カザモリの憂鬱
セキノが病室のベッドの上で息を引き取ってから二週間が経った。しばらくは毎日のように目を赤くして局内に現れたノエルロードだったが、やがて全て吹切ったようにいつものふざけた男に戻っていった。
ヤッタも初めは元気をなくしていたが、美味しいものを食べているうちにすぐに元気を取り戻した。もともとヤタガラスは短命種の人間の死に対して、それほど心を揺さぶられる生き物ではない。
私はというと、病室で寝ている彼女を見たときからやがてこうなることを感じていたので、覚悟ができていた分悲しみはそれほど強いものではなかった。人は死ぬのだ。どうせいつか早いうちに。
私が捜査に加わっていた三週間の間に『実体のない天からの光の槍』による殺人事件が二件、その後一件があった。全て私の監視中に起こったのでこの身は晴れて無罪放免となった。
私と同じシステムを使っている『実体のない天からの光の槍』。
初めは低空域に飛ばせた飛行物体からのレーザーによる攻撃だと思っていた。しかし、予想が外れた。あれはサテライトシステムだ。私が使ってもいないのに、使用できる範囲の全てのシステムが充電期間になっていたのがなによりの証拠だ。では、誰がどうやって。
「わからない」
独り言を発してから、ぎしぎしと音を立てる椅子の背もたれに体重をかけて思い切りのけぞり、天井を向く。滞っていた血液が一気に体中をかけめぐる刺激に強く目を瞑る。
「よぉ」
思いの外近くで聞こえてきた声に目を開けると、カザモリが上から顔をのぞき込んでいた。驚きのあまり慌てて姿勢を戻すと、額と顎がいい音を立ててぶつかった。
「いてぇっ」
「あだっ」
脳味噌の揺れる感覚に、しばし頭を押さえて前かがみになる。そうとう痛かったのか、カザモリも声にならない声を上げて顎を押さえ、うずくまっている。
「わー、カザモルだー。ふたりとも顔押さえてなにしてるの。頭悪くなったの」
賞金首選びに飽き、部屋の中で遊んでいたヤッタがカザモリを見つけて飛んできた。しゃがみ込んでいる彼の背中に飛び乗って、楽しげに足踏みをする。
「悪くじゃなくて痛くなったんだ」
「そうなのー」
「ごめんカザモリ。びっくりしてしまって」
「いや、俺も突然悪い」
額をさすりながらゆっくりと立ち上がり、苦笑いを浮かべる。カザモリが立ち上がると同時に、背中にいたヤッタが肩に向かって駈け上ってきた。
「改めて疑いは晴れたんだってな。ノエルロードのおっさんから聞いた」
「ああ、はい」
「おまえがおっさんに手を貸していたおよそ一か月間、『実体のない天からの光の槍』は三度殺人事件を起こしてる」
「三度も、って半端じゃないですね」
一か月のうちに三度も殺人事件を起こした相手を、捜査局は捕まえられないでいるのだ。なにをしているのだと思ったが、捕まえられないのはカザモリも同じだ。犯人が動けば動くほど、こちらも追いつめる材料が増えるはず。だがそうはなっていない。サテライトシステムは銃のように銃弾が残らないし、ナイフのように切るわけでもない。しかも相手が目視できる位置にいれば撃ち抜くことができる。必ずしも殺したい人間の近くにいる必要もないのだ。捕まえられなくて当然かとも思う。
カザモリがプリントアウトした紙を眼前に差し出した。事件の詳細情報と殺害された被害者の情報だった。
「これだけ起こしていれば、お前が白だってのは誰の目からも明らかだ」
紙を受け取って目を通す。
「まあ、私としては安心です」
言葉ではそう言ったものの、気がかりなことがいくつもあった。
発動しようとしたときエネルギー充填中だったこと。つまり、犯人が同じサテライトシステムを使用しているということ。
このことはカザモリに話した方がいいだろうか。犯人に結びつく情報は提供すると約束したことを思い出して悩む。
「あの……」
邪魔をするように通信端末の連絡音が鳴った。腕時計型の端末を確認すると、シキ隊長からのメールだった。確認ボタンを押すと、光の束が集まって膜状の画面が端末の上に展開した。そこに書かれた文字を読み上げる。
「仕事は順調か。たまには顔を見せろ。シキ。だって」
保安官のやつかとカザモリが眉根を寄せる。私に殺しをさせているという例の話をノエルロードが漏らしたのか、シキ隊長は彼からも良く思われていないようだ。
「わーい、行こうよー、フクロウ太さんにもあいたい!」
そんなカザモリの様子にも気づかずに、ヤッタが嬉しそうに羽を広げる。
「フクロウ太さん? 誰だそれ」
「前の職場の診療室にいた長老です」
「まだ前の職場のやつと交流あんの?」
「まぁ一応。ヤッタちゃんが大人になって一人立ちしたら、また元の職場に復帰することになってますし」
「はぁ?」
カザモリが目を丸くする。
「ヤッタは大人になっても一人立ちしない。ずっとアンスルちゃんと一緒にいるんだー」
「今は育児休暇中です」
カザモリが目と口を大きく開けたままヤッタを見る。暇つぶしにこの仕事をやっていると思われたのだろうか。そんな彼の顔が不自然に固まる。どこか怒っているようでもある。
「ヤッタが大人になれば、ここの仕事、辞めるってことか」
「まぁ、そうですね」
私が頷くとカザモリは焦ったように身を乗り出した。
「大人になるなんてすぐじゃないか」
「そうだといいんですが」
肩に手をやるように、がばっとヤッタの翼を両手で包んで、カザモリが必死の形相で叫ぶ。
「ヤッタ、子供の時なんて長くないんだからな。まだずっと甘えていろ。一人立ちはまだ早い」
「え? うん、ヤッタはずっとアンスルちゃんに甘えるつもりだけど」
仲良いな。せっかくできた友達を無くすのが怖いのか。そういえばカザモリは一匹狼だ、というような話をノエルロードから聞いた記憶がある。ヤッタもカザモリになついているし、いいコンビなのかもしれない。そんなふたりを眺めていたら、言いかけていたことも忘れてしまった。
改めてカザモリからもらった事件情報に目を落とす。『実体のない天からの光の槍』が起こした事件は、もちろんすべてが殺人事件だ。
ひとつめの被害者は一人で男、エド・コウル、四十歳。顔には肉がついていて、柔和そうな顔をしている。
ふたつめの被害者は一家四人。夫ガル・ガロー、五十五歳。妻シュウ、五二歳。長女チョウ、三十一歳。長男スガニ、三十歳。夫は日に焼けていて一見サーファー風だ。ニヤケた笑みを浮かべている。妻は美人だがちょっと怖そうで、おそらく恐妻家だと推測する。子供たちは器量よしで母親似だ。
みっつめの被害者も一人で男、ニーダ・タウキ、三十七歳。人相が悪い。被害者と言うよりは加害者のようだ。
ふと三番目の被害者の顔に見覚えがあるような気がして考え込む。
「この人どこかで見たような」
「ニーダ・タウキか? 職業は製造業とあるが」
「製造業。工場のラインとかですかね。どのみち知り合いはいないですねぇ」
「勘違いじゃないのか。こういう悪人面は、ここの賞金首データベースで調べたら、似たような奴が三人くらいはいそうだ」
それもそうだ。最近は明らかに凶悪な顔をした賞金首ばかり見ていたので、それを勘違いしたのかもしれない。だがそれでも喉に引っかかった魚の小骨のように、どこかすっきりとしない。
「以前の職場で会った密猟者に似ている気がします。一度しか会ったことのない人の顔なんて覚えられないので、確かなことは言えませんが」
「そうか。小さなことでも、なにか情報があったら教えてくれ」
もう陽は傾き始めていたが、カザモリは『実体のない天からの光の槍』の情報を探ると言って、部屋を出ていってしまった。
「カザモル、がんばるね」
「そうだね。家族の敵だもんね」
「見つけたら、殺そうとするのかな」
ヤッタが心配そうな顔をして翼を下げた。人間で言うところの肩を落とすような状態だ。
「カザモリ、最近少し痩せた気がする」
「ヤッタもそう思ってた。背が縮んだ。三センチくらい」
長年探してきた相手が数年ぶりに動いたのだ。確かに追いつめるチャンスは今しかないのかもしれない。それにしても根を詰めすぎだ。体を壊しては元も子もない。
そう言ってあげられればいいのだろうが、自分はカザモリにそのようなことを言える立場にない。
短命種は急がなければすぐに時間がなくなってしまうのだ。




