イトミミズ
保護区域からの呼び出しなど仕事らしい仕事も受けていなかったらしく、ノエルロードは執務室で書類とにらめっこをしていたが、私たちの顔を見るとあからさまにこれで一休みできる、という態度を全開にして、笑顔で立ち上がった。
「すみません、突然」
「いやぁ、逆にウエルカムだわ~。子ガラスちゃん、ヨーグルト飲む? ちょうど昨日実家から職場のみんなにってたくさん送ってきてさ」
「わ~い。飲む~!」
「ウエハースもあるよ」
「ワカメ~。いいやつ~」
すぐさま応接室に通された。無理に明るくしようと努めているノエルロードの様子に、まだまだ記憶の薄れないセキノを思い出したが、吐く息と共にすぐに思い出を追いだした。
お茶を持ってきてくれた部下が部屋から出て行ったことを確認して、話を切り出す。
「実は『実体のない天からの光の槍』についてなんですが」
そのことだと察しはついていたようで、ノエルロードはすでに棚からその事件に関するファイルを数冊取り出していた。それをテーブルの上に置いて、正面に向かい合う形でソファに座った。
「私のサテライトシステムと同じものを使っているようなんです」
ほう、とノエルロードが声を上げた。遺体の損傷や状況などから、彼はすでに分かっていたのかもしれない。
「どうやってわかったんだ」
「しばらく使ってなかったシステムを以前起動しようとしたとき、充電中になってて起動できなかったんです」
「それはアンタ寝ぼけてて、寝てる時に発射しちゃったとかじゃないのか」
「ありません」
はっきりと胸を張って言ってのけた。幼いころに衛星システムを発射する夢を見たことがあるが、実際発射したことはない。歩く夢を見て実際に歩いていないのと一緒だ。夢とシステムはリンクしない。
「夢遊病とか」
「だとしたらヤッタちゃんが気づきます。私が夜中にトイレに起きても、ヤッタちゃんは目を覚ましますから」
「夜中にトイレに起きるのかよ。歳だろ」
「否定はしません」
「うん」
「それで、そのサテライトシステムに関することなんですが、先日、共振によるハウリングを起こしまして」
「うん?」
彼に隠してもどうしようもないので全てを話した。未熟なサテライトシステム使用者により起こる、脳内でのハウリングのこと。起こった場所が自然保護施設であったこと。その人物が誰であるか。
「ですが、その人が『実体のない天からの光の槍』とは限りません。そのシステムに通じているというだけですから」
「充電中だったその一日前、凶器が光の槍と思われる犯行が起こっている」
ファイルをめくりノエルロードがまっすぐに私の目を見つめた。
「衛星システムを使っての犯行だ。システムを使えるやつはおまえと、何故かわからないがそいつしかいない。そしてハウリング。これだけでそいつが『実体のない天からの光の槍』であることはほぼ確定だ。十分だろ。アンタの気持ちはわかるがな」
そうなのだ。それは私にもわかっている。システムを使える時点で、たとえ犯行を目撃しなくとも、その人が『実体のない天からの光の槍』だ。なにせ、私とその人にしか使えないものなのだから。
「それで、どうしてそいつはシステムを使えるんだ。おまえの血族なのか」
「いいえ。多分、私が持ってる特定の遺伝子領域を増幅させて、人体に埋め込める程度の微小な端末を作ったのだと思います。それを脳に埋め込むなりして」
可能性の断片だけでうまく説明はできない。
「そんなうまくいくかなぁ。以前はハウリングが起こったことなかったんだろ」
ノエルロードが大げさに首を傾げて声をあげた。
「はい。最近までは犯行も起こっていませんでしたし」
「端末を入れたのなら、取り出すこともできなくはない、か。それにその方法ならクローン作り出すよりは、時間もかからないし楽だな」
はぁ、と特大のため息をついて、ノエルロードがソファに寝そべった。
「気がすすまねぇなぁ」
「保護動物の状況確認のために、ノエルロードさんも頻繁に医務室に出入りしていましたしね」
「リア。あいつ、どうしてこんなに殺す必要あったのかなぁ」
「理由は、本人に聞いてみるしか」
ノエルロードのため息が移ったのか、私もつられてため息をついた。
「カザモリにはまだ話していません。話したら包丁を持ってリアのところに突撃するだろうから」
「自分よりも先に捜査官に情報漏らしたとなると、あいつ怒り出すぞ、きっと」
「捜査官といってもノエルロードさんです。上には話さないでいてくれますよね」
「なんで」
ノエルロードが体を起こす。
「カザモリに捕まえさせてやりたいんです。でも、もし殺すつもりなら……」
「ごちそうさま!」
突然ヤッタが声を上げた。今まで随分大人しいと思っていら、どうやらずっと口は動かしていたらしい。皿の上のウエハースは全てなくなり、ヨーグルトのコップもすでに空だ。以前よりも上手に食べることができるようになったこともあり、テーブルの上のウエハースのクズは最小限で済んでいる。
お腹をさすり、ぷはーと美味しい吐息をついた。
「やっぱりワカメのぱぱとままが作ったヨーグルトが一番おいしい」
「おう、当然だ」
「ヤッタ、おなかいっぱい」
ヤッタがソファーの背もたれによじ登り、私の肩に顎を載せて大きなげっぷをした。
「あなた、人の耳元でげっぷをするとか……」
「あ、アンスルちゃん、肩にゴミついてる」
小さなゴミクズをくちばしでつまみ上げ、私の手のひらに置く。
「ありがとうヤッタちゃ……ん?」
「それ」
「これ?」
二人と一羽が、額を合わせて手のひらに乗せられたゴミクズを囲む。一見すると糸くずのようなゴミだ。
「ノエルロードさん、これって」
「盗聴機だよな」
「最新型ですねぇ」
「イトミミズそっくり」
「結構お高いぞ、これ」
「やりますねぇ」
「食べられるの?」
「つけたやつ、心当たりあるのか?」
「カザモリですねぇ」
「カザモリのイトミミズかぁ~」
先ほど、肩に手を置かれたことを思い出す。
――まさか、私がノエルロードさんに話すことを見越していたのか。
腹の奥にふつふつと激熱のマグマが沸き上がってくるのを感じた。なんの真似だこのクソガキ。と盗聴機に向かって怒鳴りつけそうになるのを必死に押さえる。
「聞かれたな」
「聞かれましたね」
「聞かれたの」
どうすべきか。頭が真っ白になってどうしたらいいのかわからない。今すぐカザモリの所に飛んでいきたいのに、衝撃すぎて尻がソファにくっついたまま離れない。張り付いた尻から地中にあるマグマが配給されているのか、怒りだけがボコボコと増幅する。
「あのよ、カザモリ。すでに聞いてないかもしれないけど、早まるなよ?」
ノエルロードが盗聴機に向かってそっと囁く。
「イトミミズがカザモルなの? たいそう小さくなったね」
状況を理解していないヤッタがしきりに首を傾げる。
「もう走り出しているとは思うけど」
沈黙が我らを支配する。時計の秒針だけがやけにやかましい。
「……どうしますか」
「……行くしかないだろな」
「ヤッタも行く」
顔を見合わせて、二人と一羽は同時に部屋から飛び出した。




