システム接続
私は振り返り改めてダイスを見た。群衆に囲まれてなお威勢のいい言葉をわめき散らしている。
「それ以上近づいてみろ! この女の服剥いで股間開かせて、ここで犯してやるからな!」
ヤッタに聞かれなくてよかったとひとり安堵のため息をつく。
人質殺すぞではなく犯すぞ、というところに犯人の精神の幼さを感じたが、考えてみれば殺すも犯すも発想としては幼稚か。ヤッタがノエルロードのところに向かい、身軽になった体と脳味噌でそう考えた。
それにしても、すでに服は剥いであるだろうが。太陽の隠れた宵闇の中とはいえ、ネオンの明かりに形のよい乳房までもがさらけ出された状態のセキノを見て、いよいよダイスを殺すしかないと確信する。
常識どころか話も通じないであろう人間に対し、確かに怒りは感じている。だが、程度で言うとどうだろう。怒りを感じる心の部分のすぐ裏側に存在する酷く冷静な自分が、そう問いかける。
一呼吸おいて考える。確かにダイスに対して、保安官時代の密猟者に対するほどの感情の揺らぎはない。衛星システムが勝手に作動する兆候もない。やはり私はカイトスの『人間』の悲しみに対しては、それほど感情が揺さぶられないのかもしれない。
「動くな! 武器を捨てろ!」
喧噪を切り裂いて捜査官が叫ぶ。
「そう言われて捨てる奴がいるかよ」
その通りだ。それにはダイスに同意するしかない。
「ダイス・フェロニゼ。ついに追いつめたぞ」
「へぇ」
ダイスの口角がさらにつり上がる。
「俺の名前知っていたのか。賞金首になったのに名前も顔も書かれてなかったから、知られてないのかと思ってたぜ」
ダイスが空を見上げた。満月が静かに彼を見下ろしている。
「しっかし、俺だとわかるまでにたくさん女を殺しちまったな。こいつもこの後楽しませて貰ったらちゃんと返してやる。俺は殺さねぇ。俺はそこまで極悪非道な人間じゃねぇ。こいつらが勝手に死んじまうだけだからな」
男の言葉でその場にいた捜査官一同に火がついたことが感じ取れた。捜査官は本部から駆けつけたのも含めて、十人程度か。オリガとニレは分析班だからあまり使いものにならないとして、拳銃を構えているのは八人。一斉にかかっていけばどうにかなるだろうか。
「もう終わりだ。武器を捨てて投降しろ!」
捜査官が叫ぶ。だがその語尾は震えていた。
「終わり? どうして終わりなんだ? 俺はこのまままた消えることができるのにか?」
どうにかしたいが距離がありすぎる。ここからダイスまで三十メートル、いや、二十メートルちょっとくらいか。遠い。遠すぎる。
セキノの顔色は悪い。青白いを通り越して土気色だ。やはり物体転移のルネを使いすぎたのだ。はじめセキノがいた位置からここまでルネで移動してきたとして、直線距離でおよそ三百メートルほどだろうか。仮に百メートル移動できるものとして、ルネの使用は三回。ルーンではない人間で生きていられるのが不思議なくらいだ。これ以上は命に関わる。
ダイスが拳銃を一度空に向かって発砲してから、銃口を民衆に向ける。威嚇だけで撃つ気はないのだろうが、向けられた銃口に誰もがそれに怯えて叫び声をあげて逃げまどう。
「消えられちゃなんにもできねぇよな。はははははは! オイコラ、拳銃を捨てろよ! そんなにこの女の股間が見てぇのか!」
ダイスが高らかに笑い、むき出しのセキノの胸を鷲掴みにする。その行動に誰もが驚き、どうしていいのかわからなくなる。
この無駄な挑発が時間稼ぎだということはわかる。こうやって少しでも長く時間を稼いで、ルネを使う体力を回復させているのだ。物体転移を連続して使っているのだから、ダイスの体にだって相当な負担が掛かっているはず。しかし興奮しているせいか、彼の顔に疲れは見えない。二十分、いや十分も時間稼ぎをすれば、またルネを使えるようになるはずだ。
民衆に紛れて息を潜め唇を噛んだ。セキノの服を剥いだのも、おそらくは民衆を惑わす為の餌だろう。女は戦慄を覚えてわめき、男は驚愕の声を上げながら騒ぎ立てる。そうやって捜査官はなにもできずに時間だけが過ぎて行く。
いつの間にか、雲は去り空には大月がくっきりと顔を出していた。ここでまた転移のルネを使われるとルネの痕跡は探せない。再び見つけ出せる可能性は低くなる。
他星からのあの男はもう現れないのか。狙撃犯は来ないのか。私の中にも焦りが生じる。いや、来たところでこの人混みの中で撃つのは危険だ。せめて、あのビルの上からなら。
ダイスの正面にある三十階建てほどのビルに目をやった。あそこの屋上から一発で頭を狙えれば、周りの人間に被害が出ることはないだろう。だが、セキノが犯罪者に密着した状態だ。よほどの腕でないと、セキノも一緒に打ち抜いてしまう。
「そこの捜査官」
ダイスがニレに拳銃を向けた。
「今動いたな? そうかそうか、そんなに見たいか。じゃあお望み通りにしてやろうかぁ」
「や、やめろォ」
弱々しいニレの叫び(小声)を無視して、ダイスが下卑た笑いを浮かべながら、スカート裾から手を差し入れた。
セキノの反応はない。土気色の顔に半開きにした口の端から唾液を流し、虚空を見つめている。強制的なルネの使用のせいで、精神に異常をきたしはじめているに違いない。
これ以上時間を稼がれてもまずい。
ヤッタとは約束したが仕方がない。それにこれはぎりぎり殺していい人間なので殺そう。
衛星システムなら男一人だけの脳天を撃ち抜けるかもしれない。私が指示を出すと、システムが自動的に照準をあわせて目標物の消去に動く。狙いは完璧だ。
だが、システムは目標物の消去を最優先にするので、同時にセキノの体を打ち抜く可能性があっても、躊躇いなくレーザーを発射するだろう。
ご先祖様たちだったらもう少しうまく扱えていたかもしれないが、自分はそこまで細かく使いこなせてはいない。
やめておくべきか、作動させるべきか。ここで作動させずに犯人に逃げられたら、セキノも無事では済まされず、さらにまた新たな被害者を生むだろう。だが、作動させたらセキノを殺す可能性もある。
深呼吸をして考える。
セキノごと犯人を打ち抜くか。ここは諦めて、新たなチャンスに備えるか。奇跡を待つか。
うん。
奇跡は駄目だ。どうせ起こらない。
エルス。彼の顔が脳裏に浮かぶ。やられる前にやるべきですよね。
私はこのシステムを使うことを迷ってはいけない。結果はどうあったとしても、セキノを救えるかもしれない唯一の方法だ。
目を閉じて、システム作動に意識を集中させた。怒りの感情なくして作動させるのは一体いつ振りだろう。
システム作動。目標は……、おかしい。なにか違和感を感じた。目を開けて右側頭部を指で叩く。
システム側がやけに静かだ。もう一度改めてシステム側に呼びかける。しかし、反応がない。いつもならシステム作動と同時に電子音が脳内に響いてくるはず。こんなことは初めてだった。
システム始動の仕方を間違えたか。いや、そんなはずはなかった。私にとって理性的にシステムを始動させることは、歩くときに自然と足が出るのと同じくらい簡単なことだった。システムと脳が同調しているので、始動させようと思うだけで始動するものなのだ。
なのに怒りで作動した場合、駄目といってもシステムがなかなか静かにならないのはなんでなのか、とそんなこと今更考えても仕方がない。
大月を見上げてもう一度システムを呼ぶ。さきほどよりも強く。すると、耳の奥に電子音が聞こえてきた。
――反応したか。
『システムエラー』
「はっ?」
思わず声が出た。エラーだって?




