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かくてカラスはうたいだす  作者: トトホシ
星々の祝福

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47/65

連綿

「ねえ、アンスール」

「はい」

「私まで続いてきた遺伝子が途切れるって、すごいことよね。何百年何千年ってかかって、私まで運ばれてきたものが、ここで終わるの。こんなにあっさりと」


 セキノはイチゴを一粒つまみ上げて、そっと口に運んだ。目を瞑りゆっくりと噛み砕き飲み込む。


「美味しい。ありがとうね、アンスール。あなたたちも一緒に食べましょ」

「わーい、食べるー」


 遠慮のないヤッタがくちばしを開ける。セキノがその口にイチゴを一粒放り入れた。


「むぐむぐ。甘酸っぱぁ~い。美味しい」


 スッパスッパアマッアマッ赤い実は~ツブツブ~。

 陽気に歌い始めたヤッタを眺めて、セキノは嬉しそうに微笑んだ。


「私はまだそんなにたくさん食べられないから、ヤッタちゃんたくさん食べて」

「わーい」

「こら、ヤッタちゃん。少しは遠慮しなさい」


 叱ってみるも、ヤッタはわかったーと返事だけで食べるのをやめない。それどころか、セキノに甘えてイチゴを食べさせてもらっている。

 最近可愛くない。軽く睨んでみるもヤッタは素知らぬ顔でイチゴを食んでいる。


「仲いいのね、あなたたち。羨ましいわ」

「羨ましい?」

「ええ。羨ましい」


 ふふふ、と笑うセキノの表情はどこかふわふわとしていて掴みどころがない。


「私ね、ノエルロード班長のことが大好きだったわ。いえ、愛していた」


 突然の告白にヤッタはくちばしからイチゴをぽろりと落とし、私は鳩のように首を突き出してセキノを凝視した。


「それは、また、そうですか。しかし、なんで、こんな時に、まぁ」


 あまりの驚きに、言葉が途切れ途切れにしか出てこない。


「驚いた? 私、本人に伝えたのよ。この気持ちを」


 胸に手を当てて言ったセキノに対して、私の口から、はぁ、と言葉とも呼吸ともつかない返事が出た。


「私はあの人のことが好きだった。あの人の力になりたかった。でもひとりの部下としてしか見れないって言われたわ」


 セキノが寂しそうに微笑む。簡易テーブルの上で、ヤッタがぽかんとした顔で彼女を見上げている。


「それを認めたくなくて、徐々に好きになってくれるかもしれないと思って、だから、好きって気持ちを諦めたことなんてなかったわ。それでね、強引に、ね、私から。……お付き合いしていたのよ、これでも、半年くらい」

「あなたを囮としたノエルロードさんの判断、恨んでいるんですか」

「まさか」


 一段と高い声を上げて、セキノが大仰に首を左右に振った。


「班の中で女は私だけだった。私がやって当然でしょう。それに、最終的に班長は私を助けてくれた。狙撃班顔負けのライフルの腕でね。十分よ」


 彼女の目は嘘をついている目ではなかった。表情はどこまでも柔らかく、声は澄んだ響きで部屋の空気を優しく揺らす。凛々しかった彼女とはまるで別人だ。なにかを悟ったというよりは全てを諦めた表情。

 そんな風に見えてしまうのは思い違いだろうか。ひたすらに穏やかなセキノに何故か物悲しさを感じた。


「私はあなたのこと、犯人ごと撃ちぬこうとしました」


 言わなくてもいいことだった。だが、自然と口が動いた。


「そうだったの」


 セキノの表情に変化はない。


「どうして撃たなかったの」

「ただの弾切れです」

「そう。あなたの判断は間違っていないと思うわ。ノエルロード班長がいない場合ならね」


 彼女の言う通りだった。ノエルロードのライフルの腕があれほどだとは知らなかった。知っていたら、彼女を撃とうとはしなかっただろう。


「格好いいでしょう。彼」

「そう……ですかね」


 脳裏には、尻の破けたズボンから覗くドドメ色のパンツしか浮かんでこない。ヤッタも同じようで、どこか食欲をなくしたような顔をして、シーツの上に転がった赤いイチゴを見つめている。


「昨日来て下さったときにね、これ以上班長の力にはなれないって言ったわ」


 セキノが唇を噛みしめ、爪先が白くなるくらいきつく両の拳を握りしめた。無意識に彼女の膝下に目を向けた。この足では今迄のように犯人を追う事はできないだろう。だが近くにいて支えることはできる、なんて陳腐な言葉は言いたくなかった。


「ノエルロードさん、なんて言っていました」

「そうだなって、言ってたわ」


 握りしめた手をほどき、セキノは下腹部に手を当てた。そして優しく撫でる。その仕草に母親のそれを重ねて、なくはない可能性に愕然とした。


「言っていることとやっていること、違いますよ。幸せに生きていけるんでしょ」


 涙が出た。驚いた。


 セキノさえ泣いていないというのに、私の目からは涙が溢れ出してきた。悲しみの真只中にいる本人が泣いていないのに自分が泣くのはおかしい。しかし、涙は止まらない。セキノはおそらく昨日泣いたのだろう。泣いて泣いて、もう涙すら出なくなったのだ。そう心の中で言い訳をして滔々と涙をこぼした。


「泣かないで」


 苦しげな顔をして、セキノが小さく言葉をこぼした。


「アンスルちゃん……」


 ヤッタが肩に飛んできて嘴で私の涙をぬぐってくれた。


「君はノエルロードさんに気持ちを聞いたんですか。恋人になった時と同様に、強引に別れ話を進めたのではないですか。あの人は君のことを恋人としても部下としても大切に思っていたはず。あの人はただ臆病なだけです。恋人であれ部下であれ、大切な人を失うのが人一倍怖いだけです。君のことだって特別に思っていたに違いない。そうでなければ、あなたが消えてあんなに動揺するはずがない」


 コンクリートの上で丸くなって震えていた彼を思い出す。


 だが、いまさらこんなことを言っても仕方がない。けれどもどうしようもなかった。誰も責められないことがわかっているから、余計に悔しくて悲しい。


「ねぇ、お願いアンスール。班長の力になってあげて」

「できません」


 涙は止まらないのに、思いのほか大きな声が口から飛び出した。それでも構わずに続けた。


「私は捜査官でもないし、あなたでもありません。早く退院して自分でなさってください」


 セキノが俯き膝上の拳を握りしめる。これ以上口を開いたら、もっと酷い言葉を彼女に投げつけてしまいそうだった。

 ごしごしと上着の袖口で涙を拭いてから一礼し病室を後にした。


 帰り際、これからセキノの病室に向かうのだろうノエルロードとすれ違ったが、彼は一瞥をくれただけで、誰に向けるでもない力ない笑顔を浮かべて、通り過ぎて行った。


 一瞬だけだったが、彼の目は充血していて、目の下は黒く影を落としているのが確認できた。自分の目の腫れも気づかれたかもしれないと思わず瞼に手を当てる。


「ワカメ、元気なさそうだったね」

「うん」


 結局、誰もなにも納得していないのだ。


「セキノ、元気そうでよかったね」

「うん」

「イチゴ、美味しかった」

「うん。ねえ、ヤッタちゃん」

「なぁに」


 ヤッタが私の顔を覗き込む。


「帰ったらおビール飲んでいい?」

「いっつも飲んでる」

「そっか」


 あはは、と声だけで笑う。見上げた空には灰色をした大月が浮かんでいた。

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