シキ
たまには顔を見せにこい、というお達しに従い、数か月ぶりにかつての職場である自然保護区の施設に足を運んだ。
ヤッタがフクロウ太に会いたいと騒ぐので、とりあえず先にリアがいるであろう医務室に向かった。それなりに大きな施設だからか今は忙しい時なのか、医務室に向かう途中誰ともすれ違わなかった。
目的の部屋についてドアをノックすると反応がなかったので、失礼しますと言ってドアノブを回してみた。カギはかかっておらず油の切れた音を立てて扉が開き、ふっと消毒液のにおいが漂ってきた。このにおいを嗅ぐと、自分が綺麗になったような気がして案外嫌いではない。
白いベッド、白いキャビネット、埃ひとつない灰色のデスクと、その上に乱雑に置かれた書類の数々。ここはなにも変わっていなかった。フクロウ太ももう野生に帰る気はないのか、まるで主のように診療台の上でうとうととしていた。声をかけるとしょぼしょぼと目を開き、足でごしごしと瞼をこすってからようやくヤッタの姿を確認すると、大きな目をくるくると動かして両の翼を大きく広げた。
「おお、小さなヤタガラスの子よ。大きくなったのぅ」
「フクロウのおじいさん久しぶり! くたばってなくてよかった!」
「く!?」
ヤッタの無邪気な言葉にフクロウ太が目をひん剥いき、次いでなにか言いたげな目で私を見た。それはまるでお前の育て方が悪いと訴えているかのような目だった。思わず私も白目をむく。
素早く責任を転嫁してヤッタをたしなめるしかない。
「おいこらヤッタちゃん。ノエルロードさんの言葉を真似しちゃいけない」
「はーい」
うまくいった。返事もそこそこに、ヤッタは羽を震わせてフクロウ太に飛びついた。久々の鳥という同族が余程嬉しいのか、フクロウ太の首筋に嘴をうずめて、羽繕いをしはじめる。フクロウ太も気持ちよさそうに目を細めた。
「フクロウ太さん、大先生とリアは?」
「先生とお嬢さんなら、負傷した動物がいるとの通報が入って、保護区に出かけたのう」
「そっか」
相変わらず忙しいのだろう。会えないのは残念だが仕方がない。フクロウ太と遊んでいると言ったヤッタを残して、以前いた隊の待機室へと赴いた。ノックするとけだるい声で返事が聞こえた。
「ご無沙汰しています」
ドアを押し開け入ると、部屋には机に向かって仕事をしているシキ一人だけがいた。彼は私の姿を認めると、破顔して勢いよく椅子から立ち上がった。
「おお、ようやく来たか! どうだ、元気でやっているか」
「はい。お陰様で。これ。お土産です。ほかの人たちはどうしたんですか」
「演習だ。俺は居残り雑務」
シキが両手を広げて肩をすくめた。上の人間になると机上での仕事も多くなる。もともとじっとしているのも事務仕事も苦手なシキだ。そろそろ座っているのも限界で、きっと自分も演習に行きたくてうずうずし始めていたのだろう。いい話し相手ができたとばかりに、ペンと書類を放り投げ、お茶を入れ始めた。
勧められるがままに応接間のソファに座る。
「あの、隊長」
「ん? どうした」
「ちょっと疲れていませんか。以前よりも少し痩せたような」
そうかなあ、とシキが頬を撫でた。
「私の代わりの人員は補充したんですよね」
「ああ、新人だからまだまだ使えない分、心労はあるかな」
ははは、と笑ってみせるシキの頬は、やはり以前よりも痩けて見えた。それでも明るく笑って見せようとする心を察し、それ以上追求するのを止めた。
私が辞めてから密猟者を殺しましたかとも聞きたかったが、やめておいた。この人を筆頭に彼らはきっと人を殺せない。嫌みに聞こえるだけだ。
「あいつらも昼には一度帰ってくるぞ。なにもない限り、午後からまた射撃演習だけどな。そういえば」お盆にカップと土産のお菓子をのせたままで、シキがきょろきょろあたりを見回す。「あのヤタガラスはどうしたんだ。一人立ちしたのか」
まさか、ありえないですよ、とかぶりを振った。
「診療室のフクロウ太さんと遊んでいます」
「はぁ~。お前から一ミリとも離れなかった、あの子ガラスが」
成長するものだな、と彼は笑ってテーブルの上にお茶を置いた。礼を言いつつ、つられて私も笑う。
「ご飯も一人で食べられるようになりました」
「それじゃあ、ここの職場復帰も近いな」
それはどうだろう。シキをよく思っていないかつてのノエルロードとの会話がよみがえって、返事をしないで曖昧に笑ってみせた。
「ノエルロードから話は聞いてるぞ。仕事は順調だそうだな」
そのノエルロードの名前が出て来て心臓が跳ね上がった。
「ヤッタちゃんのおかげで」
笑ってはみたものの、笑顔はぎこちなかったかもしれない。
「へえ、あの子ガラスも役に立っているのか。それで、どうだ、賞金稼ぎって儲かるもんなのか」
「まぁ、ぼちぼちです」
水商売ではあるが儲かっているのは確かだ。下着泥棒と食い逃げばかりとはいえ、一か月に十人捕まえていれば、公務員である保安官として働いていた時とは、比べものにならないくらいの額が懐に入ってきてはいる。しかし、ヤッタに手伝って貰ってこその成果だ。ヤタノカガミがなければ、未だにどう賞金首を探していいのかわからないだろう。
「今はどんな賞金首を追っているんだ」
「私が追っているのは小者ばかりなんです。ところで隊長。賞金首ではなくてとある事件の被害者なのですが、この顔見たことありませんか?」
本当は関係者以外閲覧禁止情報なのだが仕方がない。シキは性格はやわやわのよわよわだが、口だけは硬い男だから大丈夫だろう。先日カザモリから渡された紙を取り出して、向かいで茶をすすっている彼の前に広げて見せた。
「この一番下の凶悪顔したやつです」
ニーダ・タウキを指さした。
「こいつ、以前俺たちがとっつかまえた密猟者じゃないか」
当然のことのようにシキが言った。
「やはりそうですか」
シキは上にいる人間だけあって、人の顔を覚えるのが得意だ。予想が確信に変わると、せき止められていた土砂が大雨によって一気に流れていくように、脳内通路がスムーズに流れ始めた。大鵬のヒナを助け出した時の密猟者だ。眉間を叩いて過去の記憶を探った。他の二人は殺してしまったが、その中で一人だけ生き残った運転手の男だ。私を見てバケモノとか言ってたやつ。
「で、こいつ、密猟者で加害者だったのに、いつの間にか被害者になったのか」
「はい。一応今追っている犯人の被害者です。殺害されて今はこの世にいませんが」
「密猟者のデータベース調べてみるか」
シキが自分のデスクに向かい、ネットワークにアクセスして、データベース上の検索バーに『ニーダ・タウキ』と打ち入れた。お互いコンピュータ画面を食い入るように見つめる。
「いた。こいつだな」
数秒もかからず『ニーダ・タウキ』の名前がヒットした。以前、私が在職中に大鵬のヒナ三羽を誘拐未遂した男だった。
「警察の方のデータベースには製造業って書いてありました。前職の記述はなし」
「まあ、被害者情報で前職密猟者なんてことまで書かないだろうしな。なによりそこまで調べないだろうし。釈放後に改心して、まともな人生歩むようになっていたのかもな」
死んじまったということけど。とシキが付け加えた。
「共犯者二人は逃走途中に排除したけど、嘘か本当か、こいつは無理やり運転手をやらされたって供述して不起訴処分になってる」
嘘だろうけどとシキが言った。私もそう思う。こういう風にいうやつは、だいたい無理やりではなく金で買収されている。
「なのにあっさり殺されたんですね」
「そうなるな」
ナンマンダブ、と唱えるシキの指がキーボードを打ちつける。
「あと他の人は見覚えありませんか」
シキはガル一家とエド・コウルの写真を食い入るように見つめてから、「ないな」とあっさり言った。ためしにエド・コウルの名前を検索してみたが、ここのデータベースではヒットしなかった。
「ですよね」
頷くしかない。
「ニーダはウリュウ出身か」
画面に視線を戻したシキが詳細情報をクリックすると、住所、年齢、家族構成。密猟者の詳細情報が画面に映し出された。
「こう見てみると、『実体のない天からの光の槍 シエラ ルモランツォ』はほとんど保護区近郊で事件を起こしていますね。私たちがいるところを表側として、星の裏側ではいっさい事件を起こしていない」
「ん? 『実体のない天からの光の槍』? なんだそれ」
振り返ったシキが疑問の声を上げる。
「私と同じ衛星のシステムを使う奴がいるんですよ。そいつのコードネームです」
キーボードを叩くシキの指が止まった。私を見つめる目は驚愕に見開かれている。
「そんなやつがお前以外にいるのか」
「いるわけない、はずだったんですけれどもね」
ごくりと音をさせて、シキの喉仏が大きく動く。
「それは、恐ろしいことじゃないか」
「そう……なんですかね」
「世界にとって、驚異だぞその力は」
「そういうもんですか。やっぱり」
「その力、今はお前みたいなのんべんだらりとした奴が持っているから、この世界ものんべんだらりとしていられるんだ。けど、普通の人間なら、そんな強大な力を持ったら、世界を自分のものにしてみたくなったりするんじゃないのか。実際できるだろう。その力があれば」
そういうもんか。
ふーん、と曖昧に頷いて、興奮して顔を赤くするシキを見つめるしかない。
「今時いるんですか、世界を我が物に~、なんて、そんなやつ」
「いないとは限らないだろ」
そうか、いないとは限らないか。一昔前のゲームによくある勇者と魔王みたいな話だが。この星を我が物としてなんになるのだろう。カイトスの王になっても、面倒くさいだけで別段おもしろいことなどなさそうだが、そう思うのはやはり、のんべんだらりと暮らしている凡人の証拠なのだろうかと凡人の脳でぼんやりと考えた。
「それに、実際に無差別に人を殺して歩いているんだろう、そいつ。そんなやつをのさばらせておくのは危険すぎる」
わかっているのだが、なかなか捕まえられないのだから困っているのだ。空調に揺れる被害者の顔写真を眺めながら爪を噛んだ。
「俺はイヤだぞ。なにもする気のないお前までもがあらぬ疑いをかけられて、拘束されるとも限らない」
「ま、私だっていう疑いは晴れたんですけれどもね」
「武器も使いようだってのはわかる。でも人間はそれだけで納得なんてできないんだ」
シキは珍しく多弁になっていた。心配してくれているのかもしれない。実際はシキが年下なのだが、短命種の彼は私より見た目が断然年上で、長い年月をほぼ寝て過ごし人生経験のかけらもなかった私を無意識のうちに甘えさせる。
シキはどうなのだろう、とふと考える。百歳を越えていると分かっていても、子供にしか見えない私に対し我が子に接するような感情を抱いているのだろうか。
かつてエルスがそう言ってくれたように。
だが、父に対する感情と同時に、以前ノエルロードに言われた言葉も思い出す。だからか、素直に頷くことができない。
「実はさ」
じっと目を見ていたから気まずくなったのか、シキが目をそらして上左と視線をさまよわせて、ぼそりとつぶやいた。
「その……」
「アンスルちゃーん」




