昔の仲間
シキの言葉を切り裂いて、ヤッタの声と羽ばたき音が聞こえてきた。ふぁっさふぁっさという音がだんだん近くなる。
「ヤッタちゃん、こっちー」
「どこー」
「こっちこっちー」
「いたー!」
すさーっと風を滑ってヤッタが定位置である私の頭の上に降り立つ。ずしっとした重みが首にかかり、咄嗟に首に手を当てた。
「あ、お、おお、元気そうだな。ヤッタ」
「タイチョー、こんにちは!」
「こんにちは。ひとりで施設内を移動できるようになったんだな」
「うん。冒険してきた!」
ヤッタが元気よくジャンプする。着地の度に首の骨がミシミシと音を立てる。
「フクロウ太さんは?」
「疲れたから寝るって」
「それにしても、大きくなったなぁ」
「そうかな」
頭上のヤッタを両手で抱き上げ、目線の高さに持ってきた。こうやって両手で抱えてみると、確かに少し重くなったかもしれない。以前から頭に乗られると重いとは感じていたが、最近さらに首に負担がかかっている気がする。
「というか、太ったんじゃないか。前はもう少ししゅっとしてたぞ」
「そう言われてみると、丸くなったような」
「エッ」ヤッタの体が固まる。「ヤッタ、太ったのか。どおりで最近飛ぶと体が重いと思ってた」
がくり、とうなだれるヤッタを胸に抱いて頭を撫でる。ずっと一緒にいたから変化はあまり分からないが、思い返してみると、確かにヤッタはもう少しスリムだったかもしれない。おなかをつつくとぷよぷよとかなりの弾力がある。
「いいもん食わせて貰ってんだな」
「うん! ヤッタ、毎日おいしいものいっぱい食べてる」
そうかそうかとシキがヤッタの頭を撫でる。
「シキ君いるか。今日カヅキ君が来ると聞いたのだが」
突然の声に振り向くと、開け放たれたままのドアから、のそりと巨体が顔を出した。
「おお、もう来ていたのか。久しぶりだな」
「所長。お久しぶりです」
男の陰を見てヤッタが慌てて懐に潜り込んできた。人間に慣れてきたヤッタだが、この白熊のような男だけはやはり怖いらしい。
「子ガラスちゃんも元気だったか」
「アンスルちゃんっ、でかいのきたっ」
顔だけを外に出し、懐の中でヤッタがかたかた震える。
「まだ抱っこさせてはくれんのか」
バナハが眉尻を下げて悲しそうな顔をする。この男、がたいは大きく強面ではあるが、可愛らしいものが大好きなのだ。
「うう、でかい。怖い」
しかし、その愛はヤッタに伝わらない。
「ヤッタちゃん、所長は優しいよ」
「ううう、でかい手、怖い」
「隊長は怖くないのに、所長は怖いの?」
「タイチョーはそんなにでかくない」
ヤッタが顔まですっぽりと懐に入り込み、すっかり姿を隠してしまった。私の腹にできた膨らみを眺めて、バナハががっくりと肩を落とす。
「もう少し時間が経てば所長にも慣れますよ。隊長にも慣れたんですから」
「そうだといいんだがなぁ」
悲しげな声を出すも、ヤッタが懐から出てくる気配はない。
「ところでカヅキ君。賞金稼ぎの方はどうかね」
「学ぶことが多いですが、楽しくやっています」
「それはよかった。ん? もしかしてそれは賞金首情報かい」
バナハが私の手元にある紙を指さした。
「あ、いえ。これは被害者情報です」
「今追いかけている賞金首の被害者らしいですよ」
シキがコンピュータの画面を指し示す。
「ここでとっ捕まった過去のあるやつもその中にいます」
「ほお」
顎に手を当てたバナハの目が興味深げに見開かれる。
「密猟者が密猟されたってわけか。ははは」
巨体を揺らしてバナハが笑う。
「笑えませんよ、その発言」
と言ったシキの言葉に頷きつつ、彼とともに苦笑する。
「お、これは見たことある顔だな」
被害者の顔写真を見ていたバナハがガル一家の長男、スガニを指さした。
「本当ですか」
シキが『ガル・スガニ』とキーボードを叩く。検索にカーソルを合わせてクリックすると、合致データなしと表れた。あれ? と所長が素頓狂な声を上げる。
「密猟者ではないみたいですね。少なくともここでは捕まっていない」
シキの言葉にバナハが白いあごひげをいじりながら無言で考え込む。
「父親の方を入力してみてくれ」
言われた通りに『ガル・ガロー』と入力すると、すぐに合致データが画面上に展開された。
「あ、いた」
ガル・ガロー。二十年以上も前に密猟者として逮捕されていた。
「若いころの写真が息子に似ていたんだな。タチの悪い密猟者だったからよく覚えているぞ。西の外れでよく悪さしていた。私が現役の頃だ。確か何度も逮捕したはず」
シキが詳細情報をクリックした。家族構成、出身地、犯罪履歴などが表示される。大鵬の密猟二件、象牙の密猟五件。
「これ、私なら即刻殺してますよ」
画面を見たとたんに鼻息が荒くなる。
「そうだろうな」
シキが頷く。
「それでも最後に保釈されてからは、もう現れた情報がなかったし、足を洗ったんだろう」
「現在は土木作業員って書いてありますね」
「こうして死んでしまうとはなんだか複雑な気分だな。あの頃は殺したいほど嫌なやつだとは思っていたが、一家で殺害されるとなるといい気はしない」
いくら改心しても、若い頃の悪さを神様が見逃してくれなかったのかもしれないな。とバナハが呟いた。そうだとしても、家族ごと殺してしまうなんて、案外酷い神様だ。
それでもこうやって殺されたとなると、密猟にあった大鵬と象の家族は喜ぶだろうか。私だったら二十年以上前の憎しみを覚えているだろうか。長命人種ではあっても時間の流れ方は短命人種と一緒だ。怒りや憎しみが時間とともに消えていく速度も一緒だ。
まるで天罰のように殺されたら、少しは気も晴れるのだろうか。
「アンスール!」
突如、思考回路を寸断するほど甲高い声が室内に響いた。この声の主は知っている。リアだ。振り向くと彼女はすぐそこにいた。急いでここに来たのだろう、白衣ではなく外套を来たままで、髪の毛もぼさぼさだ。ズボンの裾には枯れ草が数本ついている。
「久しぶり! フクロウ太に来てるって聞いて、飛んで来ちゃった。元気にしてた?」
「……あ、ああはい」
「どうした、アンスール」
反応の鈍い私の顔を、シキが不思議そうにのぞき込んだ。
「あ、いや、すみません。いつも綺麗にしてたのに、今日は随分汚い格好だなぁ、と。頭にうんこついてますよ」
「うんこじゃなくて枯葉よ! 現場行って帰ってきて、すぐにあなたの元に駆けつけたのに、たいした歓迎の仕方だわ」
髪の毛に絡みついた枯葉を払い、鼻息を荒くしてリアが口を尖らせた。
「ああ、そうだ。急患で外に出てたんでしょう。もう大丈夫なんですか」
「天馬よ。交通事故。保護したわ。翼が折れてたけど、脚が折れてないのが不幸中の幸いだわ。で、あのヤタガラスの子どもは?」
「ここ」
懐の不自然な膨らみを指さした。
「ああ、随分太ったと思ったら、カラスが一羽入ってたのね」
にやにや笑ってリアが膨らみを突く。ヤッタがびくっと体を一度大きく震わせた。
「出ておいで、子ガラスちゃん。まだアンスールにべったりなの?」
「う~」
ヤッタがのそりと顔を出した。
「なんでそんなとこに隠れてんのよ」
「わしのことが怖いらしいぞ」
リアの背後から顔を出したバナハに驚き、ヤッタは再び顔を隠してしまった。
「トラウマは消えないのねぇ」
「わしがやったわけじゃないのになぁ」
しょぼん、と言い出しそうなバナハの様子に、不覚にも笑ってしまった。




