撃するのにもたもたしてたら、敵が襲ってきて数発鉄砲玉を受けてルネが切れて、ユイスが再度ルネをかけようと出て行ったら、狙いうちにされたらしい」


 俺説明下手で悪いんだけど、わかったかな。ノエルロードがゆっくりと車を発進させながら言った。


「ユイス先輩のルネは完成されていました。数人の密猟者程度を殲滅するための時間なら十分なほどで、あのルネはそう簡単に切れることはない。それを施されてなにを怖れることがあったのでしょう」


 なぜ。疑問しかない。ユイスほどの防御のルネの使い手はそうはいない。理解ができなくて体が震える。悔しさなのか悲しさなのかよくわからない。


「人間はな、大丈夫だと聞かされても恐いものは恐いもんだ。もしかしたらってのもあるしな。バンジージャンプでも恐い恐いと飛べない人間がいるのと同じだ」


 それは施された人間が、ユイスの能力を信用していなかったということだろうか。いや、信頼していたとしても恐怖は別の場所にあるものか。私はユイスの能力を信頼していて、だから恐怖を感じなかったと思っていたが、よく考えてみると初めて防御のルネを施された時、まだ彼に対する信頼がなかったときですら、恐怖は感じていなかった気がする。


 いくらルネで守られているとはいえ、普通の人間が敵陣に特攻することを恐れることに罪はないのだろう。そのせいで味方を死なせてしまったとしても。


「ユイスってさ、お前のこと可愛がってたよな」


 ノエルロードに言われて、ことあるごとに気にかけてくれていた彼の顔がよみがえる。


「先輩で、よくしてもらっていました」

「自分のこと信頼してくれてたからってのもあったんだろうな」


 アクセルを踏み込みながらノエルロードがラジオのボリュームを下げた。その指で冷たいクーラーを切って少しだけ窓を開ける。生ぬるい風が車内になだれ込んで切る。外には柳が散らす白い綿毛が、まるでケサランパサランのようにふわふわと飛散していた。そのひとつがおもむろに車内に迷い込んできた。


「いつだったか話したことあったよな。お前はあそこまで躊躇なく敵に突っ込んでいけるのはすごいって」

「それはユイス先輩が」

「そう、それ。お前はユイスを心から信頼してたんだなって。だから突っ込んでいけたんだよな。そうなんだ。普通の人間は大丈夫だと言われても、なかなか弾丸の雨の中に突っ込んでいけないもんだよ」


 そうなのだろうか。私はユイスを信頼していたのだろうか。特攻できたのは彼を信用していたからではなくて、私に恐怖の感情がなかったからではないのか。


「お前は確かにユイスを信頼していたよ」まるで人の心の中をのぞき込んだかのようにノエルロードが言った。「でなきゃ泣かないだろ。お前が」


 その時、涙が頬を伝っていたことに気がついた。そして、指摘されて思い知った。私は彼をシキ隊長以上に慕っていたのだと。


「ユイスが死んだこと、自分がいなかったせいだなんて思うなよ」

「そこまで自惚れていませんよ」


 涙を拭ってから、ウエハースのかけらをついばむヤッタの頭を撫でた。


 彼と最後に話をしたのはいつだったろうか。もっと話したいことはたくさんあったはず。美味しいブルワリー情報。おすすめの居酒屋。新しくできたピザの美味しいお店。そういえばシキよりもリアよりも、私生活でいつも連絡を取り合って、折に触れて会っていたのはユイスだと気がついた。だから、ないがしろにしてしまった部分もある。

 職場を辞める際に連絡をくれたあのとき、別の酒場ですぐに会っていれば。後悔ばかりが募る。


「お前に言えなかったシキも情けねぇけど、責めてやるなよ」

「責めませんよ」


 おそらく、新人を上手くフォロー出来ずにユイスを無駄に死なせてしまったのも、シキなのだろうけれど。ノエルロードはそれを知っていて、口にしないだけだろうけれども。

 彼らの弱さを糾弾する権利を私は持ってはいない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ