結末
『現在連シャハ不可能。発射能力位置ニアルシステムハスベテエネルギー充填中デス』
「どういうこと……」
『エネルギー節減ノタメ通信ヲ中断シマス』
耳奥で甲高い警告音が聞こえそして途切れた。予想しないできごとに呆然とするしかない。どこからともなくただよってくる炭焼きのにおいと飲み屋街の喧噪が思考を混乱させる。
エネルギー充電中だと。使っていないのにどうして、と思いかけてはっとする。『実体のない天からの光の槍』の存在。
数発撃つとエネルギー再充填には丸一日かかる。この一日のうちに私以外の誰かがこのシステムを使ったということだ。誰が。どうやって。
惑星カヅキ出身の人間がすべてシステムを使えるわけではない。惑星カヅキの防人の血筋、しかも直系の血筋しかシステムを作動させることはできない。祖母も母もとっくの昔に死んでしまった。今システムを作動できるのは私しかいない。それは確かなのだ。
一体どういうことなのか。混乱しかけた頭で無意識に空を仰ぐ。漆黒の宇宙を背にして、血のように赤い赤月と死地を髣髴とさせる白い大月が私を見下ろしている。
今はそんなことを考えている場合ではない。ダイスをどうにかすることが先決だ。システムが使えないとなると、狙撃犯を呼んであのビルの上から……。
そう考えたまさにその瞬間、思考を遮り乾いた空気を割いて、鼓膜を殴るような破裂音が街中に響きわたった。
同時にダイスの右目に穴が開いて血が吹き出した。警官ですら悲鳴を上げるほどの激しさで、後頭部が砕けて脳が飛び散る。
ぐらぐらと揺れたのち、ダイスがセキノを抱いたまま後ろに倒れた。重なりあった二人はどちらも動かない。ニレが血相を変えてセキノに走り寄った。
上から下に向かっての弾道は、ダイスの正面上から狙ったとしか考えられない。セキノに傷を付けずに一発で目標を削除するいい腕だ。
振り返り背後にそびえているビルの屋上に視線をこらした。満月を背後にして、ゆらりと立ち上がる人影が見える。
「ノエルロード班長だ」
オリガが小声で呟いた。
ノエルロード? あの? 阿呆のように口を開けたままオリガを見上げた。まさか、という言葉すら出てこなかった。
「あの距離から確実に頭を打ち抜けるのは班長しかいない」
あのノエルロードがダイスを撃ったというのか。あの距離から。しかもネオンだけが頼りの暗い夜に。
人影が屋上の縁に立ち、ライフルを片手にビルの壁にかけてあったロープを伝い降りてくる。
下降するにつれて姿がはっきりとしてきた。男だ。うねる髪の上に黒い鳥を乗せている。一目散に彼らのもとに走り寄った。
男は地上まで降り立つと、一度ちらりと私を見てから、気まずそうに視線を逸らした。
「アンスルちゃんっ!」
「ヤッタちゃん!」
男の頭に乗っていたヤッタが私に飛びついてきた。
「怖かったー。夜のお空は怖いよ」
「よく頑張ったねヤッタちゃん。すごいよ」
興奮してうわずった声でしゃべるヤッタを、両腕で抱きしめて頬ずりをする。震えていると思ったヤッタは、全く震えてはいなかった。
「小さくてもやっぱりヤタガラスだな。まさか子ガラスちゃんに怒られるとは思わなかった」
ライフルを両手に抱え、ビルに背を凭れてノエルロードが空を仰ぐ。
「よく屋上まで登れましたね」
「ヤッタが手伝った」
「え、まさかヤッタちゃんがノエルロードさんを運んで……」
「んなわけないだろ。警察手帳を見せれば施錠していた屋上まで入ることはできた」
「でもなんか怪しんでうだうだしている管理人に、ヤッタが突っついて早くしろって言った」
「うん、まぁ、子ガラスちゃんの強引さに助けてもらったよ」
ノエルロードが力なく笑った。
「ワカメは変なところでヨワヨワしてる。ワカメだからか」
「うん、まぁ……ワカメじゃないけど」
いつもの元気がなさすぎて、私はヤッタのように茶化すことがいまいちできない。
「ビルの上からロープ一本で降りてこれるもんなんですね」
「降りるときはこっちの方が早いからな」
腰に装着していた補助装置をロープから外して、彼は捜査官の群がる中心を眺めた。
「俺はまた遅かったのかな」
そこには、頭から血を流して倒れているダイスと、ニレの上着をかけられたまま動かないセキノがいた。周囲の捜査官がブルーシートをダイスの上にかける。犯人が死んだことに安心したのか、騒ぎが徐々に大きくなってきた。その中をかきわけるように徐々に救急車の音が近づいてきた。
「おそらくセキノは外傷は受けていないはずです。でも、物体転移のルネでの強制移動のせいで、心身共に強い影響を受けていると思います」
「セキノン、大丈夫なの? 早くセキノンのところに行こうよ」
「うん。ノエルロードさん」
弱々しく下を向いている彼の名前を強く呼んだ。ノエルロードはゆっくりと顔をあげてから、セキノを見て、それからこちらに視線を移して、弱々しく頷いた。
「行きましょう」
「……ああ」
それでもまだ躊躇している素振りをみせる彼の腕を引いて歩き出す。
「班長……っ」
セキノの傍らにしゃがみ込んで、ノエルロードを見上げたニレ目には涙が浮かんでいた。
「班長、素晴らしい腕前でした」
隣に立っていたオリガが敬礼をする。彼の目も赤い。ノエルロードは弱々しく笑って敬礼をしてから、セキノを見下ろした。
彼女の顔色は土気色のままで、何度名前を呼んでも反応がなかった。
救急車が二台到着した。すぐさま救急隊員が降りてきてセキノを担架に乗せる。私はライフルを握りしめたまま、固まったように立ち尽くすノエルロードの背中を押した。
「一緒にいてあげてください」
ノエルロードが泣き出しそうな顔で私を見る。情けない男だ。泣きたいのはセキノの方じゃないか。そう思ったが無言で彼の背中を再度押した。
「なんで躊躇ってるんだ、ワカメ! セキノン一人じゃ寂しいだろ」
「いや、俺はこの事件の責任者だ。最後まで現場に残って指揮をしなければならない」
首を左右に振ってノエルロードは救急車から一歩離れた。
「本当にいいんですか」
「ああ」
ノエルロードが力強く頷き、彼の代わりにニレが救急車に乗り込んだ。
見送る私たちの顔を赤く照らし、救急車が甲高い音を立てながら走り去っていく。その音もやがて雑踏に消える。
「救急車とパトカーのランプって怖いね。赤くてくるくるしてて」
「うん」
「音も怖いね。女の人の悲鳴みたいで」
「うん」
救急車やパトカーの光は見るだけで心がそわそわする。別に悪いことをしたつもりはないのだが、見えなくなるまで胸が騒ぐ。
「セキノン、大丈夫かな」
「うん」
ヤッタを胸に抱いて空を見上げた。満月の大月を中央にして、周囲に小さな月が光っている。
全て終わった。久々に自分の家に帰ることができる。早くシャワーを浴びてビールが飲みたい。ヤッタには飲むヨーグルトを買って帰らねば。
「ノエルロードさん」
「なんだ」
しゃがみ込み、ブルーシートに手をかけたノエルロードが振り返る。
「本当によかったんですか、一緒にいかなくて」
「ああ」
「そうですか」
私は小さくため息をもらした。
「ノエルロードさん」
「なんだ」
「ズボン、裂けてます」
彼のズボンは尻の部分がぱっくりと裂け、そこからドドメ色した下着が顔をのぞかせていた。
「あ、ヤッタ、尻つつき過ぎたの。コンクリートに突伏したままでなかなか起きなかったんだもん。ごめんねー、ワカメ! でもおパンツまで裂けてなくて良かったね!」
「だから一緒に行った方がいいと言ったんですが。まぁ、最後まで処理頑張ってください」
振り返り尻を押さえて青ざめるノエルロードを、私とヤッタは無言で見下した。裂けたズボンの割れ目から覗くパンツを、街の明かりがより一層派手に照らし出していた。




