おビール飲んだらよくなる
「この様子じゃあ、保安官復帰はまだ無理ね」
ぽよぽよと膨らみをしつこく突いてリアが笑う。
「そうですねぇ」
「賞金稼ぎ、どんな感じ?」
「追っかけている、という訳ではないのですが、賞金稼ぎで知り合った人が追っている関係で私も調べているのが、『実体のない天からの光の槍』という立派なコードネームを持つ賞金首です」
「これがその被害者たち。この中に密猟者が二人」
シキが検索画面を指さす。情報ダダ漏れだな、と思ったのだがもう遅い。そもそもここで情報を見せると、結果こうなるだろうことは予想がついていた。リアが画面を食い入るように見つめる。
「ふうん。ここのデータベースに載っているってことは、全部この保護区域で密猟した奴らってことね」
「ずっと前に密猟者やってて、改心した後に殺されたってやつもいるっぽいです。ちなみに、『実体のない天からの光の槍』が現れたのは、およそ五年ほど前です。こういう事件が起こっていたこと、ノエルロードさんから聞いたことありますか」
誰もが一様に首を振る。
「五年……」
リアが人差し指を唇に当てて考え込んだ。
「ずいぶん前ね。五年前の事件でまだ捕まってないの。警察はなにをやっているんだか」
「まぁ、武器が武器だけになかなか難しいみたいですね」
「五年前といったら、わしはまだ副施設長だったな」
バナハが言った。
「私は……まだ学生やってたわ」
過ぎ去った年月を指折り数えてからリアが言う。
「五年前なら下の子が産まれたくらいか。俺は小隊長ですらなかったかな。平社員で毎日フィールドワークしてた」
シキが言った。たかだか五年前なのに、それぞれ立場が違っていることに驚いた。では私は何をしていたのだろうと考えて、何も変わっていなくて情けなくなる。
「私はもうここにいて、数か月前と変わらずに何人か殺してましたね。五年前って随分昔のようで、意外とつい最近のことですね」
「やっぱり今日ちょっと変よ、アンスール」
「え」
「なんだか顔色が悪いわよ。具合でも悪い?」
リアが人差し指を私の鼻先に突きつけた。
「なんだアンスール、調子悪いのか」
「えっと、まぁ、ちょっと、昨日の夜飲み過ぎたかもしれません」
「ほどほどにしろよ」
シキが心配そうな顔をして私の肩に手を置いた。
「おまえが倒れたら、ヤッタだって困るんだからな」
「アンスルちゃん、どこか痛いの?」
会話を聞いていたヤッタが、懐から顔を出した。
「大丈夫だよ、ヤッタちゃん。少しだけ昨日のお酒が残ってるのかも、ってだけで」
「だからおビールは一日二本までって言ってるのに」
怒った様子でヤッタがカチカチとくちばしを打ち鳴らす。
「何本飲んでるんだ、おまえ」
あきれた様子でシキがゆっくりと首を左右に振る。
「まだ若いのに大酒飲みとは。太るぞ」
バナハまでもが生温かい目で私を見る。
「子ガラスに注意されてるのなら、どうしようもないわよ」
腰に手を当ててリアが大きくため息をつく。
「すみませんねぇ」
久々に顔を出したのに、どうして責められなくてはならないのだ。私は適当に謝って鳩のように首を前に突き出した。
「風邪気味だったんで、そのせいかもしれません。今日はもう帰りますね。近いうちにまた来ます。サフアン先輩とかリコたちの顔も見たいし。先日ユイス先輩との飲みの約束すっぽかしちゃって、直接謝りたいんですよね。あと、最近の保護地域拡大における有志の買収活動の動向も知りたいし、保護区北端の湿地に関するララムサルールー条約関係で水鳥や鶴たちの生態も気になるし、先日は保護区近郊の森で繁殖が確認されてたチョウの保護の話とか……、あ、そういえば隊長、ヤッタちゃんが来たときになんか言いかけてませんでしたっけ」
「え? そうだったか。なんだったかな、忘れたな」
無理矢理に作った笑いを顔に張り付けてシキが言った。なにか言いたいことがあったのだろうが、言う機会を逃してしまった時の顔だ。わずかばかり気になったが、まぁ重要なことでもなさそうだしいいか。
カップの中のお茶を飲み干して、バッグを肩にかけ直し、ヤッタを懐に入れたまま椅子から立ち上がった。
「では失礼します」
「ああ。また来いよ」
「あの、アンスール」
「はい?」
「えっと……」
リアは視線だけをシキの方にやってから、数回瞬きをしてすぐに私に視線を戻した。
「あの、ヤタガラスの生態って詳しくわかっていないから、子ガラスちゃんのこと、できる範囲でいいから食生活とかレポート書いて提出してくれない? ヤタガラス保護のためにも必要になってくると思うから」
「ああ、なるほど、いいですよ」
「俺からもよろしく」
シキが軽く私の背中を叩く。心なしか手のひらにこもる力が弱々しい。ふとリアの顔をみると奥歯にものの詰まったような顔をしていた。そして部屋全体の空気が重い。
え、なに、私、なんかしたか。返してないお金があったとか? いや、そもそもお金は一円たりとも借りない主義だ。一円貰うことはあっても。
「フクロウ太も子ガラスと遊べて嬉しかったみたいよ」
最後にリアが私の腹の膨らみを一突きした。
「ヤッタ君、今度来るときはだっこさせてくれ」
「うう……」
顔を出したり引っ込めたりするヤッタを宥めながら、私たちは施設を後にした。
「アンスルちゃん、大丈夫?」
懐から飛び出し頭に座ったヤッタが、首を伸ばして上から私の顔を覗き込んだ。
「うん、大丈夫だ」
頭を撫でて微笑みかけると、かぁ、と喉を鳴らして肩に降りてきた。ぐいぐいと頭を頬にすり付けて、首筋にぴったりとくっつく。
「無理しないでね」
「大丈夫。ありがとう」
合体しそうなほど強く体を寄せてくるヤッタをとても愛おしく思った。人間よりも高い鳥の体温が、じんわりと体の芯まで伝わってくる。
「帰ったらおビール飲もうか。ヤッタちゃんはノエルロードさんの実家のヨーグルトね」
「おビール、飲むの?」耳元でヤッタが不満そうな声を上げる。「おビールの飲み過ぎだったんじゃないの」
つんつんと側頭を突くヤッタのくちばしを、右の手のひらでやんわりとどかす。
「いや、違うんだ。体調は悪くない」
ヤッタが小首を傾げる。
「ほんと? そういえば、アンスルちゃんの顔色、よくなった」
「うん」
そうだ。体調が悪かったわけではない。
ずっと耳の奥にこだましていたハウリング。衛星システムを上手く使いこなせていない人と邂逅したときに起こる共振雑音。幼い頃、まだシステムをうまく使いこなせない私が祖母や母と味わった苦い記憶。あまりに激しくて吐きそうになった。脳を揺さぶるノイズ。相手にだって同じようなノイズが聞こえていたはずだ。今はもう距離を置いたので聞こえない。
私は祖母と母からハウリングを起こさない法を学んだ。常にシステムと交信しなければいいのだ。必用な時だけシステムに交信する。簡単なことだ。つまり、常にシステムとは繋がっている訳ではないのだ。電源を入れていないと言えばいいのか、だから、他からログインをされても気が付かない。
だが私は今日はあえてログアウトをしていなかった。今日と言うより最近になってといった方が正しいだろうか。システムが使われた場合にいち早く察知し、キャンセルさせるために、常にシステムとは微弱ながら交信している状態にあったのだ。だがまさか、それがこんな形で犯人を突き止めることになるとは。
ハウリングを起こしても、相手がシステム交信を止めなかった理由はなんなのか。使いこなせていないだけなのか、わざとこちらに気づかせるためなのか。こちらが『実体のない天からの光の槍』情報を出して発破をかけようとも、顔色一つ変えなかった。動じるそぶりもみせない。たいしたもんだ。
けれども血族ではない。ならばどうやってシステムを動かしているというのだろう。そして、なんのために人を殺す。密猟者ばかりが殺されていることから、やはり彼らに恨みがあるのだろうか。しかし、そうでない人も殺している。カザモリの家族だってそうだ。
「アンスルちゃん、難しい顔してる」
ぽんと頭の上に飛び乗ったヤッタが、私の眉間をたしたしと足で蹴る。
「色々考えてたら、また具合悪くなりそうになってしまったよ」
「おビール飲んだら元気になる?」
「なる」
「早く帰っておビール飲もう!」
燦々と輝く太陽の下で、ヤッタが元気よく叫んだ。酒の話をするにはまだ早い時間帯だ。すれ違う人々がくすくすと小声で笑う声が聞こえる。
「ヤッタちゃん、もう少し小さい声でしゃべろうか」
まだ昼だし。
「今日はおビール四本までいいよ!」
悪気がないだけタチが悪い。なにに悩んでいたのかも忘れて、こそこそと家路を急いだ。




